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住宅街にある「わかたけ児童公園」には湧き水から引いた広い水遊び場があったが、PFASが検出されたため、今は水が止められている=沖縄県宜野湾市で2023年7月、喜屋武真之介撮影
米国では有機フッ素化合物(PFAS)などの化学物質による汚染が大きな社会問題になっています。例えば、米疾病対策センター(CDC)は、PFASを「公衆衛生上の懸念事項」とし、米環境保護局(EPA)は今年3月、飲料水中のこれらの化合物の一部を制限する国家基準を設定することを提案しました。また、今年6月、世界的なメーカー「3M」は、PFAS製品による水道システム汚染をめぐる訴訟で、103億ドルの和解金を支払うことに同意しました。AP通信によると、同社は2025年までにPFASの生産を中止するとも述べています。
https://www.cdc.gov/biomonitoring/PFAS_FactSheet.html
https://apnews.com/article/pfas-forever-chemicals-3m-drinking-water-81775af23d6aeae63533796b1a1d2cdb
米政府が資金提供した、南カリフォルニア大学ケック医学部やカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)、ミシガン大学の学者らによる研究によると、卵巣がんや乳がん、皮膚がん、子宮がんを患っている女性は、体内のペルフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質 などのPFAS、ビスフェノールA(BPA)などフェノール類のレベルが著しく高いとのこと。この結果は、2023年9月の学術誌「Journal of Exposure Science and Environmental Epidemiology」に報告されました。
問題は米国だけではありません。日本でも、環境省が来年度からPFASの生物に対する有害性を調べる事業を始めます。
https://mainichi.jp/articles/20230831/k00/00m/010/031000c
これらの化学物質とがんについて、耳慣れない方も多いでしょう。そこで、研究者らの論文の序文を引用しながら、背景をご説明します。
1日1000トンの水量を誇る「ウッカガー」で洗濯をする地元住民。干ばつ時にも枯れたことがなく、昔から地域の生活を支えてきた。金武町では水道水の一部で地下水を利用してきたが、高濃度のPFASが検出されたため取水を取りやめた=沖縄県金武町で2023年3月、喜屋武真之介撮影環境有害物質ががんの原因に?
前立腺がんは男性で、乳がんは女性でよく見つかるがんです。ところが、がん患者のリスクはいまだにわかっていません。これまでの研究から遺伝だけでは、がんの発病と予後を十分に説明できません。一方、さまざまな「環境や社会的要因の関わり」が明らかになってきました。
ちなみに、前立腺がんと乳がんはいずれもホルモンを介するがんです。他にも頻度は少ないものの、卵巣がんや子宮内膜がん、精巣がん、甲状腺がん、悪性黒色腫なども同様です。これらのがんの成長と進行は、ステロイドホルモンと甲状腺ホルモンが大きく関与しています。そこで、どんな環境がこれらのホルモンに影響するのか特定することが、新しいがんの予防・緩和法として重要視されています。
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そのような中、フェノールやパラベン、PFASなど、多くの環境有害物質が内分泌かく乱物質として見つかりました。そして、これらの化学物質が体内のエストロゲンや甲状腺ホルモン、テストステロンの濃度に影響することが研究で示されたのです。
さらに、ホルモンへの影響が、発がんの重要な原因であることも確認されています。ところが、がんになることとの関係を評価した疫学研究はほとんどありません。そこで、研究者らは、このような大規模な疫学調査を実施しました。
https://www.nature.com/articles/s41370-023-00601-6
ところで、PFASとBPAとはどんな化学物質なのでしょうか?
