平和の母
第九章 神の国は私たちの中にあります
7. 真の父母だけが人生の羅針盤です
一九六〇年に聖婚式をした後、私は不思識な夢を見ました。私一人、子供たちをおぶったり、その手を引いたりしながら、包みを頭に載せ、一寸先も見えない断岸絶壁の道を歩いているのです。幸いなことに、千尋の谷に落ちることなく、光を求めて進んでいくうちに平坦で大きな道に出たところで、夢から覚めました。
私たちの歩んできた道は、高い山があればそれを崩し、深い谷があればそれを埋めて越えていくような、苦難の連続でした。これまで、私たちのように切迫した心情で神様を解放しようとする人はいませんでした。私たちは聖婚以後、人類を救うために、世界中を回りました。どこにおいても、くつろぐことなどできませんでした。しかし、真の父母の道を歩みながら、私たち夫婦は常に一体となっていました。それは、神様の前に孝情の道理を果たし、平和世界を実現するための道でした。
その路程で過去数十年の間、受けてきた誤解と迫害は、本当に耐え難いものでした。韓国の歴代政権をはじめ、一部の宗教者などによる中傷や謀略も、あまりに悪意に満ちたものでした。
しかし、私たち夫婦はひたすら耐えながら、神様のみ言を伝え、真の愛を注ぎました。そのようにして、あらゆる試練を克服した今では、私を真の母として信じ、従ってくる人が百九十以上の国におり、日々増え続けています。
イエス様は、「私は神の息子であり、神は私の父である」、「私は独り子である」と言いました。独り子とは、天の父母である神様の初愛の実であり、初愛を受けることのできる王子を意味します。だとすれば、独り娘もいなければなりません。独り子は新郎であり、独り娘は新婦です。独り子と独り娘が出会い、結婚しなければなりません。それが聖書に出てくる「小羊の婚宴」です。この婚宴を経て、家庭を築くのです。天の父母様の願いとは、独り子と独り娘が真の家庭を築くことなのです。
人間の願いは、その真の家庭において、真の父母に出会うことです。人間は、真の父母の愛によって完成するのです。真の人間としてこの世を生き、水遠の生を生きるためには、真の父母に出会わなければなりません。たとえ死の道を行くとしても出会うべきなのが、真の父母です。歴史をすべて失い、後孫をみな失うことになるとしても、真の父母に出会えば、歴史を取り戻し、未来も取り戻すことができます。
聖書には、「わたしは道であり、真理であり、命である」(ョハネによる福音書一四章六節)とありますが、ここには「愛」が抜けています。愛がなければ、私たちは何もできません。「わたしは道であり、真理であり、命であり、愛である。だれでもわたしによらないでは、天の父母のみもとに行くことはできない」
このように、愛を加えてこの言葉を新たに心に刻むとともに、このような愛を持たなければならないのです。
地上の七十七億の人類が一人残らず、この地に顕現した真の父母に出会わなければなりません。真の父母によって祝福結婚を受けてこそ、真の生命と真の愛の道に進み出ることができるのです。
真の父母こそが道であり、永遠の真理であり、命であり、愛です。ですから、真の父母がそばにいるということは、とてつもなく喜ばしい事実なのです。人間が神様からいただける最高のプレゼントとは、み言によって生まれ変わって真の父母の子女となり、そうしてさらに、氏族の真の父母になっていくことです。
六千年の間、父母を失っていた人類にとって、父母を見つけ出すこと、それ以上に幸せなことはありません。宗教を持つというのは、このように父母を捜すことです。そして、人間の究極の願いは、父母である神様のすべての祝福を受けることなのです。
私は真の母、独り娘として、そして宇宙の母として、すべての摂理を完成し、新しい時代を開きました。これからすべての人々がその事実を胸に刻み、真の父母の願いと一つにならなければなりません。そうしてこそ、真の父母の印を受け、平和の母、独り娘が導く生命の道を共に歩むことができるのです。
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김현주의 心情世界
平和の母 9 - 7. 真の父母だけが人生の羅針盤です
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20.03.21 16:59
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첫댓글 감사합니다 아주