|
毎日新聞2025/3/14 東京朝刊有料記事3193文字
大阪市の人工島・夢洲(ゆめしま)で開かれる大阪・関西万博(4月13日~10月13日)は、四方を海で囲まれた世界初の「海上万博」。陸上からのアクセスが限られる地理的制約や埋め立て地の構造から、防災上の懸念が指摘されてきた。課題は克服されたのか、現状を報告する。
地震想定訓練、限られ
1月17日、夢洲の北に浮かぶ舞洲(まいしま)では、関係機関が南海トラフ巨大地震を想定した大規模訓練を行った。舞洲を万博会場に見立て、来場者を島外に避難誘導する訓練では、車椅子利用者も支援を受けて岸壁を移動し、海上自衛隊の掃海艇に乗り込んだ。大阪市の担当者は「自衛隊の船舶なら一度に大勢の人を避難させられる」と期待する。
Advertisement
大阪・関西万博会場=大阪市此花区の夢洲で12日、本社ヘリから
南海トラフ巨大地震では、市内で最大震度6弱の揺れが想定される。津波の高さは夢洲で5・4メートル。万博を運営する日本国際博覧会協会(万博協会)によると、夢洲の地盤は最低潮位から11メートルかさ上げされており、浸水の可能性は低いという。
一方、夢洲は災害時に孤立するリスクがある。市街地への陸上アクセスは、舞洲との間に架かる夢舞(ゆめまい)大橋と、地下鉄と車が通る夢咲(ゆめさき)トンネルのみ。いずれも耐震化されているが、トンネルは震度5強以上で安全確認が完了するまで、橋も状況に応じてそれぞれ通行止めとなる。
万博協会によると、会期中の来場者は1日最大22万7000人、ピーク時には15万人が会場にいる想定だ。市は被災後、地下鉄が復旧すれば輸送は大幅に改善すると見込む。復旧に時間がかかる場合は、主要駅などと会場を結ぶシャトルバス(約290台)を活用し、来場者を島外へ運ぶ計画だ。
だが、市内で最大震度6弱を観測した2018年の大阪北部地震では、大阪メトロの全線復旧に13時間以上かかった。また、同年の台風21号では、関西国際空港と対岸を結ぶ唯一の連絡橋にタンカーが衝突し、一時約8000人が孤立した。
次なる手段が船舶だ。市は漁船の活用も視野に入れる。市漁協と災害時の人命救助や物資輸送で協定を結んでおり、協力を期待する。
24年の能登半島地震では津波の影響で自衛隊の船が着岸できず、海底隆起や港湾施設の被害で漁船が使えないケースもあった。
会場内に残された来場者の安全はどう守るのか。市は、南海トラフ巨大地震で市中心部などで約90万人の帰宅困難者が出ると予想する。橋やトンネルが通れるようになっても、15万人の来場者が一気に合流すれば混乱に拍車をかける恐れがある。そこで、場内放送などを通じて万博協会から来場者に周辺状況などを伝えてもらい、会場にとどまるなどの判断を促す方針だ。
協会は休憩所やパビリオンなど会場内の屋内施設に約10万人を収容できると試算。残る5万人分の収容先が懸案だったが、開幕までに確保できる見通しが立ったという。食料や簡易トイレなども必要数を確保した。
避難誘導に当たるスタッフの訓練も重要だ。11年の東日本大震災発生時、東京ディズニーリゾートには約7万人がおり、うち約2万人が園内で一夜を過ごした。運営主体によると、従業員は震災前から災害を想定した大小の訓練を年間180回以上繰り返していたという。
万博では災害時、約2000人の警備員らが来場者を誘導する。万博協会の担当者は「会場完成直後に開幕を迎えるため、十分な実地訓練の機会を設けるのは難しい」と話す。委託先の警備会社などとは図上訓練に取り組んだほか、開幕直前には現場での訓練も計画している。【井上元宏、藤河匠】
熱中症防止に新技術
愛知万博時、日よけのある場所へ変更したトヨタグループ館の入場整理券配布場所。半分は日なただった=2005年5月、兵藤公治撮影