環境中のPFASは「永遠に残る化学物質」
PFASは、防汚加工された鍋や防水衣類、食品包装などの製品を通じて、水、食品、体内を汚染します。これらは分解されにくいため、環境中で長期間存在し、「永遠に残る化学物質(フォーエバー・ケミカル)」とも呼ばれます。 また、PFAS は長期間、ヒトの体内に残ります。
https://www.ucsf.edu/news/2023/09/426136/study-finds-significant-chemical-exposures-women-cancer
CDCによると、アメリカ人のおよそ97%の血液中にPFASがあるといいます。米地質調査所(USGS)によると、米国の飲料水の45%がPFASで検出されています。
微量のPFASを検出した、沖縄県庁近くを流れる久茂地川=那覇市で2023年9月、比嘉洋撮影
ところで、「フォーエバー・ケミカル」という言葉は、2018年1月のワシントン・ポスト紙で、ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院准教授であるジョセフ・G・アレン博士が使いました。同紙でアレン博士は、以下のように説明しています。
「家庭、オフィス、学校、病院、自動車、飛行機のあらゆる製品に使用されている防汚化学物質です。それらはフッ素-炭素骨格(fluorine-carbon backbone)(*)を特徴としています。F-C結合(フォーエバー・ケミカル結合:『f』は『フッ素』に、『ケミカルズ』の『c』は『炭素』に由来)は、有機化学の中で最も強い結合のひとつです」
「F-C結合がいくつも連なると、油脂や汚れなどを防ぎながら空気を通すなど、産業上実に有用な性質が生まれます。カーペットや家具からキャンプ用品に至るまで、私たちが清潔に保ちたいと思うあらゆる製品にF-C結合を施しているのは、この防汚能力のためなのです。表面に化学物質の層があると、ほとんど何もフライパンにくっつきません。しかし、この特性には悪質な暗い側面もあります。F-C結合は非常に強力で、これらの化学物質が完全に分解されることはないのです。何千年もの間、ずっとです」。(*)PFASが他の化学物質と異なる点は、その化学構造です。有機分子には炭素原子と水素原子の結合があります。PFAS分子を作るには、水素をフッ素に置き換えます。つまり、PFASはフッ素と炭素の結合が鎖状につながった分子であり、この結合を切断するのは非常に困難です。https://www.washingtonpost.com/opinions/these-toxic-chemicals-are-everywhere-and-they-wont-ever-go-away/2018/01/02/82e7e48a-e4ee-11e7-a65d-1ac0fd7f097e_story.html
CDCによると、低レベルのPFASへの汚染が、どのように人体へ影響するかは明らかではありません。ただし、PFASを大量に投与した実験動物の研究では、一部のPFASが成長と発育に影響することが示唆されています。さらに、これらの動物実験は、PFASが、私たちの生殖機能や甲状腺機能、免疫系に影響し、肝臓を傷つけるおそれを示しています。
https://www.cdc.gov/biomonitoring/PFAS_FactSheet.html
さらに、米連邦機関の有毒物質疾病登録局(ATSDR)は、人間を対象とした研究で、特定のPFASのレベルが高いと次のような症状が起こる可能性を指摘します。
https://www.atsdr.cdc.gov/pfas/health-effects/index.html
心臓→コレステロール値の増加
ワクチン→小児におけるワクチン反応の低下
肝臓→肝酵素の変化
妊婦→高血圧または子癇(しかん)前症のリスク増加
乳児の出生体重→わずかな減少
がん→腎臓がんまたは精巣がんのリスク増加
BPAへの懸念
米国立環境衛生科学研究所(NIEHS)によると、BPAは1950年代から特定のプラスチックや樹脂の製造に使ってきた工業化学物質です。ポリカーボネートやプラスチック、エポキシ樹脂に含まれています。ポリカーボネートやプラスチックは、水筒のような食品や飲料を保存する容器によく使われています。エポキシ樹脂は食品缶やボトルのふた、給水管など金属製品の内側をコーティングするのに使われます。
BPAを懸念する理由のひとつは、私たちがBPAに広範囲にさらされているためです。CDCが実施した2003~04年の全国健康栄養調査では、6歳以上の2517人の尿サンプル中、93%からBPAが検出されました。動物実験の結果、BPAの影響を最も受けやすいのは乳幼児と子どもであることが示唆されています。
https://www.niehs.nih.gov/health/topics/agents/sya-bpa/index.cfm
また、米「メイヨークリニック」によると、BPAにさらされると、胎児や乳児、小児の脳や前立腺に影響を与えることが考えられるとのことです。子どもの行動にも影響する可能性があります。追加の研究ではBPAと血圧上昇と2型糖尿病、心血管疾患との関連も示唆されています。
化学物質の増加は「がんリスクの上昇につながる」
研究者らは、2005年から2018年にかけて国民健康栄養調査(NHANES)に参加した成人1万6000人あまりの血液と尿サンプルから、計7種類のPFASの濃度を調査しました。また、それらの化学物質にさらされることとホルモン関連がんとの関連を研究するため、自己申告による甲状腺がん、乳がん、卵巣がん、子宮がん、前立腺がん、悪性黒色腫の診断についても調べました。
すると、特に女性の場合、PFASにさらされる量が多いと、過去に悪性黒色腫と診断された確率が最大で2倍以上になっていました。一方、男性ではそのような傾向はありませんでした。また、BPAなどのフェノール類への暴露量が多い女性は、卵巣がんと診断される確率が高まりました。
