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毎日新聞2026/5/13 10:00(最終更新 5/13 10:00)有料記事3095文字
インタビューに答える宮田裕章・慶応大医学部教授=東京都千代田区で2026年3月30日、小林努撮影
らしからぬ人、といってしまうと失礼だろうか。
宮田裕章さん(47)である。
慶応大学医学部教授という堅実な肩書。なのにエッジの利いたファッション、きらめく銀髪の組み合わせが目を引く。テレビ番組で見かける鋭い眼光も気になっていた。
ロングインタビュー企画「この国はどこへ行こうとしているのか」。これまでの記事はこちらで読めます。
ファッションとメッセージ
平日の昼下がり。黒ずくめの宮田さんが毎日新聞東京本社を訪れた。
ヨウジヤマモトの女性ブランドを身に着け、左耳には揺れるアクセサリー。無難な服装が目立つオフィスにあって断トツの存在感だ。
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「女性用の服が持っているしなやかさと、全身黒の強さの対比というのが、ここ1週間ぐらいの自分のはやりです」
驚く視線を気にするそぶりもなく、さらりと言う。
「現代社会に生きる限り、服をまとうことからは逃れられない。それは一つのメッセージになります。あえてドレスコードから少し外れたファッションをする理由はそこです。中心に寄り添うというより、枠の外からものを考える習慣です」
宮田さんに言わせると、中心にまとまりがちな“習性”は、目立つものを嫌って一人一人の個性を刈り取る、この国の学校教育と重なる。
それどころか「失われた30年」の元凶の一つとすら指摘する。
「『違い』は豊かさを生む新しい力になり得ます。変化の時代において、普通という区分に入らないものこそがイノベーション(技術革新)の源泉になっていくでしょう」
専門分野はデータサイエンスだ。世の中に存在する膨大なデータから、今起きていることの意味を読み取り、未来の予測図を描く役割を担う。
新型コロナウイルスが猛威を振るったころには、厚生労働省と無料通信アプリ・LINE(ライン)の運営会社が実施した大規模調査に携わり、固定観念にとらわれることなく課題を可視化していった。
感染拡大の先を読み、どんな対策を取ればよいのか、関係者たちと考え続けた。
だからこそ、その言葉に実感がこもる。
「デジタル、データ、AI(人工知能)というのは全て、連続する軸上にあり、この数十年で、社会を決定的に変化させていった技術群です」
変わる局面
インタビューに答える宮田裕章・慶応大医学部教授=東京都千代田区で2026年3月30日、小林努撮影
物事には光も影もある。
この30年余でパソコンやインターネットが普及し、スマートフォンもSNSも生活の一部になった。つまり格段に便利になった。
一方でSNSを利用する人たちが自分の好む情報に囲まれ、別の視点に触れる機会が乏しくなる「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」の問題が浮かぶ。
格差が固定され、分断が加速しているとも指摘される。
「確かに、技術群の負の側面が色濃く出た事象も多々あります。心地よい、自分が知っているものにつけ込まれ、どんどん人は過激化していく。日本はまだマイルドな方だが、世界中で起きています」と認める宮田さん。
ただ、もうじき局面は変わるだろうと予測する。「世の中に新たな技術が入ってきて、ある程度時間がたち、本質が明らかになったころから、根本的な社会変革が始まります」
変革の鍵となるのが生成AIだとみる。
米新興企業オープンAIの「チャットGPT」の一般公開をきっかけに、世界に広まってから3年余。その存在感は世界を席巻している。
デジタルは「毒にも薬にもなる」
「言葉さえ操ることができれば、誰もが手にして使うことができる民主的な技術です。社会の仕組みそのものが変わるという意味で、『デジタル革命』は、ここからが本番になるでしょう」
つまりはデジタルが世界を救う、という話だろうか? 素朴な質問をぶつけると、宮田さんは間髪入れずに答えた。
「注意しなければいけないのは、デジタルは『毒にも薬にもなる』ということです。デジタルだから良くなるとか悪くなるとか、そんなことはありません。デジタルはあくまでも手段でしかないのです」
世の中には、データを偽装して、物事を自分にとって有利に進めようとするやからが少なからずいる。
だからこそ、注意を払っていることがある。
「完全に中立なものは世の中には存在しない。悪意のある科学者だったら、データの分析結果をゆがませ、既存の政策を終わらせることもできる。そうした責任を抱えた上で、いかにフェアに世界と向き合うか。それが科学者にとっての義務です」
詳細は語らなかったものの、中にはデータをゆがめて扱ってほしいとはたらきかけてくる関係者もいるらしい。
だからだろう、宮田さんは自分に言い聞かせるかのように言う。
「データ自体をちゃんと保存して、第三者がアクセスできるようにすること。これは科学にとって重要な方法論です」
民主主義と悪夢
インタビューに答える宮田裕章・慶応大医学部教授=東京都千代田区で2026年3月30日、小林努撮影
不穏と不安が渦巻く、秩序なき時代である。
データサイエンスの第一人者には、ぜひとも尋ねたかった。いったいどんな未来予測図を描いているのか?
