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毎日新聞2025/3/9 東京朝刊有料記事2202文字
トランプ米大統領が狙う「土地」
<気になる>
トランプ米大統領が隣国(りんごく)のカナダを「51番目の州」にすると息巻(いきま)いています。最初は冗談(じょうだん)かと思われていましたが、トランプ氏は本気のようです。太平洋と大西洋をつなぐパナマ運河や、デンマーク領のグリーンランドの支配にも意欲を見せています。メキシコ湾の呼び名を「アメリカ湾」に変更すると宣言(せんげん)し、土地にこだわりを見せるトランプ氏。いったい何が背景(はいけい)にあるのでしょうか。
◆「カナダを一部に」発言なぜ?
貿易不均衡と防衛依存、不満
なるほドリ トランプ氏がカナダを米国の一部にしようとしているの?
記者 2024年11月の大統領選後にカナダのトルドー首相と会談した際、カナダが「51番目の州」になるべきだと発言したとメディアに報じられました。現在の米国は全50州ですが、カナダも米国の一部にして、首相は「知事」に格下げするという趣旨(しゅし)です。カナダ政府は当初「ジョークだ」としていましたが、トランプ氏がその後も繰り返し公言していることから、最近ではカナダ側も「本気だ」と警戒(けいかい)しています。
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Q どうしてトランプ氏はそんなことを言っているの?
A 隣国同士で貿易(ぼうえき)が盛んですが、カナダが米国に輸出(ゆしゅつ)する額の方が多いです。トランプ氏はそれが不満で「カナダからの輸入品に高い関税(かんぜい)をかける」と脅(おど)していました。カナダが「過去に貿易のルールで合意したはずだ。高関税はビジネスに悪影響がある」と反論すると、「だったら米国の一部になってしまえばいい。貿易の問題はなくなる」と言っているのです。3月4日には麻薬密輸対策が不十分だという名目で、関税を引き上げました。
Q 主張が強引なんじゃないのかな。
A 貿易面ではそうですが、軍事面ではトランプ氏に理がある部分もあります。カナダは米国や欧州各国と共に作る「北大西洋条約機構(NATO)」の一員ですが、以前から「国防費の支出が少なすぎる」と他の同盟国から不満が出ていました。トランプ氏も「カナダは自国の防衛を米軍に依存している」と批判しています。
◆トランプ大統領の狙いは?
中露警戒と野望「歴史に名を」
米国の領土拡大の主な歴史
Q 他にも脅されている国があるの?
A 北米、南米両大陸の間にあるパナマは、多数の船が行き交うパナマ運河の管理権返還(かんりけんへんかん)を要求されています。米国の支援で1903年に独立しましたが、米国は見返りとして重要な運河の管理権を握(にぎ)りました。77年の両政府の合意に基づき、99年に管理権がパナマに移りました。しかし、トランプ氏は過去の話を蒸し返して、「米国の船が高い通航料をとられるのはおかしい。運河を返せ」と圧力をかけています。
Q やっぱりお金が絡むんだね。
A トランプ氏は元々、不動産売買やホテル・ゴルフ場経営で有名になった人物で、大統領になっても「損得(そんとく)」で物事を判断(はんだん)する傾向(けいこう)があります。不動産業の経験から、土地へのこだわりも人一倍です。ただ、パナマ運河に関しては、中国へのライバル意識も背景にあります。
Q どういうことなの?
A パナマ運河の両側の拠点港は、香港系企業が管理しています。香港は97年に英国から中国に返還され、最近は自治権が削られて中国の統制(とうせい)が強まっています。トランプ政権は米国経済に重要なパナマ運河に中国の影響が及ぶのを心配しているのです。3月4日に港の管理権が米国系の企業連合体に売却されると発表されましたが、トランプ政権の動きと連動した取引だとみられています。
同じような事情は、トランプ氏がデンマークに米国による購入(こうにゅう)を持ちかけているグリーンランドにも言えます。グリーンランド北側の北極海では、地球温暖化の影響で海の氷が減少し、船が通航できる期間が長くなっています。特にロシアと中国が航路開発に積極的で、米国は中露に重要航路を握られることを警戒し、「デンマークよりも米国の方がグリーンランドの安全を保障できる」と訴えているのです。
Q 米国の領土(りょうど)は広がるのかな?
A 相手国が同意する見通しはなく、現実的ではありません。トランプ氏は軍事力行使を否定していませんが、実際にそんなことをすれば、外国から非難が殺到(さっとう)し、米国が孤立(こりつ)します。
ただ、トランプ氏は就任演説でも「領土を広げる」と宣言しています。メキシコ湾を「アメリカ湾」に改称すると一方的に宣言したのも、この海域は「米国の領土と不可分」との理由からで、領土へのこだわりは並々ならぬものがあります。米国の歴史を振り返ると、外国との戦争、外交交渉、金銭による購入といろいろな方法を駆使(くし)して領土を広げてきており、「歴史は繰り返す」との格言(かくげん)に従えば、全くの空論だとは言えないでしょう。
1期目に当時の安倍晋三首相にノーベル平和賞への推薦(すいせん)を依頼したように、トランプ氏には「歴史に名を残したい」という意識が見え隠(かく)れします。「米国の領土を広げた大統領」になるという野望(やぼう)を秘めているのかもしれません。(北米総局)<グラフィック・大石真規子>