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毎日新聞2025/2/3 東京朝刊有料記事2375文字
シェルターとして部屋が提供されているルーズベルト・ホテルに入る移民ら=米ニューヨークで2023年10月4日、中村聡也撮影
中国は2日、米国の関税引き上げに猛反発し、世界貿易機関(WTO)への提訴を表明した。ただ自国経済の失速が続く中、報復関税を掛け合う「貿易戦争」の泥沼化は避けたいのが本音でもある。
米国は中国にとって最大の輸出相手国だ。対米依存度の高い機械部品やプラスチック、玩具、家具などを中心に関税引き上げの影響を受けるとみられる。
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中国は2024年の国内総生産(GDP)成長率は5・0%増と政府目標を達成したが、これはトランプ氏による関税引き上げを見越して、昨年末に「駆け込み」で米国向けの輸出が増えたことが大きく寄与している。
習近平指導部は、25年も「5%前後」の高い成長率目標を掲げるとみられるが、輸出が落ち込めば達成は「極めて難しい状況」(エコノミスト)になり、危機感は強い。中国は「相応の報復措置を取る」(商務省)とアピールするが、貿易戦争は「互いがどこまで損失に耐えられるかという『マイナスの競争』に陥りかねない」(政府系シンクタンク)として避けたい狙いがある。
一方で24年12月に決定した経済運営方針では「より積極的な財政運営」を掲げた。トランプ政権発足により外需が落ち込むことを念頭に、大規模な財政出動で国内経済を支える準備を進めてきた。
中国は多国間協力を訴えて各国と接近する動きも見せている。昨年11月の主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)では、積極的な首脳外交を展開して自由貿易の重要性をアピール。日本とも短期ビザの免除再開など関係安定化への動きが加速している。
大和総研の斎藤尚登経済調査部長は「米国が中国だけをターゲットに関税をかけてきた場合には中国側も報復せざるを得ない。ただ、トランプ政権が他の国も含めて全方位で関税を引き上げれば、他国と協力する形で米国に対抗していくのではないか」と指摘する。
トランプ氏は中国に強硬姿勢を見せる一方で、「就任後100日以内の訪中」に意欲を示しているとも報じられている。習氏との首脳の対話も通じ、最大限の利益を引き出したい考えとみられる。
トランプ氏は中国に対して、合成麻薬(フェンタニル)を巡る対策や貿易不均衡の是正の他にも、ロシアとウクライナの停戦への協力を求めている。バイデン前政権は、中国がロシアの防衛産業を支援していると繰り返し批判し、中国企業などに制裁も科してきた。トランプ氏は中国がロシアに停戦に向けた圧力をかけることに期待している。
トランプ氏はバイデン前政権とは異なり、民主主義や友好国・地域であるかどうかは問わず、威圧しながら譲歩を求める姿勢が露骨になっている。トランプ政権の外交・安保の要職には、対中強硬派が並ぶ。一方で、トランプ氏は「台湾は米国から半導体ビジネスを奪った」などと主張し、台湾は防衛費を支払うべきだと言及したこともある。トランプ氏は昨年の大統領選で、中国からの輸入品に一律60%の関税を課すとも主張しており、米中関係の先行きは混沌(こんとん)としている。【北京・松倉佑輔、ワシントン松井聡】
米、恐れる移民と薬物
トランプ氏が中国、カナダ、メキシコに強硬な姿勢を取るのは、米国が抱える二つの「国境問題」へのこだわりの裏返しでもある。
米国は南のメキシコとは3000キロ以上、北のカナダとは9000キロ近く国境を接している。主要な道路には検問所や税関があり、メキシコとの国境にはトランプ氏が1期目に推進した「国境の壁」という高いフェンスがある場所もあるが、不法入国や密輸を全て防ぐのは現実的ではない。
特に米国との経済格差が大きいメキシコからは、1970年代から多数の不法移民の流入が続いてきた。あっせん業者や密入国ルートなどの「インフラ」が構築され、中南米諸国からメキシコを経由して米国への密入国を図る外国人も増えた。最近ではアジアなどからメキシコを経由して密入国を図るケースもある。
米税関・国境警備局(CBP)によると、2024会計年度(23年10月~24年9月)にメキシコとの国境地帯で拘束された不法越境者は約214万人。過去最多だった前年度を下回ったが、それでも第1次トランプ政権(17~21年)のピーク時の倍になっている。
トランプ氏は1期目から、移民を送り出す側のメキシコに関税引き上げをちらつかせて対策強化を求めてきており、今回強硬策に踏み切ったのは、目に見える「結果」を残したいという思惑の表れだとみられる。
もう一つの国境問題が麻薬の密輸だ。メキシコには国際的な麻薬カルテルが存在し、暴力を背景に、政府の手が及ばない地域で活動している。米国は密売組織にとって巨大な「市場」であり、麻薬性鎮痛剤「オピオイド」の一種であるフェンタニルなどが米国に密輸されている。
フェンタニルは元々、強力な鎮痛剤として使用されてきたが、密売組織は中毒性を高めるために他の麻薬と混ぜて錠剤にして売るようになり、米国内で中毒者が増加した。米疾病対策センター(CDC)によると、23年には10万7543人が薬物の過剰摂取で死亡。このうち7万4702人が、フェンタニル(合成オピオイド)によるものだった。
22年には「薬物の過剰摂取」が18~45歳の死因で最多になるなど、大きな社会問題になっている。トランプ氏も1期目から麻薬問題に神経をとがらせており、メキシコの麻薬カルテルの拠点に対するミサイル攻撃が可能かどうか当時の国防長官に尋ねたとされる。メキシコ政府が治安を掌握できていないことも、トランプ氏のいら立ちの一因だとみられる。
批判の矛先は、フェンタニルの原料の供給源である中国にも向いている。バイデン前政権は米中の政府間協議でフェンタニル対策の強化を図ろうとしたが、トランプ氏は関税引き上げによる圧力で中国に対応を迫った形だ。【ワシントン秋山信一】