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毎日新聞2025/1/30 東京朝刊847文字
就任初日にホワイトハウスでWHO脱退の大統領令に署名するトランプ氏=ワシントンで20日、AP
世界が築き上げてきた保健分野での多国間連携を後退させる愚行と言うほかない。
米国のトランプ大統領が、就任初日に世界保健機関(WHO)から脱退する大統領令に署名した。新型コロナウイルス感染症への対応や、中国などと比べ米国の拠出金の負担が過大なことを理由に挙げた。WHO予算の約15%を占め、加盟国中で最も多い。
その後、負担が減れば離脱方針を再考するとも述べた。超大国の力を振りかざす「脅迫外交」を、人の命や健康に関わる領域でも繰り広げるのは問題だ。
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トランプ氏は1期目にも離脱を表明したが、半年後に民主党政権に交代したため、米国はWHOにとどまった。
昨年のWHO総会で会場に掲示されたWHOのロゴ=ジュネーブで2024年5月27日、ロイター
新型コロナへの対応で、WHOに問題があったのは確かだ。当初は発生源だった中国に配慮した姿勢が目立ち、緊急事態宣言の遅れにつながったと欧米から批判された。ワクチンを公平に分配する仕組みが十分に機能せず、途上国への供給が滞った。
その教訓から、WHOの司令塔機能が強化された。感染症の世界的大流行(パンデミック)時に各国に強い対策を促せるよう、国際ルールが改正された。ワクチンの確保策などを盛り込んだ「パンデミック条約」も、採択を目指した交渉が続いている。
こうした中で米国から資金と職員派遣が止まると、WHOの業務に支障が出る。情報の迅速な収集や共有に大きな痛手となり、緊急時の対策の実効性も損なわれる。
新型コロナ対策で記者会見するWHOのテドロス事務局長=2022年9月14日、WHOのウェブサイトより
トランプ氏は1期目に「コロナは奇跡のように消える」などと楽観的な発言を繰り返し、初動対応に失敗した。結果として米国では世界最多の100万人超の死者が出た。科学を軽視して国際協調に背を向ければ、感染拡大のリスクを世界に広めかねない。
感染症の脅威は過去のものではない。経済のグローバル化で人の往来や物流が活発になり、温暖化に伴い病原体を媒介する野生生物の生息域も広がっている。
次のパンデミックが、いつ起きてもおかしくない。WHOを中心とした国際的な協力体制の強化が不可欠だ。日本や欧州はその意義を訴え、米国に残留を働き掛ける必要がある。