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毎日新聞2025/2/5 東京朝刊有料記事3019文字
米国は4日、中国に制裁関税を発動し、中国は報復措置を発表した。一方、カナダ、メキシコとは妥協により当面、衝突は回避された。「タリフ(関税)マン」を名乗るトランプ米大統領はどこに向かうのか。
トランプ氏「取引」圧力
「追加関税措置には強い不満を持ち、断固として反対する。完全に正当で必要な報復措置を取った」。在米中国大使館は4日の声明で、トランプ政権に強く対抗する姿勢を見せた。
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中国政府はこの日、待ち構えていたかのように次々と対抗策をぶち上げた。米国産石炭や液化天然ガス(LNG)への最大15%の追加関税のほか、一部レアメタルの輸出制限や米IT大手グーグルへの調査、世界貿易機関(WTO)への提訴などだ。
ただ中国側が対象とした産品は、中国への輸出が特に大きいわけではなく現状で米国経済に与えるインパクトは小さい。石炭やLNGはトランプ政権が今後、輸出の拡大を目指している象徴的な商品だ。発動日は「2月10日」と猶予を残しており、中国側は今後の交渉の余地を残しつつ慎重に対応していく模様だ。
背景には、本格的な貿易戦争の再来は中国側も望んではいないという事情がある。中国経済は長引く不動産不況や消費の低迷で成長率が失速している。2025年も習近平指導部は厳しい経済運営を迫られており、米国との貿易分野での決定的な対立は避けたい思惑がある。
一方、トランプ氏は3日、記者団に「(今回の関税は)口火を切ったに過ぎない。中国と合意できない場合、関税は非常に大幅なものになるだろう」と述べ、中国に「取引」に応じるよう更なる圧力をかけた。
今後は、米中が対話によってどこまで一致点を見いだせるかがカギとなる。
米国側が問題視しているフェンタニル(合成麻薬)について、中国外務省は「中国は世界で最も厳格かつ徹底した麻薬規制政策を実施している国の一つ」と反発している。
トランプ氏は3日、フェンタニルにとどまらず、パナマ運河を巡っても中国の関与を「別の大きな問題」だとして批判した。貿易不均衡の是正や、ロシアとウクライナの停戦への協力なども以前から中国に求めており、要求は多岐にわたる。
こうした中、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は関係者の話として、中国がトランプ政権に対して、20年に第1次トランプ政権と締結したものの履行には至らなかった通商合意の復活の提案を準備していると報じた。
この合意には中国が21年末までに2000億ドル(約31兆円)の農産物や工業製品を買うことなどが含まれたが、当時は新型コロナウイルスの流行などもあり、履行されなかった。トランプ氏は米通商代表部に対して、合意の履行状況を調査し、4月までに報告するよう命じている。
対立解決の糸口がつかめなければさらなる米中間の報復の応酬となり、「貿易戦争」が再来する懸念はますます高まる。近く行われる予定のトランプ氏と習氏の協議の行方が注目される。【北京・松倉佑輔、ワシントン松井聡】
市場は先行き警戒
米国がカナダとメキシコへの関税発動を急きょ延期し、4日の東京株式市場で日経平均株価は反発した。前日に売り込まれた輸出関連株が買い戻され、トランプ米政権の動向に市場は振り回される形となった。終値は前日比278円28銭高の3万8798円37銭。
取引開始直後から自動車など幅広い銘柄が買われ、上げ幅は一時600円を超えた。午後に中国への追加関税と中国側の報復関税が伝わり、日経平均は上げ幅を縮小して取引を終えた。カナダとメキシコも先が見通せず、世界経済の先行きは不透明なままだ。市場関係者の多くは「トランプ関税への警戒感は根強く、しばらく積極的な買いは入れづらい」とみる。
中国とメキシコに拠点がある三菱電機の増田邦昭常務執行役は、4日の決算記者会見でメキシコに関税が発動された場合、「米国に輸出するモノの価格に関税が上乗せされ、消費に影響が出る」と語った。経済同友会の新浪剛史代表幹事は4日の定例会見で、中国への関税発動について「一番困るのは、やり返すこと。世界中のサプライチェーン(供給網)が混乱する」と報復の連鎖を懸念した。
市場では7日に開催される日米首脳会談が注目されている。大和証券の柴田光浩シニアストラテジストは「日本の企業業績は堅調で、大きな波乱なく会談を終えれば、市場好転のきっかけになる」と期待した。【成澤隼人、安藤龍朗、加藤結花】
インフレ過熱懸念か メキシコ、カナダ延期
メキシコのシェインバウム大統領=メキシコ市で2025年2月3日、AP
メキシコのシェインバウム大統領は3日の記者会見で、当面の制裁関税の回避に至ったトランプ米大統領との電話協議の生々しいやりとりを披露した。
「関税の発動をどれくらい止めてほしいのか」
そう尋ねるトランプ氏に、シェインバウム氏は「永遠に」と回答。「どれくらいか」との追加質問には、「1カ月あれば両国に良い結果を出せる」と応じた。
45分に及んだ3日の電話協議で、シェインバウム氏は国家警備隊1万人を米国との国境に配置すると新たに提示。トランプ氏はこれを高く評価した。
一方、シェインバウム氏はメキシコの犯罪組織が米国から流入した高性能の武器で武装しているとも説明し、米側からメキシコへの武器密輸の取り締まり強化の約束を引き出した。
メキシコの麻薬カルテルの装備は正規軍並みとされ、国内治安が課題のシェインバウム氏にとっても「ディール(取引)」の意義は関税回避にとどまらない。
記者会見するカナダのトルドー首相=オタワで2025年2月1日、ロイター
報復関税の発動を用意していたカナダのトルドー首相も3日、トランプ氏との2度にわたる電話協議で、直前の混乱回避につなげた。
焦点の国境対策では、トランプ氏の懸念をふまえて13億カナダドル(約1400億円)を投じて警備強化を進めている現状を説明。加えて合成麻薬フェンタニル問題の担当長官を新設し、メキシコの麻薬カルテルをカナダの国内法でテロ組織として指定すると新たに約束した。組織犯罪やマネーロンダリング(資金洗浄)に対処する米国との合同部隊の発足で合意した。
ただカナダで開催されたプロスポーツの試合で、米国歌斉唱時にファンがブーイングを浴びせる事例が続くなど反米感情の高まりも指摘されている。
一方、トランプ氏がメキシコ、カナダへの発動延期を決めた表向きの理由は「国境警備強化で合意したため」だが、関税発動による米国民への打撃が「あるかもしれない」と発言を修正しており、実際には物価上昇(インフレ)や経済への影響に配慮した可能性がある。
米国はメキシコ、カナダから野菜や果物などの食料品に加え、自動車や家電製品、原油などを輸入。安価な輸入品は生活に不可欠な存在となっている。記録的インフレは鈍っているものの、大半のモノやサービスの値段は新型コロナウイルス前の水準に比べ高水準のまま。そこに1世帯当たり年平均800ドル(約12万円)超とも言われる「関税インフレ」が上乗せされれば、一般家庭への影響は甚大だ。
全米小売業協会は「家庭や労働者に負担を転嫁するのを避けるため、交渉を続けるよう求める」との声明を出し、関税発動の先送りを促している。
「関税がインフレを招くことはない」と断言してきたトランプ氏だが、大統領令に署名した後、各方面から改めて批判が殺到した。日米欧の株式市場も下落し、トランプ氏の判断に「NO」を突きつけたことも影響した可能性がある。【ニューヨーク八田浩輔、ワシントン大久保渉】