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毎日新聞2025/3/1 東京朝刊有料記事1026文字
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パレスチナ自治区ガザ地区が、高級リゾート地に変わる人工知能(AI)製の「未来図」動画を見た。トランプ米大統領がネット交流サービス(SNS)に投稿し、住民は怒り心頭だという。
廃虚の光景に「次は何?」の字幕。近代高層ビルの建ち並ぶ浜辺が現れ、イスラム組織ハマスの戦闘員らしいヒゲもじゃ男らが肌を露出し腰を振る。広場には黄金の巨大トランプ像。米実業家イーロン・マスク氏が札束の降る下で踊り、イスラエルのネタニヤフ首相が半裸で優雅に寝そべる。
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流れる陽気な音楽。「トンネルはもうない。恐怖もない。ドナルドが解放しに来る。トランプ・ガザは輝く。輝かしい未来、真新しい光。ごちそうとダンス。偉業が成し遂げられた」の歌声。
ぞくっとする。ショック狙いの悪ふざけとは思えない。なぜなら先例を知っているからだ。これは80年前、敗戦直後の東京と現在の変貌そのものではないか。
東京は軍施設だらけの戦争都市だった。防空壕(ごう)に潜り、空襲におびえた祖父母らは、アメリカさんに解放された。享楽のバブルにまみれ、今や億ションの林立する地底には、なお空襲死者約10万人の骨が埋まっている。
国連によると、ガザのがれき量は東日本大震災13道県の約2倍。撤去に14年、再建に80年と試算される。ガザは東京だ。
日本人は戦時中「鬼畜米英」「天皇陛下バンザイ」「大和民族の一億特攻」「聖戦完遂」を呼号したが、一夜にして米国べったり。子女は米兵に「ギブ・ミー・チョコレート」と群がり、大人も「拝啓マッカーサー元帥様」と陳情に殺到した。今でも日米同盟を神聖な国是と奉じて拝む。
アラブ民族解放の大義、乳と蜜の流れる大地への愛、シオニズムの暴虐、ナクバ(破局)の恩讐(おんしゅう)。どれも正しい。でも悲しいかな、正しさは幸せを実現せず、幸せは正義を必要としない。
無責任な口コミでは、日本でも「トランプやるじゃないか」という大人が急増中。ガザ停戦はともかく第1段階を終了。ウクライナ停戦もトランプ・ペースで進む。現実は、大義も正義も道理もなく実行する力を畏怖(いふ)する。
法の支配による国際秩序を守れ。だが、国連決議という合法的第二次大戦後秩序がパレスチナ分割、ガザ虐殺を生んだ。アラブ世界を合法な外交で分断した英仏は、今やガザに知らん顔。ウクライナの国家主権も突き詰めたら怪しい。守るべき、立ち返ることのできる国際秩序はまだあるか。きれいごとは無力だ。(専門編集委員)