|
毎日新聞2025/1/14 地方版有料記事973文字
いま私が勤務している診療所の所長の口ぐせは、「ここでできることは限られています」だ。
医者は所長と私の2人だけ。検査や治療の装置が十分にあるわけでもない。周囲数十キロにはほかの医療機関もなく、気軽に専門医の助けを借りることはできない。とくに夜間帯は所長か私のどちらかが、週末は別の病院から来る出張医が1人で対応するため、可能なのはごく基本的な治療だけだ。
勤務を始めた最初の頃、「できることは限られている」と言われた患者さんは不安にならないかなと思ったが、その心配はなかった。ほとんどの人は「分かっているよ。でも、もう高齢だし遠く離れた総合病院までは行きたくないんだ。ここでやれることだけやってちょうだい」と答える。なかには家族が「もっと高度な医療を受けさせたい」と希望することもあるが、その場合は一番適切な病院を探して紹介状を書く。
Advertisement
「なんでもやります」「最高の治療を提供します」と口に出すのは簡単だ。そう言われたら、その時は「よかった。お願いします」と誰もが安心するだろう。「先生、すごいねえ」と言われてこちらも晴れがましい気持ちになるかもしれない。しかし実際にはできることに限界があるし、無理をしすぎて医療スタッフたちも倒れてしまう可能性がある。「もう診療所を続けられない」となったら、一番被害を受けるのは住民たちだ。
それよりは、「ここでできることはそんなにたくさんじゃないよ」と正直に伝えて「でも、その中でやれることは一生懸命やります」と言う方が、お互いにとってずっとよいのではないか。最近は私も、たとえ患者さんに「なんだ、この診療所はたいしたことないな」と失望されても、笑顔で「そうなの、ごめんなさいね」と言う心の余裕が出てきた。
誰かに期待されるとうれしいし、多少、無理をしてもそれに応えたいと思うのは当然の気持ちだ。とはいえ、必要以上に自分を大きく見せ、限界を超えて頑張りすぎると、結局はすべてがうまくいかなくなったり、疲れ切って起き上がれなくなったりしてしまう。
「私ができることはこれだけ」と言って、相手がちょっとがっかりしても、傷ついたり落ち込んだりしない。新年だからあれもこれもと夢は膨らむが、「自分の限界を知る」というちょっと変わった目標もよいではないか。私も無理せずにまた1年、やっていきたい。(精神科医)