「デジタルタックス」(デジタル税)とか、「デジタル・サービス・タックス」(DST)とか呼ばれている税金は、主権国家が課税しにくいサイバー空間での経済活動への課税を共闘してできるようにすることをねらって、経済協力開発機構(OECD)やG20のレベル、さらに欧州連合(EU)のレベルなどでその導入が検討されてきたものである。
しかし、このところ、この足並みが乱れており、各国が独自に導入を模索するようになっている。それが課税対象企業を多くかかえるトランプ政権をいらだたせている。すわ制裁関税適用といった脅しで対抗しようとしているのだ。デジタル課税をめぐる混迷ぶりについて解説したい。
Shutterstock.com EUレベルでの試み
欧州委員会は2018年3月、EUにおけるデジタルビジネス(主にグーグル、アマゾン、アップル、 フェイスブックなど)を対象とする新しい課税ルールを提案した。その提案は中長期的なEU共通の法人課税ルール改革と暫定的な大規模IT企業への課税の二つからなっている。
これまでの法人課税ルールでは、各国に工場や支店などの恒久的な施設のない企業には法人税が課税できない。これに対して、IT企業は物理的な拠点をもたなくとも各国でビジネスを展開できる。このため、 欧州委員会としては、物理的な拠点がなくても、国内での年間収入が700万ユーロ超、課税年度の顧客数が年10万人以上、年間3000件超のITサービスのビジネス契約がある──といった条件を満たせば、国内にデジタル拠点があるとみなして課税できるようにすると考えた。
欧州委員会が発表した2018年の数字によると、EUにおけるIT企業の実効税率の平均は9.5%にすぎないのに対して、従来型企業は23.2%と大きな格差がある。ゆえに、IT企業へのデジタル課税が課題となったのである。
ただし、この改革には時間を要するため、暫定措置として、IT企業に対する課税対象をこれまでの利益からデジタル収入(売上高)に切り替え、税率は3%とすることを欧州委員会は提案した。世界全体での売上高が7.5億ユーロ(約9.25億ドル)以上、EU域内での売上高が5000万ユーロ以上のIT 企業に課税する方針だった。
しかし、この改革にはEU加盟国すべての賛成が必要とされており、ルクセンブルクなど小国の反対が予想されていた(ちなみに、アマゾンは欧州連合の全域で事業を展開しているが、地域本部を「ルクセンブルグ」と表記している)。この予想通り、2019年7月、EUによる調和のとれたアプローチを開発する努力は失敗した。
世界で個別導入急ぐ動き
こうした予想があったため、個別の国ごとにその導入を急ぐ動きが現れる。EUを離脱する英国の場合、フィリップ・ ハモンド財務相は2018年10月、英国の利用者から収入を得ている、オンライン通販・広告、SNSなどの事業者の収入への2%課税を2020年 4月から導入する方針を明確にした。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領も燃料税引き上げに失敗したための新たな税収源としてなんらかのデジタル関連企業課税を計画、デジタル税を課す初の国となった。フランスの議会は2020年7月、本社が他の場所にある場合でも、テックジャイアンツに課税する法律を可決したのである。税率は3%で、世界的な収入が少なくとも7億5000万ユーロ(8億4500万ドル)で、フランス国内で2500万ユーロのデジタルによる売上高を持つ企業に適用される。影響を受ける企業は約30社で、ほとんどがアメリカ企業だが、リストには中国、ドイツ、イギリス、フランス企業も含まれていた。
フランスのマクロン大統領 米仏間の「貿易戦争」の勃発が近づきつつある。2020年1月、米国がワイン、チーズ、ハンドバッグ、化粧品などのフランスを代表する製品約24億ドルの関税計画を進めた場合、EUは報復する可能性があるとのべたため、米仏(EU)は「大西洋横断貿易戦争」の引き金に近づいたのである。ただ、両国は「休戦」に合意する。米国は関税から手を引き、フランスはデジタル税の徴収を2020年末まで遅らせるという「停戦」に合意した。
ただし、問題は解決していない。停戦以降、米通商代表部(USTR)は6月2日、1974年米国通商法301条に基づいて、DSTが制定されたり検討されたりしているDSTの調査を開始したと発表した。対象国には、オーストリア、ブラジル、チェコ、フランス、インド、インドネシア、イタリア、スペイン、トルコ、英国が含まれている(ワシントン・ポスト2020年6月19日付)。
パンデミックに見舞われた複数の政府は、経済復興支援の財源としてDSTに注目している。すでに導入を準備してきたインドネシア、フランス、イタリアの財務大臣は、健康危機が彼らの計画に緊急性を追加しているとのべるまでになっている。隔離政策はアマゾンやネットフリックスなどの世界的な電子商取引を増やしたから、それが諸政府にデジタル税導入の口実をあたえている。
OECDレベルでの試み
OECDでもデジタル税の検討が進められてきた。2015年の段階でOECD租税委員会の「税源浸食と利益移転(Base Erosion and Profit Shifting, BEPS)行動計画」の主要課題の一つとして、経済のデジタル化への各国の徴税協力が認識されており、2017年3月、G20財務相会議はOECDに対してBEPSの枠内で課税にとってのデジタル化の意味合いについての報告書を2018年4月までに作成するように命じた。この報告書が「デジタル化から生じる税チャレンジ」で、これをもとにデジタルエコノミーに関するタスクフォースが検討を継続し、2020年に最終報告をまとめることになっている。
