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血糖を下げるホルモンはインスリンだけ――。そう習った方は多いかと思います。実は、インスリン以外に血糖を下げるホルモンがあります。それが「インスリン様成長因子」(Insulin-like growth factor=IGF)です。
IGFにはIとIIの二つのタイプがあり、IGF-Iは別名「ソマトメジンC」とも呼ばれています。私がこのIGF-Iホルモンに出合ったのは1991年。高度の低血糖に悩む患者さんの治療を通じて、IGFを産生する肝臓がんを世界で初めて見つけた時でした(雑誌Liver 1992;12(2):90-93に発表)。
それまでは、肝臓はさまざまな物質を生成し、毒物を代謝する化学工場として、また胆汁を分泌する外分泌臓器として理解していました。その後、肝臓はホルモンを産生する重要な内分泌臓器であることがわかり、「若返りホルモン」の研究を始めるきっかけになったのです。
インスリン抵抗性を高める原因ではない
IGF-Iは、インスリンが効きにくくなり、血糖が高めになった時(インスリン抵抗性が高まった時)に、血糖を下げる「お助けホルモン」として作用します(インスリン抵抗性については記事「インスリンに何が? 糖尿病を防ぐための処方箋」を参照)。2型糖尿病の予備軍や内臓肥満の増え始めといった「インスリン抵抗性」が高まった時に肝臓から分泌されます。
この状態の人が生活習慣を改善して食事療法と運動療法を実践すると、インスリン抵抗性が良くなるとともに、それまで高めの数値だったIGF-Iは、お助け不要ということで下がります。そのためIGF-Iは誤解されやすく、悪玉扱いにしている研究者もいます。
IGF-Iは、インスリン抵抗性が高まる原因では決してありません。内臓肥満の原因でもありません。大切な「若返りホルモン」として位置づけられるはずなのに、少し損しているホルモンなのです。
IGF-I(ソマトメジンC)とは
一言で表すと、IGF-Iは「成長ホルモン(GH)のメッセンジャー」です。GHは睡眠中に分泌され、子どもから大人に成長する時に重要です。中学生男子が年間10cm以上も背が伸びるのはGHのおかげです。肝臓を刺激してIGF-Iの産生を促し、骨や筋肉の細胞増殖を促進させ、たんぱく質の合成を活発化させます。
GHという名称は人間がつけた名前です。GHとIGF-Iは成長期だけ必要なわけではなく、中高年や老年期にも若さと健康を保つために大切です。
皮膚の新陳代謝を例にとりましょう。常に新しい細胞が生まれ、たんぱく質が作られ、古い細胞は脱落します。若くて美しい肌を保つ役割があります。IGF-Iの量が不足すると、肌の老化を起こし、新陳代謝が不調になり、傷が治りにくくなってしまうでしょう。
IGF-Iの分泌は加齢に伴い低下してゆきます。低下の仕方は、人それぞれで、生活習慣によって大きく変わります。IGF-Iをその年齢におけるもっとも健康的で理想的な値(オプティマル値)に保つことが大切です。
GHやIGF-Iの分泌を促す生活習慣
GHの分泌を促す方法は次の三つです(記事「若さと健康と美しさを保つ成長ホルモン」参照)。
①十分な睡眠
「寝る子は育つ」のことわざの通りです。体内時計と地球時間のずれが少ない(ベストチューニング)状態の時にもっともよく分泌されます。徹夜明けで朝寝をしたときにGHの分泌量はベストチューニング状態の約3分の1に減ってしまいます。
②運動(特に筋肉負荷運動)
筋肉の負荷運動によりGHの分泌が上昇します。このことを、私は福永哲夫先生(前鹿屋体育大学学長)に教わりました。
③たんぱく質不足に要注意
GHもIGF-Iもアミノ酸がつながったペプチド型ホルモンです。従って、材料となるたんぱく質の適量摂取が大切です。目安は1日の総摂取カロリーの15~20%、2000㎉を摂取する人なら300~400㎉に相当するので、たんぱく質の摂取目標は75~100gになります。
GHは、刺激によりパルス状に分泌されます。一方、IGF-Iの血中濃度は日内変動が少ないため持続的に作用します。IGF-Iは睡眠、運動や食事の影響をすぐには受けませんが、これまでの研究でいくつかわかったことがあります。
寝具に不具合がある人が快適な寝具に変えることで、1カ月後にIGF-I値が約10%上昇しました。
フィットネスクラブ(ティップネス)と協力して行った研究では、運動クラス(約40分)に週2回参加して頑張って2カ月続けると、IGF-I値が15~20%上昇しました。
IGF-Iは肝臓で産生されるので、肝機能が低下した肝硬変の患者では同年代の人と比べて40~60%低下してしいます。IGF-I値を若い状態に保つためには、飲みすぎに注意して、肝臓に負担をかけすぎないようにしましょう。
「ときめき」「わくわく」が成長ホルモン分泌を刺激する
私が、筋肉の負荷トレーニングとGHの分泌について研究した時、男女によって反応が異なることに気づきました。男性では15分間のダンベル体操によって血中の乳酸が増え、その刺激によってGHが分泌されるという理論通りの結果が得られました。一方、女性ではGHが運動前から高い値を示し、運動しても全く上昇しなかったのです。
試験時に着用した運動ウエア。試験時はフェニックス社が販売し、現在は販売していない
なぜこのような結果になったのでしょうか。当時の状況をあれこれ考えてみました。参加者は平均年齢が男女ともに40歳、女性の大部分が専業主婦です。測定場所はある体育大学の体育館。着慣れないレオタードのようなウエアを装着させられて、試験に臨みました。そして、試験を手伝ってくれたイケメンやマッチョの学生たちに囲まれてしまったのです。「『ときめき』のような状況下におかれた女性はGHを分泌する」と推論しました。
同じような報告があるか探してみたところ、イタリアのEmanuele博士による2006年の報告で、男女交際の初期の「ときめき」が神経成長因子(nerve growth factor)の分泌を刺激することがわかりました。
「ときめき」がGHの分泌を刺激することは間違いないと思います。実際の恋にときめいている人たち、アイドルを追っかけている人たち、皆さんが喜々としていて「若返りホルモン」を分泌しているに違いありません。
今年8月23日の全国高校野球選手権記念大会で、甲子園球場の前でエールを送る米井嘉一さん=本人提供
私も「ときめき」「わくわく」が大好きです。私の場合はスポーツの応援です(記事「W杯のカタールで知った 『糖化ストレス』は体に悪い!」を参照)。先日も慶応高校の応援のため甲子園球場に行ってきました。なんせ107年ぶりの優勝がかかっていましたから。チケットがなくったっていいんです。球場の中に入れなくても。いてもたってもいられない感覚というのでしょうか。絶対に「若返りホルモン」が出たはずです。
米井嘉一さんの医療プレミアの記事はこちら
米井嘉一
同志社大教授
よねい・よしかず 1982年慶応大医学部卒。医学博士。米カリフォルニア大ロサンゼルス校に留学。日本鋼管病院などに勤務し、2005年に日本初の抗加齢医学講座、同志社大アンチエイジングリサーチセンター教授に就任。日本抗加齢医学会理事。