神様に近づくためにはどのようにすべきなのか。要約>
<ヤコブ書4:8>2026.7.26.<主の日>大阪愛する教会、金好日牧師。
神様に近づきたいのなら。
1>神様が聖なる方であられるため、私たちが罪を悔い改め、信仰を持って聖なる人生を歩もうと決心し、聖霊様の助けを求めなければならないのです。
2>真実で切なる心を持って神様を慕い求めなければならないのです。旧約聖書では、誰でも神様に近づく事が出来なかったのです。ただレビ人たちと祭司長たちのみが神様に近づいて行く事が出来たのです。ところが、新約時代にはイエス様が来られ十字架の苦難を受けられ、全人類の罪を背負われ血を流され亡くなられたため、聖所と至(し)聖所(せいじょ)の間を隔(へだ)ていた垂れ幕(まく)が裂けたのです。これで、今は神様と私たちの間に塞がっていた壁がなくなったのです。イエス様の十字架の血潮(ちしお)が私たちの罪を赦される力があるため、誰でも悔い改めイエス様を王と主人として救い主として受け入れると、神様に近づいて行く事が出来るのです。私たちが罪のため神様の御前に近づいて行けなかったのだが、イエス様の十字架の血潮の力を信じ罪を悔い改める者は、誰でも神様の御前に近づいて行ける御恵みが与えられた事なのです。
これは、神様が罪人である人間たちを救うために計画された神様の愛なのです。神様は信じる者たちが罪のみ赦しを受け天国へ入って来る事ではなく、聖霊様を送られ私たちをイエス様に似させて、神様と共に天国で永遠に共に歩む事を願われた事なのです。ですから、私たちは悔い改め天国へ入る事だけが目的ではなく、聖霊様の助けによってイエス様に似て行く、聖霊の九つの実を結ぶ者にならねばならないのです。信じるだけで終わる者は教会に来て礼拝を捧(ささ)げる事だけで満足するのだが、私たちは神様に近づく事を切に願う者になるために祈らねばならないのです。私たちが神様に近づいて行こうと思って祈れば、神様も私たちに近づいて来られるのです。神様は天地を創造された力のある神様なのです。
ですから、私たちを祝福される事が出来、病を癒される事も出来るのです。ですから、私たちが信じ従いながら神様に近づいて行く事がとても大事なのです。また、日々神様に近づいて行きたいという心が切実でなければならないのです。誰でもイエス様に会いたいと願えば会える事が出来、聖なる者になりたいと願えば聖なる者になれるのです。誰でも、イエス様を受け入れたいと願えば受け入れる事が出来るのです。誰でも、神様に近づいて来て神様を讃(たた)えながら、神様に栄光を捧げ祝福を受けるように、イエス様が十字架の上で亡くなられその道を開いたのです。それで、誰でも神様の子になれるのです。
ですから、祝福を受けるために偶像(ぐうぞう)の前で拝(おが)まず、罪を悔い改め、イエス様を王と主人として救い主として受け入れ、神様の子になり祝福を受けるべきなのです。
また、一生懸命(いっしょうけんめい)に祈りながら礼拝を捧げ神様に近づいて行く事を切に願わねばならないのです。自分が願うほど神様と近づいて行けるという事を知らねばならないのです。
<ヤコブ書4:8>神様に近づきなさい。そうすれば、神様は近づいてくださいます。この御言葉は、私たちが先に神様に近づいて行かないと、神様は近づいて下ださらないという意味なのです。ですから、信仰生活は信じる事で終わりではなく、信じ神様に近づいて行く者になるために、信仰生活をせねばならないのです。神様に近づきたいと願う者たちは、
、心で決断し 自分の罪を悔い改めながら、天地を創造された神様の御言葉に従うべきなのです。それで、常に神様を慕い求め、神様の御顔を見たいと願い、神様を探し求める者になれば神様が臨在されるのです。
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聖霊の九つの実を結ぶ者になりたいです聖霊様導きお願いしますアーメン。
神様に近づいて来て神様を讃えながら、神様に栄光を捧げますアーメン。