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毎日新聞2026/7/7 17:00(最終更新 7/7 17:00)有料記事3590文字
性的ディープフェイクが拡散している実態を伝える毎日新聞紙面
違法な性的コンテンツが日本から他国に流入している――。
国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」が2025年9月に韓国で実施したデジタル性暴力対策に関する現地調査の報告書がまとまった。
調査の中では、韓国側から日本への「苦情」も飛び出したという。
韓国はデジタル性暴力を取り締まる法律が迅速に整備され、公的機関が削除にあたる。一方、日本では大多数が野放しだ。
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「日本と韓国は何もかも違う。雲泥の差だ」
現地調査に加わった副理事長で弁護士の伊藤和子さんは訴える。なぜ日韓で差がついたのか。伊藤さんに聞いた。【聞き手・待鳥航志】
<主な内容>
・韓国「被害者を守る」意思の表れ
・性的画像を削除する公的機関の体制は
・削除の条件 被害申告や立件問わず
・日本の対策「被害の傷を広げている」
・日本の性的コンテンツ、世界に拡散
関連記事があります。「すごい」「天才」性的ディープフェイク拡散の裏側 加害の認識欠如
立ち遅れる日本
ソウル市デジタル性犯罪被害者支援センターを訪問したヒューマンライツ・ナウ視察のメンバーと、支援センターのスタッフら。右から4人目が伊藤和子さん=伊藤さん提供
――今回、なぜ韓国を調査したのでしょうか。
◆韓国は性的ディープフェイクなどデジタル性暴力への対策に関する先進国です。性的画像が流布した場合、その削除を支援する仕組みが公的に整備されています。
人工知能(AI)技術を使い、被害の申告を受けた性暴力コンテンツは半永久的かつ自動的にモニタリング・検知され、削除される仕組みです。
一方、日本は公的機関による削除の仕組みがそもそも整備されておらず、非常に立ち遅れています。韓国の関係機関を視察し、4月には日本政府に対し性的ディープフェイクの製造や流布、視聴や保存を処罰対象にすることを求める提言書を提出しました。
日韓に「雲泥の差」
国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」がまとめた韓国のデジタル性暴力対策に関する報告書=スクリーンショットより
――特に、どんな点で違いを感じましたか。
◆何もかも、ですね。日韓には「雲泥の差」があります。
現地調査で強く感じたのは、韓国の「女性や子ども、被害者を守る」という意思です。
関係機関の担当者は「被害者を中心に支援の制度や運用を設計している」と明確におっしゃっていました。
性的ディープフェイクや盗撮などの性暴力コンテンツをインターネット上で流布された場合、被害者は被害内容や流出先のURLを通信アプリ「カカオトーク」やウェブ申請フォームに投稿するだけです。
被害申告の際にデジタル性犯罪であることを立証する負担がない点は重要です。被害者の手続き的・精神的負担が最小限になるよう設計されているのです。
申告を受けて、韓国放送通信審議委員会(KCSC)が違法と判断すれば、24時間以内にプラットフォーム事業者に削除を要請します。
そもそも韓国では、性的ディープフェイクの製造や意に反する性的姿態の撮影、そしてその拡散やアップロード、さらにセクストーション(性的画像を拡散すると脅迫すること)は、「デジタル性犯罪」として厳しく処罰されます。これに該当するとKCSCが判断し、削除を要請したコンテンツについては、事業者が削除義務を負う法的仕組みが整っているのです。
さらに、KCSCは刑事事件として立件される前から独自の判断で削除要請を行い、事業者はこれに応じて迅速に削除することになっています。刑事事件の裁判は時間がかかるうえ立証責任が重く、裁判で有罪とされた案件のみを対象にしていたら、救われない被害者が出てきてしまい、裁判中も拡散が続いてしまいます。
本人申告ではなくても削除対象
「韓国女性人権振興院」に設置されている「中央デジタル性犯罪被害者支援センター」を訪問したヒューマンライツ・ナウの視察メンバーと、支援センターのスタッフら。右から2人目が伊藤和子さん=伊藤さん提供
――支援主体はどのような機関なのでしょうか。
◆違法かどうかを判断するKCSCは、公的資金で活動する独立機関で、プラットフォーム事業者への規制を目的としています。250人ほどのスタッフのうち約40人が「デジタル性犯罪コンテンツ審査局」として、関係機関や一般人からの申告を受け付けたり、海外プロバイダーとの協力関係を構築したりして、24時間以内に削除対応をする体制を整えています。
担当者によると、このシステムは「世界で唯一」で、1日50件以上の相談に対応しているとのことです。
また、国の「韓国女性人権振興院」に設置されている「中央デジタル性犯罪被害者支援センター」が被害者からの相談などを受け付けています。