https://www.ucsf.edu/news/2023/09/426136/study-finds-significant-chemical-exposures-women-cancer
この研究ではまた、化学物質のレベルとがん診断歴の関係は、人種によって異なることが明らかになりました。黒人とメキシコ系アメリカ人の女性では、特定のフェノール類などにさらされた人ほど、乳がんの診断歴がある可能性が高くなりました。なお、この調査ではアジア系についての解析はありません。
研究の筆頭著者であるアンバー・キャシー博士はUCSFのニュースに、「これらPFASなどの化学物質は、女性のホルモン機能をかく乱させるようです。これは、女性のホルモン関連がんのリスクを高めるメカニズムの一つのように思えます」と話しました。さらに、研究の主任著者であるマックス・アウン博士は「これらの知見は、PFASとフェノールを、女性のがんリスクに関する環境リスク因子として考える必要性を明確にするものです」と言います。
「PFASを規制すべきだ」
そして研究者らは「EPAがPFASを化学物質の一種として規制すべきだ」と主張しています。UCSFの生殖医療と環境に関するプログラムの教授兼所長であるトレーシー・J・ウッドラフ博士は「PFASは何千もの化学物質から構成されているため、EPAはPFASを1種類ずつ規制するのではなく、化学物質群として規制することが(市民が)さらされることを減らす一つの方法です」と言います。
https://www.ucsf.edu/news/2023/09/426136/study-finds-significant-chemical-exposures-women-cancer
さて、この調査では、化学物質にさらされることと女性のがん診断歴に関連性があることもわかりました。
米軍人の精巣がんとPFASを関連づける研究
一方、米連邦政府の新しい研究では、米軍関係者の精巣がんとPFASの関係が報告されています。米国立がん研究所がん疫学遺伝部門の研究者らが今年7月に公表した報告によると、PFASによる水質汚染の主な原因は、空港や軍事施設でPFASを含む水性膜形成泡(AFFF)を石油系火災の消火に使用したためとのことです。米国防総省は米国で最も大量のAFFFを保有しています。備蓄量は1100万リットル(2004年)で、国内のAFFF保有量の30%近くに相当します。
https://ehp.niehs.nih.gov/doi/full/10.1289/EHP12603
米空軍は1960年代後半から、パーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)、パーフルオロオクタン酸(PFOA)、パーフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)を含むAFFFを墜落現場や火災訓練場で使ってきました。空軍は、環境残留性や周辺地域の水供給の汚染、健康への影響の可能性への懸念から、このようなPFAS を含む AFFF の使用を 2018 年に中止しました。
ちなみに、これまでに疫学研究で、PFAS と精巣がんとの関連が示されています。いくつかの研究では、AFFFの使用を通じてPFASにさらされるリスクがある消防士で、精巣がんの発生率が高いことが確認されています。
https://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045(22)00390-4/fulltext
そして、研究者らは、空軍の軍人から採取した血液を解析し、PFOSと精巣がんとの間に直接的な関連性があることを見つけています。
PFASを避ける方法は
防汚加工の鍋のかわりにステンレス鋼や鋳鉄の鍋を選ぶことなどで、化学物質を避けることはできます。また一部の企業は、衣料品、家具、焦げ付き防止調理器具、使い捨て食品器具(カップや皿、ストロー)などにPFASを使用していません。NGO組織「グリーン・サイエンス・ポリシー研究所」は、PFASフリーの製品ブランドのリストを提供しています。
https://pfascentral.org/pfas-free-products/
ただ、これらの化学物質が使われた製品は私たちの身の周りにあふれすぎています。また、PFASが製品に含まれていることを警告する表示義務がないため、結局、何に含まれているか不明で、完全に避けることは簡単ではありません。つまり、この負担は、私たち消費者がコントロールできるものではありません。そのため、研究者らが指摘するように、人体に影響があるこれらの有毒化学物質のすべての種類を規制する政策が必要でしょう。
また、この研究で、化学物質のレベルとがん診断歴の関係は、人種によって異なることが明らかになりましたが、日本人を含むアジア系については調査がありません。今後のさらなる研究が期待されます。
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大西睦子
内科医
おおにし・むつこ 内科医師、米国ボストン在住、医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部付属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。08年4月から13年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度授与。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。著書に、「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側」(ダイヤモンド社)、「『カロリーゼロ』はかえって太る!」(講談社+α新書)、「健康でいたければ『それ』は食べるな」(朝日新聞出版)。