|
毎日新聞2024/12/8 06:00(最終更新 12/8 06:00)有料記事2865文字
韓国忠清南道・青陽郡の返礼品のクコの実のグミとコップ=ソウルで2024年12月2日午前11時34分、日下部元美撮影
日本のふるさと納税を参考にして韓国で2023年1月に始まった「ふるさと愛寄付制」が3年目を迎える。制度開始前、私の周りにいる韓国人は日本とは違う行政や社会文化を理由に悲観的に見ていた。現時点で成果は出ているのだろうか。
「競技を続けるにはお金が本当にかかります。私たちには支援があり、運動だけに集中できる良い環境になったと思います」。忠清南道(チュンチョンナムド)・青陽(チョンヤン)郡の定山(チョンサン)高の卓球部に所属するイ・ソヒョン(17)さんは言った。青陽郡は公立校の卓球部を支援するため、今年初めてクラウドファンディング型で寄付を募った。
Advertisement
青陽郡は忠清南道の基礎自治体の中で最も規模が小さく、今年人口が3万人を切った。「消滅危機の自治体」などとも言われる一方、定山地区の小中高には卓球の強豪チームがある。今年は卓球部に入るために19人が転校してきた。
今後更に転校を促すため、訓練用品や大会出場費を支援するとして6月から5000万ウォン(約530万円)を目標に寄付を募った。返礼品には特産品のクコの実や唐辛子などを用いた食品を用意。オンラインでイベントを開いたり、公共機関や企業を訪問したりして広報した。
その結果、目標は約2カ月で達成した。青陽郡の韓在善(ハンジェソン)ふるさと愛チーム長は「『子供のために』と高齢の方が高額の寄付をしてくれた」と語る。
寄付金のお陰で練習試合の機会が増えた。10月の全国大会の高校生の部では、混合ダブルスと男子シングルで3位に入り、歴代最高の成績を収めた。来年も10人が転校してくる予定だ。韓氏は、更に生徒を受け入れ、将来的には「卓球専用の体育館の建設、全国大会の誘致、実業団チームの創立をしたい」と期待を込める。
韓国のふるさと愛寄付制はシステム自体は日本とほぼ同じだ。「ふるさと税」だと新しい税金と誤解を与えかねないことから、制度本来の趣旨を強調するために「寄付」という言葉を採用したという。
実は制度が導入される前、韓国の記者と話した際に「うまくいかないだろう」と口にする人が多かった。30代の男性記者は、「日本よりも韓国は国土が狭く、地域の個性差が少ない。日本のような多様で魅力的な特産品を用意できるだろうか」と本音を明かした。
韓国忠清南道・青陽郡にある定山高の卓球部の学生ら=2024年11月29日午後2時30分、日下部元美撮影
日本は江戸時代の幕藩体制で地方が独自に発展した。一方、徹底的な中央集権の王朝時代が長く続いた韓国は、地方に特色が少ないとの指摘が多い。また、日本から独立した後も軍事独裁政権が続き、地方分権が本格的に開始したのは1990年代。こうした背景から、自治体側も中央政府からのトップダウン行政に依存している側面が強い。
現在、ソウルは東京よりも一極集中が進んでおり、首都圏に人口の約半分が住んでいる。別の男性記者は「地方に愛着のある人が日本に比べ相対的に少ないと感じる。自治体のモチベーションも高くない」と心配そうに語っていたのが印象的だった。
実際どれくらいの寄付が集まったのだろうか。10月下旬時点で年初からの寄付額は325億ウォンで、前年同期を2億ウォン程度上回った。初年度は話題性から高額寄付者が相対的に多かったが、今年は10万ウォン以下の少額寄付者が増え、寄付件数は前年同期よりも約2万5000件増えた。行政安全省は年末に募金額が一気に増えると見なし、通年では前年の650億ウォンを超えるとの見通しを示している。
また、大きな額を集めていなくても、確実な地域課題の解決につなげている自治体もある。韓国政府は6月から、指定された自治体事業に対して寄付が可能なクラウドファンディング型の「指定寄付制」を導入した。小児科医を週2で自治体に招致する事業や産後の養生院の医療機器購入費などを対象にして、実現に移した。行政安全省の関係者は指定寄付制について「よりやりがいを感じながら寄付できる点が魅力だ」と説明する。
今の状況をどう評価すれば良いだろうか。自治体の意識は変わったのか。地方自治学会ふるさと愛寄付制特別委員会の権善必(クォンソンピル)委員長は「変わっている部分もあり、変わっていない部分もある」と指摘した。権氏は自治体は「首長が関心を持ち、担当公務員が一生懸命やっているか否かで実績に大きな差が出ている」と述べた。
昨年、最も寄付金額が多かったのは南西部・全羅南道(チョルラナムド)にある潭陽(タミャン)郡だ。同郡は約4万5000人の自治体だが、米、韓牛、韓菓、ペットフードなどの返礼品をそろえ、昨年約22億4000万ウォンを集めた。
注目すべきはそれだけではない。韓国メディアによると、潭陽郡はいち早く専門部署を作り、ソウルにも事務所を設置。有名サッカー選手とコラボした広報映像を製作したり、連休には職員たちが自らKTX(高速鉄道)の駅で帰省客に広報したりした。東亜日報のインタビューにイ・ビョンノ郡守は「プロのサッカーや野球チームなど、広報のためにどこへでも駆け付けた」と明らかにしている。
韓国忠清南道・青陽郡にある定山高の卓球部の学生ら=2024年11月29日午後2時31分、日下部元美撮影
だが、先に紹介した権氏は、変化している自治体は約240ある中で40~50程度で「全体で見ると多くはない」と指摘する。
返礼品については「消費者が感じられるほど地域ごとの差別化が日本に比べできていないのは事実」とし、量での差別化が起きていると指摘した。だが、量の「お得」競争にも限界がある。このため、広報、マーケティング、その地域に納税することをどう価値付けるかなど戦略を立てることが大事だという。
また、韓国は寄付金の上限額が500万ウォンに設定されていたり、法人は寄付を禁じられていたりするなど、日本に比べ規制が多い。指定寄付制度も、現時点では政府が許可した事業しか募ることができず、自分の居住地への寄付も禁止されている。
こうした規制は政界との不正な取引、企業の癒着から生まれる腐敗などを防ぐことを目的にしている。だが、有識者の間では「地方の自律性を促すなら、ある程度の規制は緩和しなければならない」との声は少なくない。権氏は「今後規制緩和をする中、日本とは違う現象も生まれるだろう」と予測し、しばらく様子を見ながら状況に応じて対策を立てていく必要があるとした。
日本でも今では多くの人がふるさと納税を利用しているが、導入当初は低調だった。制度が普及した一方で、過度な返礼品競争から地域格差が生まれたるなど、「ふるさとを応援するといった本来の目的が失われている」との指摘もある。仲介サイトに寄付が流れているとして制度改善を求める声も出ている。韓国では日本の課題から学ぶこともあるだろう。
私が青陽郡から持ち帰った特産品のクコの実のグミは、同僚が「おいしい」といって一気に平らげていた。クコの実は肝臓に良いらしいので、酒量が多い私にもありがたい。自治体の取り組みが更に進めば、今後、地域色が出てくるかもしれない。地方の「宝探し」がうまくいってほしいと願う。【ソウル日下部元美】
<※12月9日のコラムはニューヨーク支局の八田浩輔記者が執筆します>