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昨年(2024年)の連載で公開後に最も反響が大きかった一つが「それでも放置する?コレステロール 知られていない「認知症のリスク」」(※1)です。世間では「LDLコレステロール(悪玉コレステロール、以下<LDL>)は高くても放置してよい」という意見があるばかりか、極端なものになると「むしろ高い方がいい」とする説すらあるようです。たしかに、これまでLDLは誰もが必ずしも下げる必要はないと考えられ、私が院長を務める谷口医院でも昨年前半までは「少々高くても、他に心臓病や脳卒中のリスクがなければ下げなくてもいいですよ」と案内していました。それが、1本の論文(※2)を皮切りに「認知症のリスクを抑えるには、中年期のLDLを下げなければならない」と潮流が変わったわけですから、社会に動揺が起こってもおかしくありません。では、LDLをいったいどれくらいまで下げるべきなのでしょうか。最近、韓国の大規模調査で「70mg/dL未満にすべきだ」という驚くべき結果が導かれ話題となっています。
変えられないリスク、変えられるリスク
その韓国の研究を詳しく解説する前に、認知症のリスクをまとめておきましょう。まず、認知症のリスクは大きく二つに分けられます。一つは「変えられないリスク」、もう一つは「変えられるリスク」です。
「変えられないリスク」は主に三つあります。「年齢」「性別」「遺伝」です。「年齢」が最大のリスクであることは明らかでしょう。最近、若年性認知症の患者数が増えていますが、若年性であったとしても発症が早いだけであり年齢がリスクであることには変わりません。「性別」については、女性の方がリスクが高いのは間違いありません。英国アルツハイマー病協会(Alzheimer's Society)は「女性のアルツハイマー病発症リスクは男性の2倍」としています(※3)。
遺伝については過去の連載「ここが問題! 認知症新薬『レカネマブ』」(※4)で述べたように、ApoE(アポイー)遺伝子の組み合わせによって、アルツハイマー病の発症リスクが最大11.6倍にもなるという研究(※5)があるのです。24年に「Science」に掲載された記事にあるグラフ(※6)を見ると、もっともリスクが高い遺伝子型の組み合わせの場合、75歳でアルツハイマー病を発症する確率は8割にもなります。
これだけ明らかなリスクがあるのなら、あらかじめ自分の遺伝子を知っておきたいと考える人も少なくないでしょうが、遺伝子は変えることができないために安易な気持ちで検査を受けるべきではありません。特に、若い人の場合は結果によっては結婚や出産をちゅうちょするようになってしまうかもしれないからです。ただ、どのタイプのApoE遺伝子を持つかによってアルツハイマー病のリスクが大きく異なるのは紛れもない事実です。
=ゲッティ
しかし、24年の「Lancet」の報告(※2)によると、「変えられないリスク」は全体のリスクの55%であり、残りの45%は変えることができます。「変えることのできるリスク」の内訳として最も大きいのが「中年期(18~65歳)の難聴」と「中年期の高LDLコレステロール血症」で、共に7%です。LDLが高い人は適正水準にすることにより、認知症全体のリスクを7%も下げることができるのですから「高くてもかまわない」と考える人はほとんどいないでしょう。
約3割のリスク減
では、いったいどれくらいまで下げればいいのでしょうか。厚生労働省は、高LDLコレステロール血症を「140mg/dL以上」としています。では139mg/dL以下であれば認知症のリスクが7%下がると考えていいのでしょうか。残念ながらそうではありません。140mg/dLというこの数字は心血管系疾患のリスクとなる数値で、認知症を考慮して算出されていません。
では、認知症リスク軽減にはどれほどまで下げる必要があるのでしょうか。
上述のLancetでも引き合いに出されている英国の大規模調査(※7)では、「LDLの値が116mg/dLを超えれば認知症発症リスクが33%増加する」としています。「116mg/dL」を基準にするならば、日本人の4~5割のLDL値はこれより高いとみられますから、「多くの日本人は認知症のリスクを抱えている」ということになります。しかし裏を返せば「多くの日本人はLDLを下げれば認知症のリスクを減らせる」とも言えます。
では、116mg/dLまで下げればそれでいいのかというと、「もっと下げるべきだ」ということが冒頭で述べた韓国の大規模調査で明らかになったのです(※8)。その研究のポイントをまとめてみましょう。
この研究の対象者は1986年11月から2020年12月までの韓国の病院を受診した18歳以上の外来患者で、LDLが70mg/dL未満のグループ及び130mg/dL以上のグループ、各10万8980人のデータを解析しています。さらに55mg/dL未満のグループ、30mg/dL未満のグループについて検討しています。
・LDLが70mg/dL未満のグループは、130mg/dL以上のグループと比較して、全認知症リスクは26%、アルツハイマー病のリスクは28%低下していた
・LDLが55mg/dL未満のグループは、130mg/dL以上のグループと比較して、全認知症のリスク、アルツハイマー病のリスクが共に18%低下していた
・LDLが30mg/dL未満のグループの場合、認知症リスクが低下することも、上がることもなかった
どうやら、LDLは130mg/dL以上で認知症のリスクが高くなるのは明らかで、55~70mg/dLを維持するのが最もリスクが低いようです。
薬に頼ってもいいの?
