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毎日新聞2025/1/14 06:00(最終更新 1/14 06:00)有料記事1691文字
米ホワイトハウスに設置した太陽光パネルの除幕式で演説するカーター大統領=ワシントンで1979年6月、AP
「太陽光エネルギーは実現可能であり費用対効果も高いことに、もはや疑いの余地はない」
昨年暮れに100歳で死去したジミー・カーター元米大統領は、半世紀近く前の演説で確言していた。
ノーベル平和賞受賞につながった紛争解決への貢献や人権擁護の取り組みで知られるカーター氏だが、米国では近年、大統領時代の環境問題への取り組みが再評価されていた。
1979年6月。カーター氏はホワイトハウス西棟の屋根に初めて32枚の「太陽光パネル」を取り付けた。それは発電用ではなく初期の太陽熱温水器だったが、除幕式の演説では2000年までに国内のエネルギーの20%を太陽光でまかなうことを目指すと表明した。
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自らの名前を冠した農場で、太陽光パネル設置の記念式典に出席するカーター元米大統領(中央)=ジョージア州で2017年2月8日、AP
当時は第2次石油ショックのさなか。「誰も太陽エネルギーを禁輸したり、供給を妨害したりすることはできない」という演説の一節が表しているように、最大の関心はエネルギー安全保障にあった。ただ、同じ演説でカーター氏は、太陽光を含む「再生可能なエネルギー」が水や大気を汚染しない環境面での利点も強調している。
自然保護団体「自然資源防衛協議会(NRDC)」のマニシュ・バプナ会長は「カーター大統領は40年先を行っていた」と評価し、「米国、そして世界が彼の言葉に耳を傾けていれば、未来はより明るかっただろう」と続ける。
カーター政権1期4年(77~81年)の環境分野でのレガシー(政治的遺産)を一つに絞り込むことは難しい。
エネルギー省の創設に続いて、再エネの開発や省エネ促進を目的とした連邦法を制定し、電力市場自由化への門戸を開いた。
北部アラスカ州では石油業者などとの猛烈な論争を繰り広げた末、将来の開発から守るために日本の本州ほどの原生地を新たに保護区に指定した。先駆的な土壌汚染対策の法制化も広く知られる。
先見性という点では、政府の特別調査報告「西暦2000年の地球」(80年)が象徴的だ。カーター氏の指示でとりまとめられ、人類が従来通りの経済活動を続ければ地球環境にどのような変化が生じるかの概略を示した。日本でも翻訳版が出版されている。正しい予測ばかりではなかったが、地球温暖化をめぐる記述は大筋で現在に通じる。
ジョー・バイデン米大統領はじめ歴代大統領らが見守る中、運ばれるカーター元大統領のひつぎ=ワシントン大聖堂で2025年1月9日午前、西田進一郎撮影
報告書では、化石燃料に依存して二酸化炭素(CO2)の排出を続けた場合、21世紀の半ばごろまでに世界の農業生産に「極めて破壊的な」影響をもたらすと指摘。各地の降水パターンにも大きな変化が生じ、中緯度地域では2~3度の気温上昇をもたらすと警告した。
産業革命前からの平均気温上昇を2度より低く抑えるための国際目標「パリ協定」に各国が合意したのは、それから35年も後のことだった。
もっともカーター氏自身は、70年代前半には地球温暖化のリスクを気に留めていたようだ。
米作家ジョナサン・オルター氏が20年に発表したノンフィクションによれば、理系で海軍で原子力潜水艦の開発にもかかわったカーター氏は休日に科学出版物を好んで読んでいたという。ジョージア州知事だった72年、英科学誌「ネイチャー」に掲載された1本の論文に目を通した。
「人為的な二酸化炭素と『温室』効果」と題したその論文は、英国の大気科学者が発表した。人間の経済活動に伴い指数関数的に増加するCO2が、「気候変動の要因として完全に無視できない規模に近づいている」と指摘し、20世紀末までの気温上昇をおおむね正しく予測していた。
ここからオルター氏は、カーター氏を「気候変動の問題を認識した最初の世界的指導者」だったと位置づけ、「世論が彼に追いつくまでにはしばらく時間がかかった」と記した。
ドナルド・トランプ次期米大統領は積極的な化石燃料の開発を唱えている=米中西部ウィスコンシン州で2024年7月18日、秋山信一撮影
80年の大統領選で大差で敗れホワイトハウスを去ったカーター氏の太陽光パネルは、後任のレーガン政権によって撤去された。しばらくして、東部メーン州にあるユニティー大学(現・ユニティー環境大学)が500ドルで譲り受けた。
地元紙によれば、パネルはキャンパスにあるカフェテリアの屋根に取り付けられ、10年ごろまで現役で稼働したという。【ニューヨーク支局・八田浩輔】
<※1月15日のコラムは写真映像報道部兼那覇支局の喜屋武真之介記者が執筆します>