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毎日新聞2026/8/2 17:01(最終更新 8/2 21:47)有料記事1720文字
着床前診断(PGT-M)の流れ
重い遺伝性の病気を受精卵の段階で調べる「着床前診断(PGT―M)」を巡り、一定の治療や対処ができる病気の申請が広がっていく可能性がある。希望者は検査を受ける「自己決定権」を訴えるが、無制限の拡大には慎重な声もあり、ルール作りの難しさが課題になっている。
「日本でも実施を」
「日本の当事者が、検査を検討できる土壌を作りたい」。遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の着床前診断を申請する準備を進めているのは、大阪府の大学講師、飯塚理恵さん(36)だ。
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32歳だった2022年、右の乳房にステージ3のがんが見つかり、HBOCと診断された。結婚して子どもを希望していたため、抗がん剤治療に進む前に、体外受精で受精卵を凍結させた。
遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の当事者で、日本産科婦人科学会に着床前診断を申請する予定の飯塚理恵さん=大阪府吹田市で2026年6月10日午後3時18分、寺町六花撮影
もともと知っていた着床前診断について担当医に尋ねると「HBOCが日本で対象になるのは20年先ではないか」と言われ、言葉を失った。
日本産科婦人科学会(日産婦)は22年、着床前診断で審査の対象となる病気の考え方を拡大した。「成人になる前に日常生活を強く損なう症状が出たり、死亡したりする」重篤な遺伝性の病気が対象だったが、そこに「原則」の文言を加えた。有効な治療法がないか、患者の負担が大きい治療が必要なことも条件にした。
承認は病名ではなく、発症時期や重症度、治療可能性、夫婦の生活背景といった個別の事情も考慮し、遺伝や倫理の専門家も加わって検討される。小児で発症する目のがんや、成人後に発症する神経難病なども新たに認められた例がある。
HBOCも審査対象になりうる。とはいえ、議論に時間がかかる可能性もある。飯塚さんは「子どものいない状態で申請する賭けはできない」と考え、翌年に海外で着床前診断を実施した。
それを経て生まれた第1子を育てながら、第2子の誕生に向けて日本での実施を希望する。
「重篤」の基準は?
がんになりやすい遺伝子の特徴が伝わる例
HBOCは「重篤」の基準を満たすのか。遺伝子のBRCA1に変異があると、60歳までに乳がんを発症するリスクは56%、卵巣がんで20%。BRCA2では、それぞれ53%、7%との報告がある。膵臓(すいぞう)や前立腺のがんリスクも高まるとされる。
一方、家族の遺伝子検査や、乳房や卵巣・卵管を予防的に切除するリスク低減手術などが、未発症者も含めて保険適用されている。「リムパーザ」などのがん治療薬もある。
飯塚さんはこうした進歩を歓迎するが「着床前診断をしない理由にはならない」という。「治療法は完全ではなく、乳房以外のがんを早期発見する方法は確立されていない」ためだ。
さらなるがんの予防のため、左胸も切除した。40代で卵巣や卵管も摘出するつもりだ。この先の健康に不安を感じることもある。「『重篤さ』の検討に、当事者の声をもっと取り入れてほしい」
高まるニーズ、慎重論も
着床前診断の実績があるIVFなんばクリニック(大阪市浪速区)などでは24~25年、卵子や胚の凍結をした乳がん患者らにアンケートを実施した。着床前診断を知っていたのは16%。HBOC患者のうち、受けたいとしたのは33%だったが、75%が希望に応じて利用できるようにすべきだと回答した。
着床前診断が進む英国で、HBOCは申請数の上位を占める。同院の小西晴久医師は「医療界でもニーズの高まりを肌で感じる」と語る。中岡義晴院長は「『着床前診断ができないなら、子どもを諦める』という夫婦は多い。第三者が実施を認めないことは、生殖の自己決定権に関わるのではないか」と問いかける。
飯塚理恵さんが2025年に出した著書「35歳の哲学者、遺伝性がんを生きる それでも子どもを望むということ」=2026年7月1日、寺町六花撮影
自己決定権は元々、女性の産む・産まないを巡る権利だったが、近年は着床前診断を受けることも含まれるとの意見もある。
一方、明治学院大の柘植あづみ教授(医療人類学)は慎重な見方を示す。「生殖における自己決定は尊重されるべきだが、問題は遺伝性の病気に伴う苦しみを当事者と家族だけが抱え込み、『責任』を両親に押しつけてしまう社会にある」と語る。
「病気や障害があっても孤立せず、一緒に支えていく選択肢を示せるよう、医療や福祉を含む社会の側が努力していく必要がある。検査対象の病気が広がることは、あらゆる人にとって自己肯定が難しい社会を招く」とする。【寺町六花】