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今年は戦後80年。この間、日本人の食生活はどのように変化したのでしょうか。
厚生労働省の編さん資料「日本人の栄養と健康の変遷」(2022年2月発行)には次のような報告があります。
<日本の高度経済成長期には「食生活の欧米化」と呼ばれる食事内容の変化が生じ、エネルギー摂取量の増加とともに、たんぱく質、脂質の摂取量が増加し、炭水化物の摂取量が減少しました。米を含む穀類の摂取量が減少し、肉類と乳類の摂取量が増加しています>
運動については1日の平均歩数が年々減少しており、身体活動量の低下がうかがわれます。この間に人口構成が変化し、65歳以上の割合が3分の1を占めるようになりました。
ところで、特に私が注目したのは10年以降の変化です。そこで一体、何が起きていたのかというと……。
増えるカロリー、原因は?
高度経済成長期からしばらくはエネルギー(カロリー)摂取量は減る傾向にあったのですが、10年からは逆にじわじわ増えています。
エネルギー比率は炭水化物が減少、たんぱく質は横ばいなのですが、脂質が増えています。特に動物性脂質の比率が顕著に増えています。
アルコールの情報がありませんが、これも炭水化物に組み入れて「炭水化物=糖質+アルコール+食物繊維」と考えます。1gあたりのエネルギーはいずれも推定で、糖質とたんぱく質が各4kcal、脂質とアルコールが7kcal、食物繊維が約3kcalです。食物繊維は種類によってエネルギー換算係数は異なりますが、干しいもなどの栄養成分表示から計算した推計値です。
なぜ、総エネルギーが増えたのか。脂質の過剰摂取であることに間違いありません。飲酒者では糖質とアルコールも大きな原因です。その結果、内臓肥満が特徴のメタボリックシンドローム(メタボ)の患者が増えています。
80歳以上では脂質摂取量と飲酒量が少ないので、メタボの危険性が高い人は中高年、壮年期、そして「若年シニア」(65歳を超えてなお活力のあるシニア)の男性です。
塩分の取り過ぎで3万7000人が過剰に死亡
おいしい物は糖(糖質)と脂(脂質)でできています。食べ過ぎると、糖質由来と脂質由来のアルデヒドが増え、体を攻撃します。すなわち、「糖と脂のダブルパンチ」で体が壊れるのです。この言葉はNatureの特集記事(25年3月)でも紹介されています。
炭水化物は、糖質やアルコール、食物繊維から構成されています。太り気味や、メタボの人は、脂質と糖質(アルコールを含む)を3割ずつ減らし、逆に食物繊維は3割増やすと良いでしょう。名付けて「3×3×3栄養法」です。
公衆衛生の領域では、しばしば「過剰(超過)死亡数」が使われます。これは、人口動態統計の死亡者数を基に算出され、ある時点の実際の死亡数が、例年の同時期の数値から予測される死亡数(95%信頼区間の上限値)を上回った場合を過剰死亡の発生と定義しています。新型コロナウイルス感染症が流行した時も、たびたび登場しました。
これらの調査結果は、国際研究チームによるプロジェクトGlobal Burden of Disease(GBD)によって集積され、解析されています。GBDは、どのような生活習慣が人々を病気や死に至らしめるのかを研究する機関です。
GBDのツールを基に、国立健康・栄養研究所の当時の津金昌一郎所長が集計した「摂取不足や食べ過ぎにより過剰死亡が高まる可能性がある食品」を表(一部改変)に示しました。
例えば、塩分(ナトリウム)の摂取過剰で、日本の死亡者全体の2.7%(19年の死亡数は138万人だから3万7000人!)が過剰に亡くなっていることが読み取れます。
この表を参考に、「3×3×3栄養法」を提案したいと思います。
たんぱく質の取り方を工夫する
たんぱく質を取ると、もれなく脂肪がついてきます。良質な脂質を確保しながら脂質摂取量をカットするためには、たんぱく質の選び方が重要です。以下、カッコ内は日本食品標準成分表八訂を参照にした100gあたりの脂質量(g)です。
まずは赤身肉の脂質を減らしましょう。赤身肉とは牛(10~50g)、豚(4~40g)、羊(12~20g)などの畜肉です。ささみ(1g)のような鶏肉(1~19g)は白色肉に分類されます。脂質量は部位、脂身の有無、調理法によって大きく変わります。たとえば豚ロース(脂身付き)では、生(19g)、焼き(23g)、ゆで(24g)、とんかつ(36g)となっています。