このほか、各地17カ所に、地域のデジタル性犯罪被害者支援センターが設置され、これらの機関も独自に削除を支援し、政府と自治体が連携しています。
被害申告や削除依頼は各機関が受け付けており、実際の削除の際にはKCSCが司令塔となって進められます。
通信アプリ「テレグラム」やAIを使ったデジタル性犯罪の深刻さを伝える韓国各紙=2024年9月、日下部元美撮影
――性的画像を削除するかどうかの判断はどのように行われるのでしょうか。
◆特定の人の性行為や性的な姿が撮影された画像は、立件されたかどうかを問わず、削除対象です。削除されないのは、後ろ姿や体の一部だけなど、被害者が特定できないケースに限られます。本人からの申告がない場合も対応が可能で、性的ディープフェイク画像も対象になります。
しかもKCSCは100人規模の体制で、削除後に同種の画像が再び拡散しないようパトロールやモニタリングをしています。
KCSCは、画像データごとに自動生成されるランダムな文字列「ハッシュ値」(デジタル指紋)をデータベース化した「ハッシュDB」を作っています。これが事業者に共有され、既に削除対象と判断された画像と同一のものも検知して削除するよう事業者側は義務づけられています。
他機関でも、たとえばソウル市デジタル性犯罪被害者支援センターでは顔認証技術を活用し、被害者画像の特徴をAIで自動追跡するシステムを導入していて、拡散を防ぐ仕組みが何重にも設けられているのです。
日本での削除対応
日本では、自身の画像を悪用したとみられる性的画像を見つけても、公的機関による削除支援を受けるのは困難だ(写真はイメージ)=ゲッティ
――日本でも23年に性的姿態撮影処罰法が制定され、同意のない撮影物に関しては、押収した物について、不起訴となった場合も検察官の判断で消去できることになりました。
◆しかし手続きが複雑で、消去も義務ではありません。
また総務省の委託事業として、インターネット上で自身の画像が掲載・拡散された際などの相談窓口がありますが、これは、プラットフォーム事業者側への削除依頼の方法など対応の仕方を相談者に「助言」するという枠組みです。
被害者が周囲に話せずにこうした窓口に相談した際、助言のみで実際の削除対応を本人にさせるのはあまりに大きな負担であり、被害の傷を広げるようなもので、絶対にやるべきではないと思います。
加えて、性的姿態撮影で警察に被害届を出す場合も、意に反して撮影された状況などを細かく説明する必要があり、被害者の負担が非常に大きいです。
日韓の大差、背景は
――なぜ対策にこれほどの違いがあるのでしょうか。
◆韓国では18~20年に起きた、複数の男性らが女性を脅迫して性的な映像を撮影させ、流布・販売した「n番部屋事件」など、大規模なデジタル性犯罪が起きて社会問題化した、というのも大きいと思います。
既存の法律の隙間(すきま)からこぼれおちてしまう性暴力が次々に現れていますが、韓国では議員立法などで迅速に対処しています。
ディープフェイクによるデジタル性犯罪について捜査の強化を求める韓国野党の横断幕=韓国・ソウル市内で2024年9月、日下部元美撮影
そもそも韓国ではアダルトビデオ(AV)を含め性的コンテンツの流通に対する強い規制があります。対する日本では、女性や子どもを性的に搾取するようなコンテンツがはびこっています。問題意識自体が欠けているのではないでしょうか。
デジタル性暴力の被害者や被害を受けやすい立場の人たちを守ることが、政治や社会で重視されているかどうか、という点が日韓で大きく異なっていると思います。
「日本から流入」困惑の声
伊藤和子弁護士=東京都新宿区で2021年9月10日、宮本明登撮影
――インターネット上では性的コンテンツが国境と無関係に拡散する可能性があります。
◆韓国側からも「規制しても日本からさまざまな性的コンテンツが流入してすごく困っている」という指摘がありました。
オンライン上の児童性的虐待対策に取り組む国際的なネットワーク「WeProtect(ウィープロテクト)」では20年以降、性的ディープフェイクの削除や遮断といった対応の国際協力を進めていますが、日本はほとんど存在感を示せていません。現地調査でも「日本の警察に、より積極的な役割を果たしてほしい」という指摘がありました。
性的ディープフェイクは被害者の尊厳を踏みにじる行為です。日本では民間団体が削除対応を支援していますが、民間に任せきりというとんでもない状況です。
まずは性的ディープフェイクを取り締まる立法や、デジタル性暴力コンテンツの削除を事業者に義務付ける法改正が必要です。先進的な他国の事例からしっかり学ばなければならないと思います。
いとう・かずこ
早稲田大法学部卒。1994年弁護士登録。女性、子どもの権利などの分野で活動。米ニューヨーク大ロースクール客員研究員などを経て2021年から国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」副理事長。23年に早稲田大で博士号(法学)取得。