万博協会は「猛暑」も災害の一つと位置づけ、対策を進めている。気象庁によると、24年の日本の平均気温は平年を1・48度上回り、1898年の統計開始以降、2年連続で過去最高を更新した。24年5~9月の熱中症による全国の救急搬送者数は、総務省消防庁が調査を始めた08年以降で過去最多の9万7578人だった。
近年は地球温暖化の影響で高温となる年が増え、気温の高い時期に人が集まる場での熱中症対策は避けて通れなくなっている。
今回の万博では、国土交通省が「デジタルツイン」と呼ばれる新技術を活用して熱中症リスクを予測する。ドローンで撮影した会場上空の映像に、夢洲周辺の地形や建物のデータ、その日の気象条件などを加えてスーパーコンピューターで解析。翌日の熱中症リスクを10分ごとに5メートル四方の単位で予測できる。建物や植樹の影響で変わる風通しまで反映したシミュレーションが可能といい、開発の中心となった神戸大の大石哲教授(社会基盤、水工学)は「適切な行動指針づくりに役立ててもらえれば」と話す。
万博協会は空調の整った施設内だけでなく、会場中心部の「静けさの森」(2・3ヘクタール)や大屋根「リング」の下も避暑スペースとして活用する考えだ。一方で、高さ約20メートルに達するリング上や森の樹木は夏場、落雷の危険が指摘されている。協会によると、大阪では22年、落雷を観測した日が年間18日あり、うち13日が7~9月だった。「リング上や樹木のそばにいると人体へ雷が飛び移る危険性が想定される」ため、雷雲の接近が見込まれる場合は、早めの退避や立ち入り制限を行うという。
会場には診療所3カ所、応急手当て所5カ所を設け、医師や看護師が常駐する。大阪市は会場内に状況に応じて最大4台の救急車を配備する方針。大阪府も市内約60の2次救急病院と患者の受け入れ協定を結び、バックアップを図る。
災害時には広域連携の仕組みもあるが、関西大の高鳥毛敏雄教授(公衆衛生学)は「府県を超えた患者の受け入れ調整はなかなか難しい。不測の事態に備え、神戸市など大阪湾岸の都市とスムーズに連携できるよう、大阪府や兵庫県などで事前に会議を開くなどして準備を整えておくべきだ」と指摘する。【藤河匠、村上正】
メタンガス対策、改善
夢洲には建設残土やしゅんせつ土で施工された場所と廃棄物で造成された場所がある。廃棄物からは可燃性メタンガスが発生しており、地上から排出している。
24年3月、廃棄物が埋まっている会場西側のグリーンワールド(GW)工区で、爆発事故が起きた。原因はトイレ床下の配管ピット(空間)にたまったメタンガスだ。ピットにはめてあったふたの穴から、溶接の火花が落ちてガスに引火したとみられている。
万博協会が32億円を投じてGW工区の建物に換気装置を設置するなどの対策を進めた結果、12月の測定では床下の地下ピットを含めいずれの建物からもガスは検知されなかった。
一方、電気・通信設備などを設置する通路下の地下ピットでは、372地点中、隣接工区を含む12地点でガスを検知した。労働安全衛生規則が定める基準値を上回ったところが4地点あり、うちGW工区の2地点では爆発の可能性がある値を超えた。いずれも穴の開いたふたへの交換を進めている。
万博協会は開幕後も会場全域でメタンガス濃度を測定し、ホームページなどで来場者に周知する方針だ。
大屋根「リング」のあるパビリオンワールド工区の地盤は、建設残土やしゅんせつ土。万博協会は22年11月、会場内の18カ所でボーリング調査を実施し、大規模地震による液状化のリスクは低いと判断した。
同じしゅんせつ土で埋め立てられた会場隣の統合型リゾート(IR)予定地では、事業者が約170カ所をボーリングし、一部で液状化しやすい砂の層を確認。大阪市が788億円を上限に費用を負担して工事を行った。
大阪公立大の大島昭彦特任教授(地盤工学)は「万博会場の埋め立てに使われたしゅんせつ土は粘土が主体なので基本的には液状化しない」とした上で、「長期で施設を使うIR事業者は低いリスクも重視したが、半年間の万博に同様の費用をかけるのは難しいだろう」と話した。【鈴木拓也】