ここで間違えないでください。赤身肉に含まれるたんぱく質が悪いのではなく、動物性脂肪の取り過ぎが悪いのです。循環器病、がん、2型糖尿病の過剰死亡率を高めるリスク要因です。乳がんと大腸がんのリスク要因にもなっています。
魚介類(1~6g、うなぎ19g)にはオメガ3系脂肪酸が多いので、積極的に取るようにしましょう。
たんぱく質源として乳製品もお勧めです。脂肪酸の長さ(炭素数が多いほど長い)も重要です。私たちが摂取する脂質は、一般的には長鎖脂肪酸が多いのですが、牛乳(1~5g)、ヨーグルト(3g)、チーズ(25~30g)やバター(80g)などの乳脂肪には、短鎖脂肪酸(炭素数4~6)や中鎖脂肪酸も含まれています。牛乳の摂取不足は過剰死亡増加のリスク要因です。
卵はたんぱく質も豊富で、レシチンなど良質な脂質(全卵10g)を含んでいます。
大豆やナッツなどの豆類・種実類はたんぱく質が豊富で、脂質(乾燥大豆10g、アーモンド50g)として不飽和脂肪酸を多く含んでいます。
たんぱく質源として、赤身肉の摂取を減らして、その分、鶏肉などの白身肉、魚介類、乳製品、卵、豆類といった他の食材に代えると良いでしょう。量的に脂質摂取量を3割減らして、質的には良質な脂肪の割合を増やすことができるでしょう。
最後は、トランス脂肪酸を極力取らないことです。加工肉の取り過ぎには注意しましょう。
肥満脱却を阻む三つの壁
炭水化物の摂取についてはその内訳が重要です。全粒穀物を1日1合程度摂取することで、不足のリスクを回避できます。糖分を含む炭酸飲料、ジュース、紅茶、コーヒー飲料は極力控えることが理想です。そして、アルコールを含む糖質を3割減らしましょう。
=ゲッティ
食物繊維は不足している人が多いので3割増やしましょう。子供は成人よりも不足者が多いので、10g増やしましょう。放置すると、大人になってメタボになる確率が高まってしまいます。
一方、肥満からの脱却には三つの壁が立ちはだかっています。詳しく見ていきましょう。
【その1】世の中にあふれる「糖質オフ」
心地よい響きの言葉なので、広告でもよく見かけます。ただし、糖質オフのビールなら大丈夫と誤解している方が多いです。おなかが出ている人は、日本では「ビール腹」、フランスでは「ワイン腹」と呼ばれています。いくら「赤ワインが健康に良い」と言っても飲み過ぎは厳禁です。
繰り返しますが、アルコール1gは7kcalで、脂質と同じ。糖質オフのビールでも「カロリーオフ」ではありません。ビール350mLがおおむねおにぎり1個分ですから、忘れずに摂取カロリーに組み入れてください。
【その2】糖尿病専門医が忙しすぎる
東南アジア、中東ではいまだ増え続けている糖尿病患者数は、日本では増加傾向が頭打ちになってきました。それでも、患者数はまだまだ多いので、糖尿病専門医は大忙しです。
メタボ患者はどこの科を受診したらよいでしょうか。メタボは内臓肥満ですから、私のお勧めは肥満外来の受診です。内臓肥満を減らしてメタボが改善すれば、糖尿病も改善します。
肥満外来での食事指導では、主目的を「血糖降下」よりも「肥満解消(内臓肥満を含む)」に重点を置いています。
【その3】動物性脂肪への依存
動物性脂肪には依存症があることがわかっています。赤身肉を取り過ぎると、動物性脂肪が増えて、脳の視床下部にあるメタボ報酬系に変調を起こし、動物性脂肪への嗜好(しこう)性が高まります。琉球大学の益崎裕章教授の研究成果です。脂肪を欲して連日のように食べてしまう、やめられない、といった症状が表れます。
=ゲッティ
動物性脂肪依存症を緩和する有効成分は玄米に含まれています。特に米ぬか油に含まれるγオリザノールに効果があります。1日のうち1食を玄米・加工玄米に代えることをお勧めします。
運動を忘れないで!
太り気味の方へのお勧め栄養法は、脂質3割カット、糖質(アルコール含む)3割カット、食物繊維3割アップが基本です。しかし運動を忘れないでください。
厚労省の編さん資料「日本人の栄養と健康の変遷」によれば近年、運動不足が指摘されています。図のように1日の平均歩数も減っています。
1日15分余分に歩く(おおむね1500歩)、といった基本的なことから始めてください。必ず効果が表れるでしょう。
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米井嘉一
同志社大教授
よねい・よしかず 1982年慶応大医学部卒。医学博士。米カリフォルニア大ロサンゼルス校に留学。日本鋼管病院などに勤務し、2005年に日本初の抗加齢医学講座、同志社大アンチエイジングリサーチセンター教授に就任。日本抗加齢医学会理事。