だれもがゲームビジネスの成長を疑っていない。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック下でゲーム需要はますます増大し、2023年の世界全体の市場規模は2000億ドルを超えるとの予測もある。こうなると、ゲーム市場での一攫千金をねらってゲーム産業に参入する動きが広がるのも当然だろう。
ただし、「eスポーツ」なるわけのわからないゲーム産業のために税金を投入するといった、好ましからざる事態については、このサイトで二度(「パンデミックで流行するeスポーツに「電通・経産省」の影」と「eスポーツと自衛官募集:税金の無駄遣い」を参照)にわたって警鐘を鳴らした。ここでは、筆者を含めてゲームビジネスを縁遠いと感じている人に向けて現況を説明し、今後の動向を見極めるための視座になるよう試みたい。
世界の動向
米ゲーム市場調査会社「Newzoo」が2020年5月に明らかにしたところによると、2020年の世界のゲーム市場の売上高は1593億ドルとなり、前年比9.3%になるという。そのゲーム機器別の内訳を示したのが図である。すでにスマートフォンやタブレットなどのモバイル端末を利用するゲーム利用がPCやコンソール(ディスプレイとキーボードのセット)の利用よりもずっと大きな市場規模を有している。
個別会社の動向
つぎに、個別会社の動向を説明しよう。紹介するのは、任天堂、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)、マイクロソフト、グーグル、フェイスブック、アマゾン、アップル、テンセント(腾讯)である。
① 任天堂
Nintendo Switchは2017年3月3日の発売以降、好調な売り上げがつづき、同年12月10日時点で全世界における累計販売台数が1000万台を超えた。さらに、2019年11月3日時点で、Nintendo Switchファミリー(Nintendo SwitchとNintendo Switch Lite)の日本国内における累計販売台数が1000万台を突破した。
日本で2020年3月20日に発売された「あつまれ どうぶつの森」(Animal Crossing)が大ヒットし、国内で500万本を突破し、世界でも3カ月間で1000万本が売れた。
② ソニー・インタラクティブエンタテインメント
2020年の年末商戦期の「プレイステーション5」(PS5)が発売される。2013年11月に発売されたPS4は2019年12月末時点で全世界の累計実売台数が1億600万台を突破した。2020年8月、ソニーとプレイステーションのゲームソフト開発を行う会社は、大人気の「対馬の亡霊」(Ghost of Tsushima)に無料のマルチプレイコンテンツを追加することを発表した。PS5でも複数が参加するマルチプレイの強化がはかられそうだ。
③ マイクロソフト
マイクロソフトは2020年8月11日、11月に次世代ゲーム機「Xbox Series X」を発売すると発表した。ただし、Xbox Series Xの発売に合わせて人気ゲーム「Halo」シリーズの最新作「Halo Infinite」(ヘイロー・インフィニット)を発売予定だったが、同日、同ゲームの発売を2021年に延期するとした。COVID-19の影響だという。
他方で、2017年6月から海外でサービスを開始していた、XboxとWindows PC向けのゲーム・サブスクリプションサービスであるXbox Game Passを日本でも2020年4月からスタートした。
④ グーグル
グーグルによる登録制クラウドゲームサービス、「グーグル・ステイディア/スタディア」(Google Stadia)が2019年11月から、日本を含まない世界14カ国ではじまった。簡単な操作で短い時間に楽しめるゲームである「カジュアルゲーム」向けゲーム動画配信プラットフォーム、Facebook Gamingに対抗するために、カジュアルゲームプラットフォーム「GameSnacks」を2020年2月に発表した。
⑤ フェイスブック
2020年4月、Facebook Gamingのモバイルアプリを開始した。
⑥ アマゾン
アマゾンの運営するライブストリーミング配信プラットフォーム、「ツイッチ」(Twitch)はeスポーツのライブ中継などで実績がある。2016年からTwitch Primeとしてゲーム・コンテンツ配信サービスを提供してきたが、利用者が伸びずつまずいた。そこで、2020年8月、名称をPrime Gamingに改めると発表した。これにより、「プライムビデオ」のように、アマゾンプライム会員による、わかりやすい無料の利用を促す。
2020年5月、アマゾンはAmazon Game Studiosの子会社が制作した無料のマルチプレイヤーシューティングゲーム「Crucible」を発表した。大々的に宣伝したにもかかわらず、人気が出ず、7月、アマゾンはCrucibleを販売停止にするという「事件」が起きた。
⑦ アップル
2019年に、アップルはビデオゲームのサブスクリプションサービス「Apple Arcade」を開始した。日本では、月額600円で「App Store」アプリ内にある「Arcade」タブのゲーム100タイトル以上が遊び放題になる。
2020年8月になって、アップルのアプリ販売のための「アップ・ストア」をめぐる手数料設定が「反競争的行為」とする訴訟に巻き込まれる事態が起きた。アップルの収益の根幹を揺さぶる事態であり、この問題については後述する。
⑧ テンセント
メッセンジャー・アプリ、WeChatを運営するテンセントは「密にゲームのスーパーパワーになった」(The Echomist2020年6月13日付)と言われるほどゲーム業界をリードする存在になりつつある。
