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乳児が感染すると激しいせきに襲われ、死に至ることもある百日ぜきの流行が収まりません。国立健康危機管理研究機構によると、今年4月6日までの累計患者数は5652人で、昨年(2024年)の合計患者数4054人をすでに上回っています。各メディアはうがい、手洗いなどの基本的な予防法に加え、乳幼児のワクチン定期接種を徹底するよう案内し、日本小児科学会は、定期接種に加えて小学校入学前と高学年での任意接種をするよう推奨しています。それらはたしかに重要ですが、さらにすべきことがあります。当院では10年代半ばから希望する成人にもこのワクチンの接種を始め、現在では成人であっても積極的に接種を勧めています。そして今、社会全体で感染を減らし小児の重症化を減らすためにも成人のワクチン接種をもっと普及させるべきだと考えています。今回はこのワクチンの話をしたいと思いますが、その前に「百日ぜきとはどのような感染症」か、次いで「なぜ百日ぜきがこんなにも猛威をふるっているのか」についてみていきましょう。
実は診断が難しい
百日ぜきは、百日ぜき菌(Bordetella pertussis)による気道感染症、つまり広義の風邪の一種で、乳幼児では重症化することがあります。せきは息を吸う際に笛の音のような「ヒュー」という音が出ることがあり、進行するとけいれんを伴う激しい発作を起こします。さらに悪化すると呼吸ができなくなり、窒息し、死に至ることもあります。
我々臨床医からみて、百日ぜきがやっかいな点として「成人の場合、診断をつけにくい」が挙げられます。
小児の場合、それなりに重症化していれば入院してもらい(あるいは外来でも)「呼吸器病原体マルチスクリーニング」という検査を実施します。これは、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスに加え、RSウイルス、アデノウイルス、マイコプラズマ、従来のコロナウイルス、ライノウイルスなど複数種の風邪を起こす病原体を同時に検出する方法で、百日ぜき菌についても調べることができます。費用が高いことに加え、結果が出るまでに1~3日程度かかるのが難点ですが、確実に正確な診断をつけたいときには大変有用な検査です。
入院が必要ではない症状が軽度の成人の場合、この検査の適応はなく、必要なら精度がやや劣る簡易検査キットを使うことになります。しかし、風邪症状やせきが主症状であればたいていの場合、より重要なのは新型コロナウイルスとインフルエンザであり、これらの検査を優先します。その上さらに百日ぜきの検査もとなると、費用がかさむ上に、保険診療上も認められるとは限りません。よって、現実的にはこの百日ぜきの検査キットはさほど出番が多くないのです。
百日ぜき菌は細菌ですから、グラム染色と呼ばれる顕微鏡の検査が威力を発揮することがあります。白血球に捕らえられた小型のグラム陰性桿菌(かんきん)が特徴です。しかし、百日ぜき菌は気管と気管支が主な生息部位であり、溶連菌や肺炎球菌と比べると咽頭(いんとう)の炎症がさほど強くなく、またたんも出ないことも多く、咽頭を綿棒でこすったり、たんを集めようとしたりしてもなかなかうまくいかないことが多いのです。
百日ぜきの特徴のひとつは「長引くせき」です。では「長引くせき」だけで百日ぜきを強く疑えるかというと、同じようなせきをもたらすマイコプラズマやクラミドフィラ(クラミジア)との鑑別が容易ではなく、さらに、せきぜんそくや慢性気管支炎が悪化したときとの区別も困難な場合があります。
=ゲッティ
百日ぜきのPCR検査はそれなりに精度が高いのですが、結果が出るまでに2~3日かかります。せきが特有なため、百日ぜきの診断は簡単そうに思われることがあるのですが、実は成人の場合は迅速な診断をつけるのはかなり困難なのです。
効かなくなってきた特効薬
診断がついてもスムーズに進むわけではありません。百日ぜきは、インフルエンザや新型コロナウイルスのように、突然発熱や倦怠(けんたい)感、頭痛などに襲われるわけではありません。最初はごく軽度の風邪症状しか起こらないことが多く、その後せきが悪化していきます。激しいせきから百日ぜきが疑われ、診断がつく頃にはそれなりに時間が経過しています。そして、この時点では抗菌薬を投与しても遅いのです。成人の場合は、ここまでくれば抗菌薬ではなく、せき止めの薬や漢方薬をうまく使ってせきをコントロールすることになります。
