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将来に備えて、貯金や投資などを熱心にされている方も多いと思います。しかし、人生にはそれらの将来計画が全部ご破算になりかねないけっこうなリスクがあります。「がん防災」でいえば、がんの発病です。そして、そのリスクを回避するために現在できる健康上の投資ががん検診です。
「がんは他人事ではない」――加齢による累積リスク
若い人や現役バリバリの世代の中には「がんなんて自分にはまだ関係ない」と思っている人もいるでしょう。確かに高齢者がなりやすい印象はあります。「がんは遠い未来の話」と思いたい気持ちも分かりますが、現役世代でも、年を重ねるにつれ着実にリスクが蓄積されます。
次のデータ(注1)を見ると定年より前の年代でも、1割ぐらいがんに直面する可能性があるとわかります。
がんは誰にでも起こりうる、ごく身近な現実のリスクです。
日本の受診率の低さとその代償
がんの被害を減らす有力な手段が早期発見のためのがん検診です。がんは早期に発見して治療すれば助かる可能性が高い病気です。しかし日本の検診受診率は欧米に比べて著しく低いのです。乳がんや子宮頸(けい)がんの検診受診率を見ると、米国や英国では対象者の約80%前後が受診しているのに対し、日本ではわずか40%台です。胃がん、肺がんなど他の検診も同様で、日本ではいずれも50%前後。この差は深刻です。
がんの中でも早期に発見できれば非常に治りやすいと言われる大腸がんを見てみましょう。米国では、1970年代から2016年までの間に大腸がん死亡率が53%も減少し、17年に大腸がん死亡者数は約5万人になりました。同じ年の日本の大腸がん死亡者数も約5万人です。約3億人の米国と、その約3分の1の約1億2000万人の日本の人口規模から考えると死亡数が際立って少なく抑えられているのです 。
その理由が検診受診率です。米国では、50~75歳の約63%が大腸がん検診(便潜血検査や内視鏡検査)を受けているという報告があります。一方、国民生活基礎調査によれば日本の大腸がん検診受診率は45.9%です(40~69歳、2022年)。検診を受ける人の差がそのまま「治せるうちに見つかる人」の差となり、生存率や死亡率の違いを生んでいるのです(注2)。
がん診断が家計と人生に与える衝撃
自分や家族ががんになって受ける影響は健康面だけではありません。経済的にも大きな打撃を受けます。
近年、革新的ながん治療薬の開発により、多くのがん患者さんの生存期間が大幅に延びました。医学的には素晴らしい進歩ですが、同時に治療費の高騰という新たな課題も生まれています。
大腸がん患者の半分が生存する期間(生存期間中央値といいます)は20年前の約8カ月から、現在は35カ月(約3年)と4倍以上に延びました。治療成績の向上で投薬期間も長くなり、結果として患者さんの薬剤費負担も増大しています。まさに「長生きリスク」という皮肉な状況で、治療が長引くほど自己負担がかさみ、資産を取り崩すリスクが高まるのです。
日本には高額療養費制度(1カ月の自己負担額上限を所得に応じて抑える制度)がありますが、患者の自己負担額は決して小さくありません。筆者の試算によれば、高額療養費制度を利用しても、現役並み所得の方は3年間で270万〜600万円の自己負担が生じます。
例えば、ある50代の肺がん患者さんは、1錠2万円の分子標的薬を3年半にわたり服用し、公的保険適用後でも総医療費は約800万円に達しました。高額療養費制度のおかげで自己負担は月4万~9万円程度に収まっていますが、それでも毎月かなりの出費です。しかしこうしたことはあまり知られていません。
乳がん検診で使われるマンモグラフィー=東京都新宿区で2020年10月、熊谷豪撮影
他の例を挙げると、大腸がん(ステージ4)の薬剤費は15年前と比べて10〜50倍に増加し、3年間の総薬剤費は800〜3500万円にもなります。
さらに、がんは人生設計にも影響を及ぼします。働き盛りでがんになれば、仕事を続けられなくなるケースも少なくありません。ある調査によれば、がんと診断された社員の約3割が最終的に職場を退職していたといいます。治療のために休職や退職を余儀なくされれば、収入の途絶やキャリアの中断につながります。住宅ローンやお子さんの教育費など将来計画が狂い、「こんなはずではなかったのに」と嘆く声が現場では聞かれます。がん罹患は医療費だけでなく、仕事や生活全般にわたって想定外のコストを強いる出来事と言えるでしょう。
命と資産を守るための「投資」
従来、がん検診の啓発では命を守ることを強調していたため、経済面への影響は一般の方々にあまり認識されていませんでした。しかしがん検診でがんを早期発見し、早期治療につなげることは、命を守るだけでなく、結果的に資産と家族を守ることにつながります。
検診はコストがかかると思われがちですが、その費用は治療費に比べればごくわずかです。自治体によっては助成制度があり、数千円程度で受けられます。中には無料クーポンを配布している自治体もあります。仮に自己負担で数万円かかったとしても、治療の自己負担額に比べれば微々たるものです。言わば「自分への投資」や「保険」と考えてください。
