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毎日新聞2025/4/12 東京朝刊有料記事2103文字
東京電力の原発トラブル隠しを批判する佐藤栄佐久知事。国や東電と知事就任直後から闘い続けた=2002年9月20日、米村耕一撮影
個人的な話で恐縮だが、私は1992年、入社と同時に福島県へ赴任し、当然の成り行きとして原発の問題とかかわった。東京電力の原発10基の電気はすべて首都圏へ送られ、県民は東北電力の電気を使う。そこからしてヘンだ、と物分かりの悪い駆け出し記者は思った。首都圏のやっかいな電源が、なぜ福島に集中立地するのか――。
当時の拙い原発取材を支えてくださった恩人が、今年3月に亡くなった。元福島県知事の佐藤栄佐久さん(享年85)だ。
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福島県政を担当していた94年8月のある日、県庁が蜂の巣をつついた騒ぎとなった。当時の東電社長が来庁。「明治以来首都圏の電気でお世話になっている福島県さんへの恩返し」として、サッカートレーニング施設を130億円で整備し、県に寄付すると記者会見で表明したのだ。佐藤知事も歓迎した。あの「Jヴィレッジ」である。
東電はこの時、福島第1原発で2基増設を計画していた。それには知事の事前了解が必要だが、佐藤知事は冷淡だった。Jヴィレッジは増設を狙う東電から県への「わいろ」だ――。そんな見立てで、支局を挙げ両者の駆け引きを描く連載に挑んだ。私は鵜飼(うか)いの鵜のごとく、アンカー役の先輩記者に日々の取材メモを吐き出し続けた。
このJヴィレッジ、佐藤知事には痛快だったろう。増設への同意を“人質”に、誠意を見せよと言いたげな態度で東電から巨額の地域振興策を引き出した。原発に懐疑的な私は「増設への地ならし」と記事で批判したが、心中ひそかに「もっと引き出せ」と応援した。福島は明治以来わいろも見返りも求めず、水力なども含め電源開発に協力。首都圏1都3県の電力消費の3分の1を支えていた。
東電と県の間で、増設に加えもう一つ懸案が浮上する。
国は、使用済み燃料から取り出すプルトニウムで福井の高速増殖原型炉もんじゅを動かそうとしたが、95年末のナトリウム漏れ事故で挫折。プルトニウムをウランに混ぜ通常の原発で燃やすプルサーマル計画を打ち出した。東電は福島で実施を計画。やはり知事の同意が必要だったが、佐藤知事は容易に首を縦に振らない。その理由をじっくり聞こうと知事室を訪ねた。彼は「これまで国や東電に何度も裏切られてきた」と怒りに顔を紅潮させ、経緯を語った。
裏切りの原点は知事就任4カ月後の89年1月。福島第2原発3号機で溶接部品が脱落、大量の金属片がガラガラ炉内を回る深刻な事故が発覚した。東電は前年に事故を把握したが、県への連絡は正月明けの6日。住民の不安など意に介さず「運転に問題はない」と言い放ち、県民を守る知事の面目は丸潰れだった。そこから反撃し、国や東電にやり返される一進一退の攻防を、私は懸命に記事にした。
せめぎ合いの末に佐藤知事は98年、全国で初めてプルサーマルを事前了解した。私はこれを節目として報じ、翌年福島を離れた。だが、知事はまたしても裏切られる。2002年に東電の原発でトラブル隠しや検査データの改ざんが発覚し、事前了解を白紙に戻した。
この不祥事で03年、福島の全10基が停止。運転再開に厳しい条件を課す佐藤知事を、日経新聞は名指しで攻撃した(6月5日社説「最悪の電力危機を回避せよ」)。中央との対立を深める知事を、私は他部署でハラハラしながら見守った。
攻防は突然終わる。佐藤知事は5期目途中の06年、汚職事件で失脚した。裁判で無実を叫び、有罪確定後も「原発で国に逆らい潰された」と訴えた。冤罪(えんざい)の可能性はともかく、原発のリスクから福島を守る彼の闘いは本物だと思っていた。だが、その努力一切が無に帰す将来など想像もしなかった。3・11東日本大震災である。
私は原発事故で福島の現地へ派遣され、初日に郡山市の栄佐久さん宅を訪ねた。家は壊れていたが本人は元気で、「まさかあんな事故になるとは……。すべての原因は国の体質にある」と断じた。電源を引き受けた福島の苦しみは電力消費地とあまりにも非対称で、彼の悔しさはいかばかりだったか。
福島を離れるときにいただいた色紙
実は99年春に福島支局を離れる際、栄佐久さんに色紙をいただいた。墨書き直筆で「奔殿」の2文字。趣旨を直接聞きそびれ、恥ずかしながら意味も読みも分からぬままだった。訃報に接し、調べて驚いた。
「奔(はし)る」は戦場からの敗走。「殿(しんがり)」は敗走の最後尾で敵の攻撃を防ぎ、味方を守ること。原発をめぐる国や東電との攻防には勝てないが、県民は守るぞ、という覚悟を示したのか。予言めくが、今となっては真意を確かめようもない。
なお、論語の一節に<子曰、孟之反不伐。奔而殿。将入門、策其馬曰、非敢後也。馬不進也>とある。孔子いわく、孟之反は自分の手柄を誇らず。敗走でしんがりを務め、まさに城門に入るとき、馬に鞭(むち)を入れ「あえて遅れたのではない。馬が疲れて進まなかったのだ」と言った。
栄佐久さん、お疲れさまでした。ゆっくりお休みください。
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喫水線(きっすいせん)は、水に浮く船の側面と水面が交わる線。(第2土曜日掲載)
徳島支局長。1992年入社。福島支局、東京社会部、特別報道部長、大阪編集局次長などを経て現職。