フランス政府はOECD主導による統一的なデジタル課税の仕組みが合意されれば、それに合わせて既存のデジタル税を引き下げるとの方針を明らかにしてきた。しかし、2020年6月、スティーブン・ムニューチン米財務長官は、米国のテクノロジー企業の収入への課税方法について合意に達しなかったため、米国はもはやOECDのデジタル税務協議に参加しないと欧州各国政府に伝えた。
ロバート・ライタイザー米通商代表部長官は6月17日、米国は「一方的な」DSTに対しては報復関税で対応するが、交渉による和解の可能性を残す余地を残していると議会関係者に語った。
なお、2020年7月に公表されたばかりのOECD事務局長によるG20財務相・中央銀行総裁向けの税務報告によると、「約25カ国が売上高に基づくDSTを採用、または採用を検討している一方で、そのような制度を効率的に実施しているのはこれらの国のうち6カ国にとどまっている」と指摘している。ただし、具体的な国名は記述されていない。
混迷する今後
この報告書は7月18、19日に開催されたG20財務相・中央銀行総裁会合前に出されたもので、会合では、OECDの二つの提案が話し合われたとみられている。一つ目の提案はグローバルな課税をデジタル企業の顧客が生活する場所で行えるようにするものだ。これは、企業の物理的存在を前提とする法人税の考え方から、「持続的かつ重要な関与」の有無を法人税の基準とすることを含意している。
第二の提案はグローバルな最低税を課すというものである。こちらは、米国が2018年1月開始事業年度から適用した「国外軽課税無形資産所得合算課税制度」(GILTI、以下ギルティ)に代表されるやり方だ。ギルティは、「無形資産のタックスヘイブン(租税回避地)への移転は罪(guilty)か」という問いに明確にYESと答えたもので、タックスヘイブン子会社で計上された無形資産所得について、米国株主側で10.5%の税率で強制的に課税するものである(岡直樹著「<国際課税>デジタル課税と〝タックスヘイブン・ミニマムタックス〟の登場」)。タックスヘイブンに所在する有形資産に10%を乗じた所得を除き、タックスヘイブン子会社のすべての所得が対象になる。
このため、6月までの段階では、ムニューチン財務長官は米国の経験に倣った第二の提案には前向きだったと伝えられている。しかし、第一の提案については協議を保留したとみられている。結局、OECDがまとまってDSTを導入するのは困難な情勢となっている。
アメリカのムニューチン財務長官 アップル裁判の余波
混乱に拍車をかけているのは、2020年7月15日、EUの一般裁判所がアップルに130億ユーロ(現在のレート換算で約149億ドル)の追徴課税をするようアイルランド政府に命じた欧州委員会の決定を無効と判断したことである。
この問題は、アップルが課税負担の少ないアイルランドを事業拠点とし、EU内でのアップル製品の販売から得た利益への課税回避に利用していたとして、欧州委員会がアイルランド政府に10年分の裏金、130億ユーロの回収を命じたものだった(ニューヨーク・タイムス2020年6月15日付)。欧州委としては、アップルがアイルランドで不正な税制優遇措置を受けており、過去20年間にわたって税率が人為的に引き下げられていたと主張していた。
しかし、一般裁判所は、欧州委が必要な法的根拠を示しておらず、アップル子会社が選択的優遇を受けていたとの主張は誤りと判断した。欧州委は欧州司法裁判所に上訴できる。
今回の判決はEUの競争政策担当、マルグレット・ヴェスタガーに打撃を与えた。彼女によってターゲットとされ、3件の独占禁止法違反で約82億ユーロ(約94億ドル)の罰金を科されているグーグルはすでに上訴している。アマゾンもルクセンブルクに2億5000万ユーロの未払い税を負っているとする判決を不服として上訴している。これらの裁判に今回の判決が影響をおよぼす可能性がある。さらに、EUの一般裁判所は2019年、欧州委員会がオランダに命じた米スターバックスに対する最大3000万ユーロの追徴課税についても無効とする判決を下していることも気になる。
こうしたことから、DSTの導入はそう簡単に実現しそうもない。
日本政府にとっても重要な課題
実は、2019年12月にまとめられた2020年度の与党税制改正大綱では、OECDでのデジタル課税議論を尊重する立場から、五つの基本方針が示された。①安定的で予見可能な投資環境をつくる、②企業間の公平な競争環境を整える、③新ルールの適用対象をはっきりさせる、④企業の事務負担に配慮し、二重課税を防ぐ、⑤法人税引き下げ競争を防止する――という内容だ(日本経済新聞2019年12月12日付)。あまりにも当事者意識のないお粗末な方針だが、OECDでの意見集約が混沌としているいま、日本政府はどうするのか。フランスなどのように、独自のDST導入に動かないのか。
テックジャイアンツ以外にも、ソフトバンクグループのように露骨な節税で法人税を払おうとしない企業もある。一刻も早い導入が望まれる。とにかく税収難なのだから。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年8月5日 記事引用