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日本では実に1400万人が勃起不全(ED)を抱えているといわれます。日本性機能学会が昨年発表した全国調査の結果によると、1998年に比べて約270万人も増えたというのです。ED自体はただちに命に関わる症状ではありませんが、時として隠れた重病を教えてくれることがあります。陰茎の動脈は非常に細いため、動脈硬化が起きると一番はじめに詰まる可能性が高いのです。実際に倒れる寸前の患者さんを救ったこともありました。
陰茎は男性の健康のバロメーター。中でも「糖尿病で朝勃(だ)ちのない人」は、注意が必要です。
「朝勃ち」は本当に朝、起こるのか?
朝、起きたら、性的に興奮しているわけでもないのに陰茎が勃起している。いわゆる「朝勃ち」で、多くの男性にとってはおなじみの光景でしょう。
そもそも勃起というのは、脳の性的興奮が神経から陰茎に伝わり、陰茎海綿体の動脈が広がって血液がたっぷり流れ込むことによって生じます。ただ、朝勃ちの場合、「性的興奮」は関係ありません。しかも、いきなり目覚めと共に起き上がるわけではなく、寝ている間に3~4回は勃起しているのです。
僕らのような医師が、朝勃ちを「夜間睡眠時勃起」と呼ぶゆえんです。陰茎にとっては酸素が重要なので、就寝中も血液を呼び込んで「深呼吸」したり、メンテナンスを行ったりする必要がある。この「夜間睡眠時勃起」をしている時にちょうど目が覚めるから、朝勃ちのように思えるわけです。
睡眠中は、夢を見やすい「レム睡眠」と、夢を見にくい「ノンレム睡眠」とが周期的に訪れています。勃起するのはレム睡眠時で、同時に男性ホルモンもしっかり分泌されています。
ですから、朝勃ちがあれば適切に男性ホルモンが分泌されている証拠と言えます。逆に男性ホルモン値が低下してくると朝勃ちが減ったり、なくなったりするのです。
最も男性ホルモンが分泌されている朝の時間帯に「ウンともスンとも言わない」という人は、相当にお疲れがたまっているかもしれません。
冠動脈が90%狭窄している人も
しかし、現実には「お疲れがたまっている」程度では済まないケースがあります。
僕は普段、EDも含めた更年期障害の相談に乗ったり、前立腺の手術をしたりすることが多いのですが、ある時、患者さんの血管を細かく調べたことがありました。
=ゲッティ
陰茎の動脈というのは大体1~2㎜程度の内径で、非常に細いものです。それに引き換え、心臓を取り巻く冠動脈は3~4㎜程度、脳につながる内頸(けい)動脈は5~6㎜程度、足の大動脈は8㎜程度。動脈といっても部位によって太さが変わるわけです。
たとえるなら利根川のように幅の広い河川もあれば、ドブ川のような狭い河川もある。そうした「川」がコレステロールなどの付着で幅狭になり、流れが詰まった末にさまざまな疾患を招くのですが、はじめに詰まるとしたら一番細い「川」だろうと踏みました。つまり、陰茎動脈が詰まった結果、EDになっている人は、いずれ同じことが冠動脈でも起きて狭心症や心筋梗塞(こうそく)などを発症する恐れがある――と仮説を立てたのです。
=ゲッティ
思い立ったが吉日。僕はEDを訴える糖尿病の患者さんに「MDCT」というコンピューター断層撮影(CT)検査を受けてもらうことにしました。具体的には冠動脈を撮影してもらったのです。昔であれば、カテーテル(細いチューブ状の医療器具)を入れて造影剤を流す必要がありましたから、イチ泌尿器科医がおいそれと頼める検査ではなかったのですが、近年は技術が進んで随分、患者さんの負担も軽くなりました。
なぜ糖尿病に絞ったかというと、細い血管(陰茎動脈)からダメになっていく糖尿病の患者さんは最初にEDを訴えることが多いからです。もし冠動脈も狭くなっていたら「細い川から詰まる」仮説が立証される!と考えたのです。
果たして20人にCT検査を受けてもらった結果は――。恐らく2~3割は冠動脈が狭くなっているだろうと予想していたのですが、開けてびっくり! 何と7割の人が狭くなっていたのです。グラフの通り、狭窄(きょうさく)率が25%未満の人は5%だったのに、70~99%という人は35%に及んでいました。
