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毎日新聞2026/7/22 18:00(最終更新 7/22 19:54)有料記事2569文字
世界人工知能大会に出展した月之暗面(ムーンショットAI)のブースは多くの人であふれていた=上海市で2026年7月18日、松倉佑輔撮影
中国の人工知能(AI)の新興企業「月之暗面」(ムーンショットAI)が発表したAIの最新モデル「Kimi K3」が米国に衝撃を与えている。米大手のオープンAIやアンソロピックの最先端AIに性能面で肉薄したと受け取られ、株式市場急落の引き金を引いた。同じ中国新興AIが世界を揺るがせた「ディープシーク・ショック」の再来との見方も出てきている。ムーンショットAIはどんな企業なのか。
一部性能はオープンAI、アンソロピック超え?
上海市で開催された世界人工知能大会。ムーンショットAIのブースを18日訪れると、多くの人であふれ、記念品を受け取ろうと行列ができていた。上海の大学生という男性は「中国のAIは発展が速い」と誇らしげに語った。
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世界人工知能大会に出展した月之暗面(ムーンショットAI)のブース。発表されたばかりの新モデル「Kimi K3」をPRしていた=上海市で2026年7月18日、松倉佑輔撮影
会場の人気を集めたきっかけは、前日の米国市場でAI関連銘柄が軒並み下落するなど、ムーンショットAIの新モデルの衝撃が世界的に注目されたことだった。同社は「Kimi K3」のプログラミング能力や、自律的に作業する「エージェント」機能などが、米国の最先端AIであるオープンAIの「GPT―5・6Sol」やアンソロピックの「クロード・フェイブル5」を一部上回ったと強調。AIの第三者評価を手がける米アーティフィシャル・アナリシスも、「Kimi K3」が総合評価で米国勢に次ぐ3位を獲得し、スコアも肉薄したと発表し、これを裏付けた。
ムーンショットAIは「全体的な性能では依然として(米国勢には)及ばない」と自己分析したが、米金融大手モルガン・スタンレーのアナリストは「中国のAI産業全体の累積的な進歩の結果」として、今後、より大規模で優れた性能を持つモデルが登場すると見ている。
社名の由来は、英ロックバンドのアルバム
「新技術を世界中のより多くの人々に利用できるようにしたい。今後数年間でAIの研究開発の進め方は大きく変化するだろう」
フォーラムで講演する月之暗面(ムーンショットAI)の創業者、楊植麟氏=北京市で2026年3月25日、ロイター
今年3月、北京市で開かれたフォーラムに登壇したムーンショットAI創業者の楊植麟・最高経営責任者(CEO)はこう強調した。
中国メディアなどによると、楊氏は1992年に広東省東部の港湾都市、汕頭市に生まれた。幼少期から秀才として知られ、中国理系トップの清華大学を卒業後に米カーネギーメロン大学で博士号を取得。メタやグーグルのAI研究機関での勤務などを経て、2023年春に北京市で創業した。英米のロック音楽愛好家で、社名は英ロックバンドのピンク・フロイドのアルバム名から付けたという。
急速に世界的な脚光を浴びた同社だが、業界内では創業直後から注目を浴びる存在だったようだ。創業からわずか半年の同年10月に「世界初」の20万の漢字入力処理ができる「Kimi CHAT」を発表。これまでアリババ集団や騰訊控股(テンセント)、出前事業を展開する美団など中国IT大手が相次いで出資してきた。米ブルームバーグによると香港株式市場への上場も計画中という。
性能は「ディープシーク」超え
ムーンショットAIの急躍進で想起されるのが、中国の新興AIであるDeepSeek(ディープシーク)が昨年1月に世界に衝撃を与えた「ディープシーク・ショック」だ。
中国の新興AI企業、ディープシークのロゴ=ロイター
同社が発売したAIモデルが、低コストながら性能面でも米国勢に近づいたとして話題を呼び、米半導体大手エヌビディアの株価が一時下落するなど影響が広がった。
ディープシークはその後も改良を重ね、中国の大手企業が導入するなど普及が進んだ。いまや中国製AIとして確固たる地位を築いている。
ディープシークは主にコストの低さが注目されたが、ムーンショットAIの「Kimi K3」は性能そのもので米国の最先端モデルに肉薄したことになる。AIの性能を表すパラメーター数は2・8兆で、ディープシークの最新モデル「V4」の約1・6兆を大きく上回る。
激しさ増す米中AI競争
世界人工知能大会の開幕式に出席する中国の習近平国家主席(右から2人目)ら=上海市で2026年7月17日、ロイター
中国製AIは「オープンソースモデル」と呼ばれ、技術を外部に公開しているのが特徴だ。低コストで取り入れやすく、中国国内だけでなく米国も含めた海外でも急速に市場が拡大している。
一方、米国製は「クローズドソースモデル」が主流で技術の機密性を重要視する立場だ。性能では中国のオープンソースモデルを上回っていたが、業界では「数カ月~1年程度で追い付かれる」との見方が多く、今回の「Kimi K3」の登場はその懸念を改めて裏付けた格好だ。
官民をあげてAIの技術開発に注力する中国勢の猛追を受け、米国側には焦りの声が漏れる。
3月までトランプ米政権の特別顧問としてAI政策を担当し、今も影響力を持つベンチャー投資家デービッド・サックス氏はX(ツイッター)で「米国は自らを縛り付けている」と投稿。安全性の観点から規制強化に傾く現状に懸念を示し、政府の許可なしで最先端モデルを公開できる環境を整えない限り「米国のリードが消え去るのをただ見守るだけになるだろう」として対応を求めた。
新たな対中規制の議論も呼びそうだ。
7月20日付の米ニュースサイト「アクシオス」によると、トランプ政権は米企業が中国製AIモデルの利用を控える措置を検討している。中国製AIに「セキュリティー上の欠陥がある」と強調し、AIが「学習」するうえで必要なデータ収集の提供を遮断し、高性能化を遅らせる狙いがあるとみられる。
さらにベッセント財務長官は21日、米メディアのインタビューで中国製AIを調査する方針を示した。「米国は知的財産の盗用を支持しない」と述べ、中国勢によるAIデータ盗用が発覚すれば制裁を科す可能性も示唆した。
世界人工知能大会に出展した月之暗面(ムーンショットAI)のブースは人であふれていた=上海市で2026年7月18日、松倉佑輔撮影
中国AIのボトルネックは
もっとも、中国AI産業のハード面でのボトルネックも明らかになりつつある。ムーンショットAIは19日、新規利用の受け付けを一時停止すると発表した。ユーザーの利用が予想を大幅に上回り、サーバーの処理能力が限界に迫っているためだが、問題の根本的な解決には米国の輸出規制を受ける先端半導体を用いた画像処理装置(GPU)の大量搭載が必要とみられる。中国は先端半導体産業の国産化を急ぐが、製造コストや性能ではなお課題があるとされる。
産業だけでなく軍事・安全保障面も左右する最先端AIを巡り、米中の開発競争はさらに激しさを増しそうだ。【北京・松倉佑輔、ワシントン浅川大樹】