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毎日新聞2025/2/18 地方版有料記事976文字
勉強熱心、仕事熱心なのはよいけれど、たまには「心の栄養」を。そんな話をしたい。
いま勤務している診療所には、月替わりで研修医がやって来る。研修プログラムに、地域医療の実習が含まれているからだ。
私が研修医だった頃に比べ、医学は格段に進歩している。その分、研修医が勉強しなければならないことは激増した。外来や病棟の診療の合間にも、彼らはいつも教科書やパソコンを見て学んでいる。おそらく宿舎に戻ってからもそうなのだろう。
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「すごいな」と感心しながらも、「若い時は仕事以外のこともした方がいいのに」という思いが頭をよぎる。特に医師の場合、患者さんの命や人生そのものに向き合うことも少なくない。そんな時に役立つのは、医学の知識ではなくて、映画やドラマ、小説で描かれている内容だったりするのではないか。
私自身がまさにそうだった。医学生や研修医の頃、時間を見つけては映画を見に行き、昼休みや帰りの電車では小説を読んでいた。「もっと医学の論文を読むべきかな」とも思ったが、マーティン・スコセッシ監督やスパイク・リー監督の映画、遠藤周作や開高健の小説から得られた感動や気づきはその後、患者さんと向き合う時の大事な「心の栄養」になったと思う。「ああ、いま患者さんはあの小説のあの場面のような気持ちなんだな」と理解できたり、「本当に苦しんでいる人には下手な慰めの言葉より、あの映画のようにそばでただ手を握ることの方がずっと役に立つんだ」と実践できたりもした。
これは研修医に限ったことではない。現代人の生活はとても忙しい。空き時間は常に仕事の情報収集をし、資格取得のための勉強をしている人も少なくない。スマートフォンやネットの普及がそれを可能にしている。
でも、時には「これっていまは必要ないかも」と思うようなことをあえてする時間も作った方がよいのではないか。ゆっくり休むのもよし、映画や小説、美術や音楽の世界にどっぷりつかるのもよし。そういった時間はきっと「心の栄養」となり、疲れを癒やし、もしかしたらその後に待っている仕事にプラスに働くかもしれない。
研修医たちには時々、「たまには教科書を閉じてシェークスピアでも村上春樹でも、好きな本を見つけて読んでみたらどう?」と声をかける。その時は「え!」と驚かれるが、いつかきっと分かってくれる日が来るはずだ。(精神科医)