自分の汚れた唇を悔い改めましょう。<要約>
<イヤサ書6:5-7>2026.9.6.<主日>大阪愛する教会、金好日牧師。
<イザヤ書6:5-7>私は言った。災いだ。私は滅(ほろ)ぼされる、私は汚れた唇(くちびる)の者、汚れた唇の民の中に住む者、しかも、私の目は王なる万軍の主を仰ぎ見た。すると、セラフィムの一人が私の所に飛んで来た。その手には祭壇から火(ひ)鋏(ばさみ)で取った、炭火(すみび)があった。彼は私の口に火を触れさせて言った。見よ、これがあなたの唇に触れたのであなたの咎は取り去られ、罪は赦された。この御言葉は、イザヤ預言者が神殿で祈りの最中に神様の栄光に対面(たいめん)した後、告白した事なのです。イザヤ預言者は災いだ、私は滅ぼされると告白しながら、自分は唇が汚れた者であり、唇が汚れた民たちの中で留まっていると告白したのです。この御言葉の意味は、自分も唇が汚れているのだが、民たちも唇が汚れているという事なのです。
結局、皆の唇が汚れているという事なのです。ですから、私たちは自分の唇が汚れている事を悟り、悔い改め赦しを頂き、癒されなければならないのです。自分の唇が汚れている事を認めなければならないのです。唇が汚れているという事は、正しい言葉を伝えられないという事であり。神様が願われる言葉を伝えられないという事であり。自分の考えと思想を言うという事であり。人々を喜ばれるために聖書的な御言葉と聖霊様が感動される言葉を伝えられないという意味なのです。即ち、相手(あいて)をつまずかせる言葉を言っているし、感謝する事もせず、不平不満を言っているという事なのです。このような事が汚れた唇なのです。神様は人間を創造される時、口を造られたのです。獣の口は食べる役割と音を出す程度だが、人々の口は食べる役割と言葉を通して意思(いし)疎通(そつう)ができるようにされたのです。
人々の唇で神様を讃え、感謝を示しなさいと口を与えられたのです。神様は私たちの唇に祝福の力を与えられたのです。ところで、サタン悪魔はアダムとエバを惑わして神様の約束を破らせ堕落させた後、人々の唇で呪いの言葉を言わせたのです。それで、全ての人々の口には、神様が与えられた祝福の権勢と、悪魔が入れた呪いの権勢があるのです。ですから、私たちが人々に祝福の言葉を言って、祝福の言葉を聞くと祝福が押し寄せるのだが、呪いの言葉を言って、呪いの言葉を聞くと呪いが押し寄せるのです。ですから、人々の口から出て来る祝福と呪いの言葉を軽く考えてはいけないのです。
また、自分の口から出る祝福の言葉と呪いの言葉を軽く考えてはいけないのです。私たちの唇の語る言葉が私自身の人生を滅ぼす事もできるという事を分からねばならないのです。神様が私たち人間に唇の言葉を与えられたのは神様を讃(たた)えなさいという事なのです。ですから、私たちの唇で自分を救われた神様を讃えるべきなのです。ところで、サタンが好む言葉を言いながら、人々を傷付(きずつ)ける事をしているのです。それで、私たちの唇が汚れたものなのです。私たちは唇の言葉で祝福したり呪ったりする力を持っているのです。
ところで、私たちの唇が堕落して不満を言う事に慣れているのです。悪魔はこのような私たちの弱点(じゃくてん)を知りチャンスさえあれば不平不満を言うように惑わすのです。しかし、不平不満を言ったとしても早く誤った事を知り自分の口から吐き出した不平不満を悔い改め、イエス様の御名によって破砕せねばならないのです。
イエス様の御名によって不平不満の霊を縛り上げ二度と不平不満を言うまいと決心すると不平不満が減ります。不平不満は空気の中でつむじ風を起こしながら悔い改めずに続けて不平不満を言うともっと強いつむじ風になって自分を攻撃するのです。また、私たちが他の人々を通して不平不満の言葉を聞いたり、気分が悪い言葉を聞いたりする時があるのです。その時、気にさわったり、それを心にもって怒っていると、自分の頭の上につむじ風がもっと強くなり、その風によって自分がつまづく被害を受けるようになるのです。
ですから、気分が悪い言葉を聞いた時は、すぐ、イエス様の御名によって破砕し覚えてはいけないのです。嘘(うそ)とか、悪い噂(うわさ)とか、悪い夢を心に持っているといけないのです。