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毎日新聞2024/12/23 東京朝刊有料記事1018文字
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「国内最大の食品公害」と呼ばれる健康被害がある。食卓に欠かせない油に猛毒のダイオキシン類などが混入した「カネミ油症」だ。発生は半世紀以上前だが、被害者の苦しみは今も続いている。
この問題の数少ない研究者の一人が、明治大准教授の宇田和子さん(環境社会学)。大学生の時に読んだ講義録「公害原論」に被害者の話が載っており、消費者である自分ともつながっている気がして興味を持ったという。
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1960年代、カネミ倉庫が製造した食用油を摂取した人に、続々と重い皮疹や倦怠(けんたい)感、頭痛、手足のしびれなどの症状が出た。流産や死産も相次ぎ、皮膚が黒ずんだ赤ちゃんが生まれた。西日本一帯で当時、1万4000人以上が被害を届け出たが、これまでに認定された患者は2割に満たない。
宇田さんが調べると先行研究は少なかった。被害者からの聞き取りを始めたのは、大学院に進んだ2006年から。「なぜ今さら」と言われもしたが、諦めずに裁判や集会に足を運び、声をかけた。
ある女性の言葉が心に残る。「恋愛も結婚もしないと決めた」。発症した時は高校生。子どもに被害を引き継ぎたくなかった、という。
50人を超える被害者や遺族、弁護士、行政職員らと話して見えてきたのは、補償の下敷きとなる法の不備だ。
国は食中毒として対処してきたが、主な原因である細菌やウイルスでは長期にわたる被害が想定されにくく、食品衛生法には被害補償の規定がない。カネミ油症は、むしろ化学物質が原因の水俣病などの被害に近いが、環境汚染ではないため、いわゆる「公害」の救済の枠組みでも扱えない。
結局、賠償や医療費の支払いは、加害企業頼みとなる。国が存続のため財政支援しているとはいえ「ない袖は振れないと、被害者の権利要求が封じ込められてきた。企業が資金調達できないのは明らかなのに、放置されている」。
解決のため宇田さんが提案するのは、食品公害の被害補償をする基金の創設だ。日本の食品メーカーは、数は多いが規模が小さい。資金をプールしておき、原因企業には追加負担を求める。アスベストによる健康被害救済では、国の交付金も使って基金が作られた。
今年は紅こうじの機能性表示食品で深刻な健康被害が起きた。本格的な補償はこれからだ。企業に責任を負わせるだけでは泣き寝入りを余儀なくされる被害者が出てしまうことを、カネミ油症の問題は伝えている。(専門記者)=次回は1月6日に掲載します