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毎日新聞2026/5/22 06:00(最終更新 5/22 06:00)有料記事1985文字
米マサチューセッツ総合病院で実施されたブタの腎臓をヒトに移植する手術の様子=同病院提供
遺伝子改変したブタの腎臓を人間に植える「異種移植」の国内初実施に向けた準備が急ピッチで進む。国内ベンチャーが臨床試験(治験)を計画し、2028年初頭にも手術が実施される見込みだ。種の壁を超える技術は米中で先行するが、日本でも受け入れられるのか。ニーズや課題に迫る。
早ければ28年初頭にも実施
川崎市にある明治大生田キャンパスの実験室で4月、ヒトに移植できるよう遺伝子を改変したブタの腎臓が、同じ遺伝子を持つ別のブタに移植された。
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執刀者は治験でメスを握る予定の医師。ブタ臓器はヒトと同程度の大きさだが、血管の太さや血管壁の厚さといった差異を、ヒトの場合と同じ針や糸を使って経験することが目的だ。
異種移植に関して今後の期待と社会課題を考えるシンポジウムで、長嶋比呂志・明治大教授(右)らが登壇した=東京都千代田区の明治大グローバルフロントで2026年2月15日午後3時53分、荒木涼子撮影
治験を計画するのは明治大発ベンチャーの「ポル・メド・テック」(川崎市)。最高経営責任者(CEO)でチーフ・サイエンティストの長嶋比呂志・同大研究特別教授(生殖生物学)は「実施する病院と本番に向けた詰めの段階だ」と明かす。
26年度末までに、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に治験計画を届け出る予定だ。人工透析や移植が必要な慢性腎不全の患者で、心臓病など重い合併症のない50~60代を対象にする。安全性を確認するとともに有効性も検証。約半年(24週)以上の透析離脱を有効性の一つの目安にするという。
先行して実績のある米バイオ企業「イージェネシス」からブタの細胞を輸入し、クローン技術を活用してブタを作製する。移植には、母ブタの妊娠(約4カ月)から出生後7カ月の飼育が必要となる。
ポル社は治験計画の準備と並行してブタの生産や医療設備の整備なども進め、早ければ28年初頭にも国内初の異種移植が実施される見通しだ。
ブタの心臓をヒトに移植するイメージ
異種移植にブタが使われるのは、臓器の大きさが近い上、生理的特徴も似ているからだ。食肉用として飼育・繁殖のノウハウがあることも後押しする。
しかし、単なる移植では強い拒絶反応が起き、機能どころか生着も見込めない。そこで遺伝子操作を施し、拒絶反応を起こりにくくする研究が進められてきた。
イー社の遺伝子改変ブタは、拒絶反応を抑えるために、3種類のブタ遺伝子を働かないようにし、7種類のヒトの遺伝子を導入。さらに、ブタ特有の病気のリスクを除くため、約60カ所の遺伝子が働かないように操作されている。
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米で先行、世界最長記録も
勤務する米マサチューセッツ総合病院から来日し、異種移植の手術をシンポジウムで振り返る河合達郎医師=東京都千代田区の明治大グローバルフロントで2026年2月15日午後4時、荒木涼子撮影
海外では既に心臓や肝臓で移植が実施されている。特に腎臓では、米国でイー社の遺伝子改変ブタを使った移植が先行して進められてきた。
24年3月に米マサチューセッツ総合病院で、世界で初めて男性(手術時62歳)にブタの腎臓が移植された。腎機能は回復し、数値が高いほど腎機能の低下を示す血清クレアチニン値が下がり、透析が不要な状態になった。しかし、2カ月後に移植とは関係のない心臓病が原因で死亡した。
25年1月には別の男性(同66歳)が移植を受け、271日間にわたり生存する世界最長記録を作った。その後にブタの腎臓は摘出され、ヒトの腎臓が移植された。ヒトの臓器を待つ間、ブタの臓器で命を永らえたケースとしても注目された。
この他、男女2人にも移植され、外来での経過観察が続く。執刀した同病院移植外科の河合達郎医師は「人間から人間への生体間移植に近い移植で、臓器を植えるとすぐに機能し始め、翌日には腎機能は正常になる。手応えはよい」と話す。
この4人には、他に救命する方法がないことを理由に「人道的使用」とし、未確立の技術が提供されてきた。5人目の移植も予定されている。
日本でも無菌飼育確立
イー社は米食品医薬品局(FDA)から治験実施の許可を受け、数十人規模を目標に移植をして安全性や有効性を調べ、確立した医療に位置付けることを目指している。
河合医師は「治験を通じ、人間側の免疫による拒絶反応が起きにくい治療法を調べる。年単位など長期に腎臓が働く手法を確立させたい」と強調する。
移植用ブタは改変の他にも、産む母ブタも含めて無菌状態で飼育する必要がある。そこで日本ではポル社が特殊な飼育施設や飼料を使うことで、厚生労働省の病原体検査に合格するレベルの技術を確立してきた。
この先、大規模に実施される場合には、ブタの個体差を踏まえた規格化や、異種移植技術を持つ人材の育成、医療拠点の整備、生産施設拡大も欠かせない。
他にも免疫抑制剤の継続使用やブタ特有の感染症に対するリスク管理などから、数十年単位の長期観察が必要とされる。動物の臓器で生きることになる人への差別や偏見を含めた倫理面への対応、ヒト臓器の移植を待つ場合との優先順位をどうするかなどの議論もこれからだ。【荒木涼子、渡辺諒】