「70%狭窄」というのはつまり、血管の7割が詰まっていて、たった3割しか開いていない状態です。心臓にまともに血液が流れていないと考えてください。
さらに「90%狭窄」という方も2人。そこまでいくと僕の目の前でいきなり冠動脈が詰まり、バタッと倒れて死んでもおかしくない状態です。いつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようなもので、そのくせ本人には痛みはおろか自覚症状が全くないときています。
僕が慌てて2人の「90%」を循環器内科に回したところ、専門の医師も腰を抜かす危機的状態でした。2人はすでに普通の方法では血管を拡張することもできなかったのです。やむなくロータブレーターという先端に小さな回転ドリルがついた器具を使った上でステント(体内の管状部分を内側から広げる医療器具)を入れるという大がかりな冠動脈形成術となりました。
無事に手術は成功し、2人には「久末さんは命の恩人です」と感謝されたものです。そんなふうに患者さんに言われること自体、医師になって初めてのことでした。
=ゲッティ
そもそも彼らはEDの相談に来ていただけで、心臓疾患のことなど露ほども心配していなかったのです。それが、たまたまCT検査をしたことで異常が見つかり、命拾いをすることができた。僕自身も試験的にとはいえ検査をしてみて、本当によかったと胸をなで下ろしたものです。
「ED×糖尿病」は痛みに鈍感
心臓疾患には必ず胸痛や違和感といった前兆があるもの――と考える人もいるでしょう。しかし中には無症候性の心筋梗塞などがあり、何の前兆もなく、いきなり倒れて亡くなる方がいます。
特に糖尿病の患者さんは注意が必要です。神経に栄養を与える血管もダメになっていくので末梢神経がまともに働いておらず、痛みに鈍感な面があるからです。健康な人であれば冠動脈が詰まって「痛い」となるのに、糖尿病の患者さんでは痛みを感じないことがあります。「糖尿病でED」という方は自覚症状がなくても動脈硬化が進んでいる恐れがあるので、軽く考えないでください。
=ゲッティ
もちろん誰しも年を取れば血管がきれいなままとはいかず、不純物がたまり、硬くなっていくものです。陰茎の動脈とて例外ではありません。ましてや陰茎は「血管のかたまり」。それだけに動脈硬化が真っ先に現れやすい部位と言うことができます。
EDには、こうした動脈硬化などによる器質性のほか、ストレスなどによる心因性や薬の服用による薬剤性のものもあります。よって「勃たないこと」が即、心筋梗塞などのリスクを示すことにはなりませんが、糖尿病や更年期障害のバロメーターになることは確かです。「老いては子に従え」とはうまいことを言ったもので、みなさんも「息子」を侮らず、朝一番から、その声に耳を傾けてみてください。もちろん、お若い方も。
<参考文献>
Amr Abdelhamed,MD,Shin-ichi Hisasue,MD,Essam A.Nada,MD,Ali M. Kassem,MD,Mohammed Abdel-Kareem, MD,Shigeo Horie,MD,PhD.Relation Between Erectile Dysfunction and Silent Myocardial Ischemia in Diabetic Patients: A Multidetector Computed Tomographic Coronary Angiographic Study.Sexual Medicine,Volume 4, Issue 3, September 2016, e127-e134.
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久末伸一
恵佑会札幌病院泌尿器科部長
ひさすえ・しんいち 1995年、札幌医大卒。同大助教、帝京大講師、順天堂大准教授、千葉西総合病院泌尿器科部長、国際医療福祉大教授などを経て現職。日本泌尿器科学会指導医・専門医。泌尿器ロボット支援手術プロクター認定医。