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「光」もあれば「闇」もある GLP-1ダイエット谷口恭・谷口医院院長
2023年12月11日
過去の連載「承認されても半年間宙ぶらりん 肥満症薬が発売されない謎」で紹介した肥満治療薬の「ウゴービ」がついに発売されることになりました。医療機関に課せられた条件が厳しいため、処方可能な施設はかなり限定されると予想されますが、それでも肥満治療の選択肢が広がったことは歓迎すべきです。ただ、現実としては糖尿病治療に使われるGLP-1受容体作動薬を用いたダイエット(以下「GLP-1ダイエット」)は美容系クリニックで10年以上前から実施されています。体重減少に成功した人も大勢いますが、「副作用」で苦しんだ人もいます。また、思いもよらぬ「恩恵」にあずかっている人もいます。今回は谷口医院の患者さんのエピソードを紹介しながら私見も交えてGLP-1ダイエットの「光と闇」を取り上げます。
2010年ごろに登場した新手のダイエット法
まずはGLP-1ダイエットの「歴史」を振り返っておきましょう。最初に登場したのは2010年ごろで、毎日注射するタイプの「サクセンダ(リラグルチド)」が主流でした。リラグルチドはノボノルディスクファーマ社が「ビクトーザ」という商品名で国内販売している糖尿病治療薬の一般名で、欧米では「サクセンダ」の名称で体重管理薬として販売されています。日本では体重管理薬としての承認は受けていないので、クリニックが輸入して患者に処方していました。そのノボ社がビクトーザの次に販売を開始したのが、週に1度注射するセマグルチドで、日本では糖尿病の患者さんに対して、「オゼンピック」という商品名で処方されています。20年代に入った頃から、ダイエットの主役はこのオゼンピックに置き換わり、さらに21年からは同じ成分を内服薬にした糖尿病薬「リベルサス」がラインアップに加わりました。今回、肥満治療薬として発売が決まったウゴービも、オゼンピックと同じ成分のセマグルチドです。23年4月には日本イーライリリーからGLP-1ダイエットの「第2世代」とも呼べる、より強力な「マンジャロ」(チルゼパチド)も登場しました。
GLP-1ダイエットは比較的副作用が少なく(厳密には、後述するように副作用はありますが、重篤な副作用の頻度は少ない)、高い効果が期待できるため、美容クリニックのみならず、一般の保険診療のクリニック、さらには一部の糖尿病専門医までもが自費診療での処方に手を出すようになりました。一方で、日本医師会や日本糖尿病学会は一貫してダイエット目的で処方する医師を非難しています。問題としているのは、健康な人が医薬品を使用することで副作用などを受けかねない点、ダイエット目的で使用することで本来の糖尿病患者に薬が行き渡らない事態が起きている点の2点です。22年3月には日本医師会の今村聡副会長(当時)が記者会見を開き、GLP-1ダイエットを実施している医師を「医の倫理に反する」という厳しい言葉を使って非難しました。日本糖尿病学会は23年11月、「本学会専門医による不適切な薬剤使用の推奨は、糖尿病専門医に対する国民の信頼を毀損(きそん)するもので本学会として認められるものでないことを警告します」との見解を発表し、GLP-1ダイエットに手を貸す専門医を糾弾しました。
しかし、医師会や学会がいくら声を張り上げて正論を主張しようが、日本では既に10年以上の“歴史”があって大勢の国民に広く浸透しているGLP-1ダイエットを中止させることはできません。ウゴービの処方条件は厳しいため適用となる人はそう多くないでしょう。すると、これまで通り自費診療でGLP-1ダイエットを続ける人は減らないどころか、今後さらに増えるでしょう。
谷口医院では難治性の糖尿病患者にしかGLP-1受容体作動薬を処方していませんが、他院で購入したGLP-1受容体作動薬を使っているダイエッターが大勢います(別の理由で谷口医院を受診されています)。そのなかには、副作用から中止せざるを得なかった人、その逆にダイエット以外の利益を得た人もいます。紹介していきましょう。
「楽しみがなくなった」 Aさんの場合
20代のAさん(女性)がネット広告をみて訪れたクリニックで処方されたのは内服のリベルサスでした。3ミリグラム→7ミリグラムと量を増やした頃からあきらかに食欲が減退し体重が減り始め当初は満足していました。ところが、食欲が単にわかないだけでなく友達との食事がつまらなくなり、さらにはそれまで大好きだったパーティーに参加するのもおっくうになりました。次第に外出が面倒くさくなり、ついにはショッピングや旅行にも興味をなくし「何のために生きているのか分からない」と感じるようになりました。GLP-1受容体作動薬を中止してしばらくすると元に戻りました。