私たちは自動車保険や火災保険にお金をかけます。それは万が一の事故や災害から大切な資産を守るためですよね。同じように、がん検診に時間とお金を少し投じておけば、将来の自分の命や貯蓄を守ることにつながるのです。
もちろん将来の治療費に備えて民間のがん保険に入るのも一つの対策でしょう。しかし財産を部分的に守れても、人生の楽しみや快適さを守るという意味ではがん検診に取って代われるとは言えません。
早期に発見できれば、治療は体への負担も小さく、費用も抑えられます。大腸がんは便潜血検査で早期に発見して、内視鏡でがんの元となるポリープを切除できれば、完治の可能性が高く、医療費も進行がんの100分の1程度で済みます。それによって仕事を長く休む必要もありません。「がん検診=命を守る+資産と家族を守るための投資」というのは、そういう意味です。自分や家族の将来への備えとして、定期的ながん検診を生活プランに組み込むことは賢明な選択と言えるでしょう。
「検診で防げないがん」もあるが
「でも、検診で見つけられないがんもあるんじゃ?」という疑問が浮かぶかもしれません。確かに現在の医療では、全てのがんを網羅する検診プログラムは存在しません。例えば膵臓(すいぞう)がんや脳腫瘍など、効果的な検診方法が確立されていないがんもあります。また、定期的に検診を受けていても、検診と検診の間にがんが発生する場合や、見逃されてしまうケースもゼロではありません。限界はあるものの、検診の意義が小さいわけでは決してありません。
というのも、現在日本人に多い主要ながんの多くは有効な検診が存在するからです。国が推奨する胃(内視鏡検査であれば、食道も検査できます)・大腸・肺・乳房・子宮頸部の五つの検診の対象は、日本人の多くが罹患するがんです。言い換えれば、「検診で見つけられるがん」だけでも相当数あるということです。検診で早期発見されたおかげで命拾いした方も大勢います。
検診で発見・治療された著名人の例をいくつか挙げます。
歌舞伎役者の中村獅童さんは17年定期的に受けていた人間ドックによって、初期の肺腺がんが発見されました 。
人間ドックを機に乳がんが見つかった麻倉未稀さん(右)。2018年には啓発イベントを企画した=鈴木篤志撮影
タレントの山田邦子さんは、07年にテレビの健康情報番組内で紹介された乳がんの自己触診法を試した際に、自身の胸にしこりを感じたことが発見のきっかけとなりました
歌手の麻倉未稀さんも、人間ドックを受診したことがきっかけで乳がんが見つかりました 。
お笑いコンビ「はんにゃ」の川島章良さんは、結婚前に当時の婚約者(現在の妻)から勧められて受けた健康診断でステージⅠAという早期の腎臓がんが発見されました 。
プロ野球・阪神タイガースの原口文仁選手は、18年のシーズンオフに受けた人間ドックで大腸がんが発見されました。
経済アナリストの馬渕磨理子さんは23年11月に出演した報道番組で乳がん特集が組まれたことが、自身の健康に関心を向けるきっかけとなり、その後、検診を受け、乳がんが判明しています。
私は腫瘍内科医として日々多くの患者さんと接しています。「もしあのとき検診を受けていなかったら今の自分は生きていなかったかもしれない」と語る患者さんも少なくありません。たとえ全てのがんを防げなくても、下げられるリスクは下げておく。これは自分自身への思いやりであり、家族への思いやりでもあるでしょう。
「もし過去に戻れるなら」患者たちの悔やみから学ぶこと
私が日々の診療や患者支援活動の中で耳にしたある患者さんたちの言葉を紹介させてください。それはがんと闘病中の方々が口々に漏らす、「もし過去に戻れるなら、もっとちゃんと検診を受けておけばよかった」という悔やみの言葉です。がんが見つかってしまった今となっては過去をやり直すことはできません。しかし、その後悔の念は痛いほど伝わってきます。「あのとき忙しさにかまけて検診を先延ばしにしてしまった」「健康には自信があったから大丈夫だと思っていた」――そんな後悔を、これ以上増やしたくないと強く感じます。
今回の記事は、既にがん治療中の方には厳しい内容かもしれません。しかし、がん防災の神髄は予防だけではなく、「被害拡大軽減から復興支援まで」を含む、がん人生の全体戦略の探求です。
近年、がんの症状と治療の副作用を軽減する緩和ケアや支持療法は発展しています。その一方で、がんそのものだけではなく、がん周辺の問題がクローズアップされてきています。その中にはがん罹患によってお金を失う「経済毒性」の他にも人生の時間をがん治療に費やしてしまう「時間毒性」もあります。今後の連載ではこの点についても解説したいと思います。
注1 がんの統計 2023図表編35ページ(2019年罹患=りかん・死亡データ)
注2 日本における大腸がん死亡の現状と大腸がん検診の課題~英国および米国との対比を含めて~
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押川勝太郎
宮崎善仁会病院非常勤医師
おしかわ・しょうたろう 1995年宮崎大医学部卒。国立がんセンター東病院を経て、宮崎善仁会病院非常勤医師。専門は抗がん剤治療と緩和療法。YouTubeでがん防災チャンネルを開設している。