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毎日新聞2025/2/6 東京朝刊有料記事1021文字
4日からのカナダとメキシコへの制裁関税実施を打ち出しながら、30日間の実施延期を決めたトランプ米大統領=ホワイトハウスの執務室で2025年2月3日、AP
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「ちゃんと蓋(ふた)を開けて中を見た?」。米国駐在時代、レジの店員からそんな質問をよく受けた。米国では卵は紙パック入りで売られている。卵が割れていたり、数が足りなかったり。そんな残念なことが、時としてある。
「物価の優等生」である卵の価格が2年ぶりに上昇している。卸売価格は1キロ当たり300円を突破、小売価格も1パック(10個入り)が300円に近づく。鳥インフルエンザが猛威を振るい、出荷量が減ったためだ。
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米国の制裁関税に対抗し、カナダは米国産のワインなどに報復関税をかける方針を打ち出した。店頭から米国産ワインを片付けるカナダの店員=カナダ東部ハリファクスで、ロイター
米国でも鳥インフルエンザが大流行、昨年12月の卵の価格は、1パック(12個入り)が4・15ドルと1年前より65%も上昇した。10個入りで換算すれば約540円だ。
米国のインフレ率は2022年6月に、新型コロナやロシアによるウクライナ侵攻の影響を受け40年ぶりの高水準となる9・1%(前年同月比)を記録した。特に食品価格の値上がりが目立ち、大統領選でも争点となった。
「リンゴやベーコン、卵が短い期間に2倍、3倍に値上がりした」。トランプ氏は、事実とは異なる数字を用いてバイデン政権を批判、「私が大統領になったら、食品価格を下げる」と公約した。
制裁関税の実施を前に、メキシコから米国に駆け込み輸出をしようと国境にトラックが殺到した=2025年1月31日、ロイター
ただ、当選後も米国のインフレ率は、食品などの価格上昇を背景に24年12月には2・9%と3カ月連続で前月を上回った。米連邦準備制度理事会(FRB)は、物価上昇への警戒感を示し始めた。
そうした中、トランプ政権は1日、多くの経済学者が「インフレを再燃させかねない」と指摘する政策に踏み込む。不法移民や麻薬を米国に流入させたとしてカナダ、メキシコ、中国の3カ国に制裁関税を課す大統領令に署名した。
輸入品の価格が上がり、成長率も押し下げ、米国の1世帯当たりの負担増は、年830ドル(約13万円)になるとの試算もある。
米国が各国に制裁関税を実施すれば、貿易が滞り、世界経済への打撃も必至だ=米西部カリフォルニア州オークランド港で2025年2月3日、ロイター
トランプ氏ですら「一時的かつ短期的な混乱が生じる可能性はある」と、物価への影響を認めざるを得なかった。
そうした事情に加え、カナダとメキシコ両国が国境警備を強化する対策などを打ち出したことで、両国への制裁関税の実施は30日間先延ばしとなった。
トランプ氏は昨年12月のインタビューで「私は食品価格(引き下げ公約)で選挙に勝った」と胸を張ったこともある。そんな自慢の公約を制裁関税で台無しにするのはもったいない。
双方が制裁関税をかけあう事態になれば、米国だけでなく世界経済にも打撃を与える「悪手」となる。そんな騒動は、今回限りと願いたい。(専門編集委員)