宮田さんが俎上(そじょう)に載せたのは、超大国・米国だ。いまや国際ニュースの大半にトランプ大統領が登場し、次々と争いの火種となりそうなニュースを振りまいているように見えてしまう。
「私たちが中学、高校のころは、熟議のある民主主義、その一つの理想形は米国だと教わってきた。でも今の米国はナイトメア(悪夢)ともいわれている。もしかしたら、人類が同じ目線で、同じ正義を信じ、同じ価値観に向かっていくこと自体が、悪夢なのかもしれません」
不安が募っていくのは私だけではないだろう。民主主義はどうなるのか――。
だが、そんな大きな問いに対し、銀髪の科学者は、意外にも楽観的だ。
「この時代、民主主義は『もう死んだ』とか『機能していない』と言う方々がいらっしゃる。でも、私はそうじゃないと考えています」
描いた未来予測図は…
希望を捨てていないのは、デジタルの特性と可能性があってこそだ。
「デジタル技術を駆使すれば、少数の人たちが抱える個別の事情に応じて、必要な人に必要な支援を必要なタイミングで施すことができる」
つまり、人それぞれが多様な公共サービスを享受できる社会が実現できるというのだ。
これまでは、多数派の人たちのために作られた社会システムからこぼれ落ちた少数派は、大半が我慢を強いられてきた。
「民主主義が社会の中に根付いていった産業革命の時期と『デジタル革命』が起きている現代では、人と人、人と社会、人と世界のつながり方が根本的に違っています。19世紀、20世紀がみていた民主主義の目標と、今の民主主義の掲げるゴールは違ってきて当然でしょう」
これからの民主主義社会は従来の「最大多数の最大幸福」ではなく「最大多様の最大幸福」を目指すことになる――。宮田さんは予測する。
多様な価値観を持ち、バラバラの方向を向く一人一人に寄り添う社会をつくりあげる。
そのためには、世を覆う直視しがたい現実と向き合いながら、一歩ずつ進んでいくしかないのだろう。【後藤豪】
◇
分断や格差がこの世界をむしばみ、私たちの暮らしを脅かす。戦禍が次々と広がり、政治指導者は競って強さを誇示する。歴史は繰り返されるのか。平和は幻か。「この国はどこへ行こうとしているのか」の今シリーズは「秩序なき時代に」と題し、各界の才人たちが語ります。
宮田裕章・慶応大医学部教授=東京都千代田区で2026年3月30日、小林努撮影
宮田裕章(みやた・ひろあき)さん
1978年、岐阜県生まれ。東京大大学院修士課程修了。専門はデータサイエンス、科学方法論。2025年の大阪・関西万博でテーマ事業プロデューサーを務めた。現在、コー・イノベーション大(岐阜県飛驒市)の特別顧問。著書に「データ立国論」(PHP新書)など。