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毎日新聞2025/2/22 東京朝刊有料記事2034文字
「多国間主義の実践」をテーマとした国連安全保障理事会の会合で議長を務めた中国の王毅外相(右)、左はグテレス国連事務総長=ニューヨークの国連本部で18日、ロイター
食器のフォークは元々、先がとがった二股の用具を指す言葉。形状から分かれ道の意味もある。「フォーク・イン・ザ・ロード」は人生や歴史の分岐点を指す慣用句だ。
文字通り、道に巨大なフォークを突き刺すオブジェが第2期トランプ米政権で「陰の大統領」とささやかれるイーロン・マスク氏が創業した電気自動車大手テスラ本社(米テキサス州)にある。
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人類が滅亡しない道を選ぶという高尚な意味らしいが、マスク氏はこの慣用句を通俗的に用いた。約200万人の政府職員に退職を勧奨するメールの題。「ツイッター(現X)」を買収した際のリストラで職員に人生の選択を迫ったメールと同じ手法だった。
マスク氏率いる「政府効率化省」の略称「DOGE」はお気に入りの仮想通貨と重なる。ネットで人気を集めた日本のシバイヌ「かぼす」をロゴにした「ドージコイン(DOGE COIN)」。政府機関ではなく、マスク氏の地位も曖昧だが、はっきりと「マスク印」が刻まれている。
◇ ◇
トランプ政権の発足から1カ月。マスク氏が「民主主義を修復する」とぶち上げたリストラ策は、米国の民主主義の行方に疑念を抱かせ、最大のライバルである中国を利している。対外援助機関「国際開発局(USAID)」の機能凍結が典型的な例だ。
「中国国内の反体制派、人権状況、労働者の権利を監視する数十の非政府組織が業務停止を余儀なくされ、スタッフを解雇した」。ロイター通信が報じたのは、1月20日にトランプ大統領がUSAIDの資金を90日間凍結する大統領令に署名した影響である。
USAIDと表裏一体で活動してきた全米民主主義基金(NED)はウイグルやチベットの人権、香港の民主化などの活動を支援し、中国が「分裂を扇動し、内政に干渉して災難を引き起こす」と敵視してきた援助機関。このNEDもマスク氏のターゲットだ。中国にとって90日後もこうした支援が再開しなければ「望外の喜び」だろう。
米国の対外援助は総額約10兆円で世界一。USAIDの予算はその6割近くを占め、影響は大きい。早速カンボジアの地雷除去事業への援助もストップしたが、代わりに中国が資金を提供した。トランプ氏に「白人を差別している」とにらまれ、援助打ち切りを通告された南アフリカに手を差し伸べたのも中国だ。
ラミー英外相は英紙に「大きな戦略ミスだ。開発援助は非常に重要なソフトパワーだ。なくなれば、中国などが隙間(すきま)を埋めると心配している」と語ったが、その懸念がすでに顕在化している。
「パワーとは他者に自分の望むことをさせる能力。達成するには強制(棒)、利益の交換(ニンジン)、甘美な魅力(蜂蜜)の三つの方法がある」。ソフトパワーの重要性を説いてきた米ハーバード大のジョセフ・ナイ氏は米テレビで「トランプ氏は蜂蜜を理解していない」と指摘した。
◇ ◇
カナダ、メキシコ、パナマへの強圧的姿勢。ウクライナや欧州の頭越しのロシアとの和平協議。トランプ氏がウクライナのゼレンスキー大統領を「独裁者」と呼ぶに至っては、同盟国も米外交の行方に警戒を高めざるをえない。
その隙を狙って外交攻勢を強めているのが中国だ。王毅外相(共産党政治局員)はミュンヘン安全保障会議からニューヨークの国連本部、南アフリカの主要20カ国・地域(G20)外相会議へ飛び、各国外相らと会談を重ねた。
「国連創設当初の志に立ち返り、真の多国間主義を再活性化しなければならない」。18日、国連安全保障理事会の議長席に座った王氏は国連80年に合わせ、平等で公正な国際秩序の再構築を目指す必要性を訴えた。国連の多数を占める新興国や途上国、いわゆる「グローバルサウス」を意識した内容だった。
対中強硬派として知られるルビオ米国務長官は南アのG20を欠席した。グローバルサウスを米中どちらが引きつけるかという観点に立てば、敵に塩を送るようなものだ。
トランプ政権は中国製品に10%の追加関税を課し、パナマを中国の「一帯一路」から離脱させたものの、中国を追い込むような成果は見えない。いつから中国に焦点を合わせるのか。トランプ氏が、履行されなかった第1期政権での米中貿易協定を元に安全保障を加えた包括的協定を模索しているという報道もある。
トランプ氏はプーチン露大統領との電話協議後、SNSに「第二次大戦で共に成功裏に戦った経験を思い出した」とつづった。5月にモスクワで対独戦勝利80年の式典が行われ、習近平中国国家主席の訪露が予想される。トランプ氏も参加すれば、米中露3首脳の顔合わせも可能になる。
一昔前ならフェイクニュースに思えた事態が次々に現実となる世界ならありえない話ではない。我々こそ「フォーク・イン・ザ・ロード」に立っているのかもしれない。(第4土曜日掲載)