では、LDLはどうやって下げればいいのでしょうか。基本的に、生活習慣病のリスク軽減のためにまずすべきことは薬を服用することではなく「生活習慣の改善」です。LDLについても薬に頼る前に食事や運動によって下げることを試みるべきだ――と言いたいところですが、驚くべきことに、この研究では「スタチンと呼ばれる薬でLDLを下げる方が認知症のリスクが下がる」ことが示されました。具体的な数値をみてみましょう。
=ゲッティ
・スタチンを使用しLDLが70mg/dL未満のグループは、スタチンを使用し130mg/dL以上のグループと比べて全認知症リスクが13%、アルツハイマー病のリスクが14%低下していた
・スタチンを使用しLDLが55mg/dL未満のグループは、スタチンを使用し130mg/dL以上のグループと比較して、リスクの低下は認められなかった(よってスタチンを使用して55mg/dL未満にまで下げる必要はない)
・スタチンを使用してLDLが70mg/dL未満であるグループは、スタチンを使用せずに70mg/dL未満のグループと比べて、全認知症リスクが13%、アルツハイマー病のリスクが12%低下していた(同じ数値でもスタチンを使用している方が低リスク)
・スタチンを使用しLDLが130mg/dL以上のグループは、スタチンを使っていない130mg/dLのグループと比べて、全認知症リスクが7%、アルツハイマー病のリスクが10%低下していた(同じ数値でもスタチンを使用している方が低リスク)
大規模調査でこれだけはっきりとした結果がでれば、中年期の高いLDLはもはや心血管系疾患のリスクというよりも、むしろ認知症のリスクと認識した方がよさそうです(他方、高齢者のLDLは高くても認知症のリスクとなるわけではありません)。
認知症は万病のもと
ところで認知症はなぜ好ましくないのでしょうか。「認知症は病気ではなく、自然のプロセスだ」とする考えもあり、それを支持する医師もいます。しかし一方、「認知症が死因となる」とする考えもあります。最近、その考えを支持するような日本の論文が発表されました。医学誌「The Lancet Public Health」に発表された論文(※9)によると、「GBD」(=Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study)と呼ばれる研究から導き出された日本人の死因第1位は認知症で、全死因の12.0%に相当することが分かったのです(ちなみに、第2位から5位は、脳卒中、虚血性心疾患、肺がん、下気道感染症)。それに、認知機能が低下すれば、健康への関心が低くなり、生活習慣が乱れ、その結果がんや心臓病、脳卒中などを発症することもあります。「認知症は万病のもと」と言えなくもありません。
当院にも認知症に対する相談はほぼ毎日寄せられています。「検査や薬は最小限」は当院が07年の開院以来掲げている基本方針ですが、現在、スタチンだけはその例外となりつつあります。
※1 それでも放置する?コレステロール 知られていない「認知症のリスク」
※2 Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission
※3 Risk factors for Alzheimer’s disease
※4 ここが問題! 認知症新薬「レカネマブ」
※5 Genetics and dementia: Risk factors, diagnosis, and management
※6 The burden of a gene
※7 South Asian, Black and White ethnicity and the effect of potentially modifiable risk factors for dementia: A study in English electronic health records
※8 Low-density lipoprotein cholesterol levels and risk of incident dementia: a distributed network analysis using common data models
※9 Three decades of population health changes in Japan, 1990–2021: a subnational analysis for the Global Burden of Disease Study 2021
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1991年関西学院大卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでの医療ボランティアや大阪市立大医学部総合診療センターを経て、06年にクリニック開設。プライマリ・ケア指導医。産業医。