|
|
毎日新聞2026/7/24 11:00(最終更新 7/24 17:20)有料記事2838文字
生成AIと脳活動の関連を調べた米マサチューセッツ工科大の研究論文
計算や文章作成など、人間の脳が行うさまざまな作業を代行する生成AI(人工知能)。自身にかかる認知的な負荷を軽減できるが、AIに判断を委ね、自ら思考することをやめてしまう「AI浅慮」の問題と表裏一体だ。
中学生の生徒が提出してきた宿題は、あまりに完成度の高い端正な英文だった。家庭教師の亀井駿也さんが受け持つ、英語が苦手な男子生徒。1週間前に英作文の宿題を出す際、「自分で単語を調べながら書こう」と念押ししたはずだった。
Advertisement
「本当に自分で考えた?」と尋ねても、「はい」と答えるばかり。「じゃあ、もう一回やってみようか」と促すと、ペンを握る生徒の手が止まり、やがて口を開いた。
「チャットGPTに手伝ってもらいました」
<今回の主な内容>
・外国語の課題でコピペまん延
・1000人規模の研究の結果は
・AI研究の大家は「家畜化」を懸念
<関連記事>
学校にAIはどこまで導入すべきか ルールなき現状、現場手探り
大学生の4割近くが「翻訳コピペ」提出
大阪市内を中心に、「つなぐラボ」の屋号で中高生数人の家庭教師として活動する亀井さんにとって、子供たちが生成AIを利用する光景は、珍しいものではなくなっている。AI利用に罪悪感を持たず、回答をうのみにする生徒も多いという。
ただ、亀井さんは使用を禁止することにも、慎重であるべきだと考えている。教え子の中には、勉強の解説役としてAIを使いこなして成績を伸ばした生徒もいる。「子供の可能性を潰さないよう、親や教師が見守ることが大切だと思う」と話す。
宿題や課題に、AIの答えをそのまま提出する若者が急増している。
全国の大学生535人を対象とした2025年実施の調査で、約36%に相当する194人が、生成AIの翻訳した文章などの結果を「そのまま外国語課題の答えとして提出した」経験があったと回答した。「AIコピペ」がまん延している実態が明らかになった。
調査した独協大外国語学部の木村佐千子教授は「コピペだけでは解答できない評価方法の導入が必要だ」と語る。調査ではAIへの依存傾向が強い学生が、思考力の低下を自覚していることも分かった。
外国語の翻訳・文章生成に加え、コンピューターへの指示文となるコードの生成もAIが得意な分野だ。デジタルハリウッド大大学院でプログラミングを教える山崎大助特任教授は、授業を始めた最初の1カ月ほどは、生成AI利用を控える指導をしている。
当初は積極利用を考えたが、「自分が理解していないコードをそのまま受け入れたり、プログラミングができるようになった気になったりしてしまう学生が出てきた」という。学習内容への理解が浅い傾向があり、まずは「自分の頭で考え、汗をかいて思考を巡らせ、最初からAIに依存して思考を放棄しないことが重要」と指摘する。
10分利用しただけで忍耐力低下
AIが思考力を奪っていることは、まだいずれも査読前論文の段階だが、研究でも明らかになり始めている。
生成AIが思考力や脳に与える影響
生成AIを10分程度利用しただけでも、人間の忍耐力や自力での問題解決能力が低下してしまう――。米カーネギーメロン大や英オックスフォード大の研究チームは今年4月、そんな研究成果を報告した。
チームはオンライン上で1000人規模の成人の被験者を集め、「AIあり」と「AIなし」にランダムに分け、算数や文章読解力のテストを実施。「AIあり」では最初の約10~15分でAIに補助してもらいながら問題を解けるが、後半のテスト問題ではAIが取り上げられた。
すると最初は正答率が高かったものの、補助がなくなった途端に「AIなし」よりも正答率が低下。さらに分からない問題に直面した際に解答を飛ばすなど、問題を解かずに諦めてしまう割合が2倍近く増えた。「AIあり」の6割が、ヒントや支援ではなく「正解そのもの」を求めるなど自力で問題を解かなくなる傾向も見られた。
論文の筆頭著者でカーネギーメロン大のグレース・リュウさんは「研究からは、即座に答えを出すAIの便利さが自力で考え抜く機会を減らし、粘り強さや独力での問題解決力を損なう可能性が示された。AIは答えを求めるためではなく、ヒントや説明を得るための補助的手段として活用すべきだろう」と話す。
脳活動に変化があることも分かってきた。25年6月に公開された米マサチューセッツ工科大の研究では、生成AIを使って小論文を書いたグループは、使わなかったグループと比べて脳の活動度が低下したことが脳波の計測で明らかになった。自身の書いた内容を正確に思い出せない人も多かった。
使わなかったグループがその後に生成AIを利用すると、さらに脳活動が活発になり、小論文の質が上がった。一方で生成AIを最初に使った被験者は、自分の頭脳だけを使うようになっても脳活動や意欲、集中力は停滞したまま復活しなかったという。
生成AIを一度でも使うと、その後に自分の脳だけを使うようにしても、脳活動や集中力が復活しないことが示されたとしている。
「まず自分で考えること」
AI時代に考える力、思考力を伸ばすためにはどうしたらいいのか。
「紙の本を読んで想像力を広げ、自らの手で文章を書くことこそ、真の『生成』だ。AIで作られたものは既存のものを組み合わせた『合成』に過ぎない」と話すのは、言語脳科学者の酒井邦嘉・東京大教授だ。新入生の授業では、万年筆で手書きのメモを取ることを勧めているという。
手書きは時間がかかり、万年筆は鉛筆と違って簡単には消せない。「しっかり準備し、構成を練ってから文章を書くようになる」。生成AIの登場の前から、授業の課題では「他人の文章の安易なコピペ」を防ぐために、手書きでのリポート提出を課してきた。
AI技術に不可欠な深層学習の源流となる研究を半世紀前に手がけた甘利俊一さん=東京都文京区で2026年2月5日、小林努撮影
そしてこう警告する。「生成AIには人間の思考力や創造力を奪うリスクがある。安易な手段に陥らず、考え続けるよう導くしかない」
数理工学者の甘利俊一さん(90)は、AI技術に不可欠な深層学習(ディープラーニング)の源流となる研究を半世紀前に手がけた世界的権威だ。遠い未来の教育には、かすかな希望も抱いている。
「人類は科学技術を発展させてきたが、心は全く成長させられてこなかった。だから争いが絶えない。だが、AIの登場で知識の詰め込みに時間を割く必要はなくなった。『異なる意見を持つ人とどう共存していくか』といった、人としての大切なことを教えられるようになる」
ただし、使い方を間違えれば「人類の家畜化につながる」と懸念する。AIに頼りすぎ、自ら深く考えたり判断したりする能力を失えば、AIの言いなりになってしまうという意味だ。「考える過程に苦しみがあるからこそ、楽しみに到達できる。考え抜くこと」と若者に金言を授ける。【荒木涼子、李英浩、木許はるみ】