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毎日新聞2025/1/10 東京朝刊608文字
1933年6月にゴーストップ事件が起きた大阪・天神橋筋6丁目(天六)交差点=1963年6月撮影
韓国の大統領公邸敷地内に入る高捜庁関係者とみられる一団=ソウル市竜山区で2025年1月3日、日下部元美撮影
「信号無視の歩行者に正当な職務執行をしただけですわ。現場ではそれですんだはずやのに、上層部が対立してしもて」。戦後、当事者の元警官が語ったのは1933(昭和8)年に陸軍と警察の対立に発展した「ゴーストップ事件」である▲大阪・天神橋筋6丁目の交差点を赤信号で渡ろうとした陸軍兵士を交通整理中の警官が派出所に連行した。兵士は「(軍の警察活動を担う)憲兵以外の言うことは聞かない」と主張し、乱闘になった▲「皇軍の威信に関わる」と謝罪を求めた陸軍と「正当な職務」と応じない警察の対立が5カ月も続いた。最後は警官と兵士が握手を交わし、和解が演出されたが、軍の専横を象徴する事件になった▲国家の実力組織同士の対立で手詰まりになった構図は似ている。戒厳令を宣布した尹錫悦韓国大統領への逮捕状執行が大統領警護庁に阻まれた問題。逮捕状は再発付されたが、執行のメドは立っていない▲逮捕を目指す側も高官犯罪捜査庁や警察などの寄り合い所帯で「縄張り意識」があるらしい。世論の分裂も広がり、大統領逮捕に反対する声も約4割に達するというのはSNS時代ならではの現象だろうか▲「とにかくいやな時代でしたな、あのころは……」。冒頭の元警官はそう振り返った。正当な法執行が妨げられて無理が通るような政治はいずれ破綻する。尹大統領の弾劾訴追をめぐる憲法裁判所の審理も近く始まるという。大事な隣国である。できるだけ早く政治の安定を取り戻してもらいたい。