GLP-1受容体作動薬の副作用としては消化器症状(便秘、下痢、吐き気など)、膵炎(すいえん)、低血糖などがよく指摘されるのですが、ごく軽度の消化器症状を除けば、谷口医院でGLP-1ダイエッターから最も聞く訴えが、Aさんが経験したような「楽しみがなくなった」、あるいは「うつ状態になった」というものです。このような副作用はあまり指摘されていないようですが、日本肥満学会が最近公表したステートメントには「特に高度肥満症においてはメンタルヘルスの変化にも注意し、自殺企図または自殺念慮を有する、あるいは既往のある患者には格別の留意が必要である」と記載されています。
欧州では欧州医薬品庁(EMA)の安全委員会がGLP-1受容体作動薬が原因の自殺念慮と自傷行為について報告しています。アイスランドではこれまでにGLP-1受容体作動薬が原因と思われる自殺念慮や自傷行為が約150件寄せられています。
日本ではまだあまり指摘されていませんが、GLP-1ダイエッターの抑うつ状態や自殺企図などには十分に注意する必要があるでしょう。なお、日本肥満学会はメンタルヘルスの対象として「特に高度肥満症においては」という注釈をつけていますが、谷口医院で経験した事例は全員が高度肥満どころか初めから肥満などなかった(しかし他院で処方されていた)人たちであることを付記しておきます。
「依存症が改善」 Bさんの場合
次に思わぬ恩恵を受けた事例を紹介しましょう。
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40代のBさん(男性)は複数の飲食店を経営する実業家です。仕事の仲間に教えてもらったクリニックでGLP-1受容体作動薬を入手しダイエットを始めました。Bさんは肥満というほどではありませんが、おなか周りがやや大きいいわゆるメタボ予備軍でした。Bさんのおなかが出ている理由は自身でよく分かっていて、それは毎日の会食でした。なにしろ毎日数件の居酒屋やバーをはしごするというのですから体重が減らないのも当然です。おまけにかなりの大酒飲みです。そんなBさんがGLP-1ダイエットを始めると妙なことが起こりました。食事以上に飲酒量が激減したというのです。以前は朝まで飲むのが常だったのが、最近は遅くとも終電で帰るようになったそうです。つまり、食欲だけでなくアルコールへの欲求が激減したのです。
そして、似たような事例がたくさんあります。GLP-1ダイエットのお陰で「禁煙成功まであと少し」「ゲームへの課金が減った」「買い物依存症が治った」、さらには「過食・嘔吐が治った」という人までいるのです。ここまでくると、エビデンス(医学的証拠)はないものの、どうやらGLP-1受容体作動薬は依存症の治療の候補として検討できそうです。
不健康な生活が改善する可能性も
論文ではありませんが、モルガン・スタンレー社がGLP-1ダイエッター300人を対象とした調査結果があります。グラフを見ればGLP-1ダイエッターの嗜好(しこう)品への興味が減っていることがよく分かります。
例えば、スイーツ(Confections)の摂取量が減ったと答えた人が72%にもなります。清涼飲料水(Carbonated / sugary drinks)は70%、塩味のスナック菓子(Salty snacks)は67%、アルコールは66%です。一方、野菜や果物の摂取量が増えたと答えたのが54%という結果も興味深いと言えるでしょう。次のグラフでは、77%が「ファストフード店の利用が減った」と回答しています。
同社は「GLP-1ダイエットが流行した結果、不健康な食品、高脂肪食、甘いもの、塩辛いものに対する需要が低下している。炭酸飲料、焼き菓子、塩味のスナックの総消費量は2035年までに最大3%減少する」と予測しています。NBCニュースによると、ウォルマートは「GLP-1ダイエッターの食品購入の減少を実感している」と発表しています。飲食物以外への効果に期待する声もあります。米紙「The Atlantic」は、GLP-1受容体作動薬はアルコール、ニコチン、オピオイドなどの薬物依存、さらに買い物、爪をかむ、皮膚をむしるといった依存症を改善させる可能性を指摘しています。
動物実験でも興味深い結果が出ています。好んで飲酒をすることが知られているアフリカのベルベットザルにGLP-1受容体作動薬を投与した研究では、プラセボ投与群に比べてGLP-1受容体作動薬を投与したグループのサルはアルコール消費量が有意に減少しました。GLP-1受容体作動薬がラットにおける麻薬(オキシコドン)の依存を減らした研究や、ラットのコカイン摂取が減少することを示した研究もあります。
もちろんこういった効果は誰に対しても期待できるわけではなく、長期的な有益性についてはまったく分かりません。ですが、現在有効な治療法がほとんどない依存症に効果が期待できることには大きな意味があります。一方で、先に述べたようにメンタルヘルスに悪影響を与える可能性があることも忘れてはなりません。GLP-1受容体作動薬に対する世界の関心は今後ますます高まるでしょう。
写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。