ただし、抗菌薬がまったく効果がないわけではありません。わずかでも気道に菌が残っているのであれば、抗菌薬の投与で他人への感染リスクを下げることが期待できます。また、乳幼児で入院するほど重症化している場合は、診断がついていなくても百日ぜきを疑った時点で抗菌薬を投与すべきです。
ところが、最近百日ぜきの特効薬であったクラリスロマイシンの効きが悪くなってきています。これが現在、百日ぜきの流行が抑えられていない最大の理由だと思われます。このクラリスロマイシンというのは便利な抗菌薬で、百日ぜきと同じように長引くせきが特徴のマイコプラズマの特効薬でもあります。つまり、少々乱暴に聞こえるでしょうが、小児でも成人でも長引くせきが主症状の風邪にはクラリスロマイシンを投与すればなんとかなったのです。
ただし、これはすでに過去の話です。クラリスロマイシンが効かないマイコプラズマは以前から問題になっていて、そしてついに百日ぜきにも効かなくなってきたというわけです。
他の抗菌薬はどうでしょう。クラリスロマイシンが効かない百日ぜきにはアジスロマイシンという(クラリスロマイシンと同じ)マクロライド系の抗菌薬が有効と言われてはいるのですが、私自身の印象でいえば、アジスロマイシンも百日ぜきを含む従来有効とされていた感染症に対しての効きが悪くなってきています。
マクロライド系以外にはST合剤と呼ばれる抗菌薬が有効だとされています。しかし、ST合剤は安全性の観点から乳児には非常に使いにくく、また成人に対しても副作用のリスクを考えると第一選択にはしにくい薬だといえます(ただし、ST合剤を積極的に処方する医師もいます。私の場合は過去に複数回重症の薬疹を経験していることもあり、どうしても必要な場合のみに限定しています)。
大人もワクチンを
では百日ぜきにはどのように対処すればいいのでしょうか。
赤ちゃんの場合、生後2カ月の時点で初回のワクチン接種をし、その後、1歳までに合計4回接種します。ここまでは定期接種ですから無料です。しかし、百日ぜきのワクチンの効果はさほど長続きしません。そこで、冒頭で述べたように、日本小児科学会は、定期接種に加えて、小学校入学前と高学年での任意接種を促しています。
当院が推奨しているのは「その後のワクチン接種」です。
百日ぜきに有効なワクチンは「3種混合ワクチン」に含まれています。「3種」の一つが百日ぜきで、ほかの二つはジフテリアと破傷風です。3種混合ワクチンはかつては成人には承認されていませんでしたが、10年代半ばごろから成人も接種できるようになりました。これに合わせて当院では最初は希望者だけに接種し、その後は特にぜんそくなどの呼吸器疾患を有している患者さんに勧め、最近ではさらに大勢の人に積極的に接種を勧めています。百日ぜきのみならず破傷風の予防も重要だからです(他方、ジフテリアは日本ではほとんど問題になりません)。本来、破傷風ワクチンは効果が長続きしないために10年に1度の接種が必要というのは国際的なコンセンサスなのですが、なぜか日本ではこの考えがさほど普及しておらず、医療者でさえ接種していない人が少なくありません。
=ゲッティ
一般に、ワクチンが特に重要となるのは「特効薬がない感染症」です。現在感染者が増えつつある麻疹(はしか)のワクチンが重要な理由のひとつは、有効な薬がないことです。新型コロナウイルスのワクチンが登場したとき、大勢の国民が必死で受けられる場所を探し求めたのは、当時はまだ特効薬が登場していなかったことも理由のひとつです。
他方、百日ぜきはこれまではクラリスロマイシンという特効薬がありましたが、それが効かなくなってきています。破傷風は有効な薬がないわけではありませんが、発症時にはすでにタイミングを逃していることがあります。ワクチンはどのようなものであれ100%安全とは言えませんが、リスクとベネフイットをてんびんにかけたとき、3種混合ワクチンはベネフイットがリスクを大きく上回る人が多いと言えるでしょう。
谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1991年関西学院大卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでの医療ボランティアや大阪市立大医学部総合診療センターを経て、06年にクリニック開設。プライマリ・ケア指導医。産業医。