天の父なる神様の子イエス様が復活されたのです。<要約>
<ヨハネ20:26-31>.2026.4.19.<主日>大阪愛する教会、金好日牧師。
イエス様はご自身が神様の御子であられる事を人々が信じないため、多くの奇跡としるしを行いながらご自身が神様の子である事を証されたのです。また、使徒ヨハネはイエス様の多くのしるしを全て記される事が出来ず、代表的(だいひょうてき)なしるしのみを記しながら、イエス様が神様の御子であられる事を信じさせようと強調したのです。即ち、人々が神様の御子であられるイエス様を信じる事によって救われ新たな命を得させようという目的でした。
旧約(きゅうやく)聖書(せいしょ)では神様の御子がこの地に来られると予言され、新約聖書では神様の御子であられるイエス様が人間としてお生まれ、十字架に釘付(くぎづ)けられ亡くなられ、三日目に墓(はか)から蘇られ、四十日間の間この地で弟子たちとご自身についてくる者たちにイエス様ご自身の復活の姿を見せながら、ご自身が神様の子である事を信じさせた後、大勢(おおぜい)の人々が見ている前で天に昇られた事が記されているのです。この事実をユダヤ人たちが受け入れなかったため、使徒ヨハネはヨハネの福音書1章から21章までイエス様は人であり神様の御子であられる事を信じなさいと強調したのです。ヨハネによる福音書を記した目的はイエス様が神様の御子であられる事を強調した事なのです。それで、ヨハネの2章で水がぶどう酒に変わる奇跡と、4章では王の家臣(かしん)の子が癒(いや)された出来事を記された後、しるしを見ないと信じないためしるしを見せてあげると言われたのです。
そして、5章では38年にもなる病人を癒す場面(ばめん)を紹介し、6章では麦のパン五つ切れと魚二匹で五千人を食べさせた奇跡(きせき)を紹介したのです。そして、9章では生まれつき目が見えない者を癒された奇跡と、11章では死んだナザロを生かした後、私は復活であり、命であると言われたイエス様を紹介したのです。しかし、イエス様はもっと多くのしるしを見せてくれる事を願う者たちに預言者ヨナのしるししか見せてあげるしるしはないと言われたのです。
この御言葉は、イエス様が十字架に釘付けられ亡くなられた後、三日目に蘇られるしるしが最も大事であると強調されたのです。イエス様は神様の御子であられる事を証明するために蘇られました。神様の御子でないと蘇られないからなのです。そして、イエス様は私は天から降りた生きている命のパンである。私を食べなさい、そうすれば永遠な命が与えられると言われたのです。イエス様はご自身が神様の子である事を知らせようとしるしを示して下さったにも関わらず、ユダヤ人たちは信じる事なく、むしろ、イエス様を十字架に釘付け殺したのです。
しかし、イエス様は三日目に蘇られたのです。ですから、私たちもイエス様の復活を信じイエス様が神様の御子であられる事を信じ、神様であられる事を信じなければならないのです。キリスト教はイエス様の十字架の死と復活が核心であるため、私たちがイエス様の復活を信じなければ救いを得られません。イエス様を迫害したサウルが蘇られたイエス様に出会い、三日間の間、飲み食いを断ち祈ると目が開き聖霊に満たされたのです。その時から勇敢(ゆうかん)に出かけて福音を伝えたのだが、最初の一言がイエスは神様の御子であられると叫びました。神様の御子であられるという言葉はイエス様が神様であられるという意味なのです。使徒パウロはあなたがたが十字架に釘付け殺したイエス様を神様が蘇らせた。そして、私たちの主とキリストにならせた。
このように福音を伝えると大勢の人々が悔い改め始めたのです。ですから、私たちもイエス様が蘇られた事を伝えれば悪魔(あくま)たちが降伏(こうふく)して立ち去る事を分からねばならないのです。復活はイエス様が神様の御子であられる事を証明してくれる出来事なのです。蘇られたイエス様が神様の御子であられる事を悟れば、十字架の驚くべき力とイエス様に出会う体験する事ができるのです。
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私を食べなさい、そうすれば永遠な命が与えられると言われたのです。