2019年には、約86億ドルを投資したフィンランドのゲーム開発会社Supercellの株式を取得した。eスポーツなどを提供する米国で大人気の「リーグ・オブ・レジェンド」の開発・運営元、ライアットゲームズの株式100%もテンセントが保有している。2020年5月には、49億円(4500万ドル)を日本のゲームメーカー、マーベラスに出資し、同社株約20%を取得することが明らかになった(NIKKEI ASIAN REVIEW2020年5月26日付)。さらに、2019年12月から、任天堂と提携し、中国内でのNintendo Switch販売をスタートした。
紹介したThe Economistの記事によれば、「テンセントは、中国のゲーム市場330億ドルの半分以上を支配しており、中国が世界をリードするスマートフォンでのゲームの開拓に貢献してきた」。さらに、「中国のゲーマーの3分の2以上がスマートフォンでプレイしているのに対し、アメリカのゲーマーは3分の1強」で、テンセントは第五世代移動通信システムである、5Gスマートフォンとのより高速な接続性により、映画のように簡単にゲームをストリーミング配信できるクラウドゲームを開発し、モバイルゲームにおける拡張現実やバーチャルリアリティの利用を拡大したいと考えているという。5Gが新たな飛躍の場となりそうだ。
なお、トランプ大統領は2020年8月6日、若者に人気の動画共有アプリ、「ティックトック」(TikTok)を運営する中国企業「バイトダンス」(ByteDance)に加えて、中国のメッセージング・決済スーパーアプリ「WeChat」との間で、米国企業に45日以内にすべての商業関係を解消せよとする2つの行政命令を出した(前者は「TikTokによる脅威への対処に関する大統領令」、後者は「TikTokによる脅威への対処に関する大統領令」を参照)。WeChat の月間ユーザー数は12億人であるが、そのうちアメリカにいるのは150万人未満から20万人近くになると推定されている(The Echonomist2020年8月13日付)。
エピックゲームによる挑戦:背後にテンセント
3億5000万人のプレイヤーを誇るとされる、人気オンラインビデオゲーム「フォートナイト」の生みの親であるエピックゲームズは、これまで基本ソフトがiOSのユーザー(たとえばiPhoneやiPadの利用者)に対してはアップルのアップ・ストアを、アンドロイド・ユーザーに対してはグーグルの「グーグル・プレイ」ストアを介してアプリを無償でダウンロードしてもらい、その後、アプリ内でのさまざまな支払いはそれぞれの支払いシステム経由でしてもらう方法をとってきた。そうすることで、アップルやグーグルはその支払額の30%を手数料としてピンハネできた。このシステムはアプリの開発・運営会社にとって大きな負担であり、利用者のコスト増にもつながっている。

Pryimak Anastasiia / Shutterstock.com そこで、8月13日、エピックゲームズはフォートナイトのモバイルアプリ利用者に対して、アップルやグーグルを経由するのではなく、直接支払うよう促し始めた。具体的には、プレイヤーがゲーム内通貨である「V-Bucks」を購入すると、これまでの「Apple App Store Payment」オプションの下に新しい「Epic Direct Payment Option」が表示されるようにしたのである。これを利用すれば、プレイヤーに20%の「割引価格」を提供できる。なぜならアップ・ストア経由で1000 V-Bucksを購入するには利用者は9.99ドルを支払うが、エピックゲームズから直接購入した場合は7.99ドルですむからだ。
これに対して、アップルは数時間後、ルール違反だとしてアップ・ストアからフォートナイトのアプリを削除した(「アップルはアップ・ストアからフォートナイトを禁止」を参照)。これにより、すでにアプリをダウンロードしていても、アプリの更新ができなくなりそうだ。そこで、同日、エピックゲームズは北カリフォルニア州の米国連邦地方裁判所に提訴した。アップルによるフォートナイトの削除は、「アップルが不当な拘束を課し、iPhone上のアプリ内課金市場の100%独占を不法に維持するためにその巨大な力を行使していることを示す例である」と主張している。
さらに、同日遅くになって、グーグルもアプリがグーグルのポリシーに違反しているとして、「グーグル・プレイ」ストアからフォートナイトのアプリを削除した(ただし、グーグルは「グーグル・プレイ」ストア以外からもアプリをダウンロードできるようにしている)。エピックゲームズはこれに対しても提訴した。
実は、エピックゲームズは以前からゲーム価格破壊に挑戦してきた。同社は、アップルの30%手数料に挑戦する前に、2018年8月に、フォートナイト・アンドロイド版をリリースする際、その正規のストアである「グーグル・プレイ」にはゲームをアップロードせず、自社のウェブページから直接ダウンロードさせる方法をとった。グーグルへの手数料支払いを停止するねらいがあったことになる。さらに、2019年12月、同社はPCゲームのストア「エピック・ゲームズ・ストア」を開設し、手数料率を12%に設定した。ただし、「エピックゲームズは最終的に降伏し、2020年4月下旬に「グーグル・プレイ」ストアにフォートナイトを投入した」という(WIRED2020年8月13日付)。
こうして、エピックゲームズはフォートナイトを足場に、空間やゲームをデザインする創造性豊かなクリエイターたちが利用するゲームの発信基地としての役割も果たしつつある。同社の創設者でCEOのティム・スウィーニーは同社の株式の過半数を保有しているが、40%をテンセントが2012年に購入していたことは知られていないかもしれない(「ソニーはフォートナイト・メーカーに2億5000万ドルを投資」を参照)。エピックゲームズの強気な姿勢の背後には、テンセントの後押しがあるとみて間違いないだろう。
さらに、フェイスブックも、あるいは音楽ストリーミングサービスのスポティファイも、動画配信サービスのネットフリックスもエピックゲームズのアップルへの挑戦を支持している。とくに、スポティファイは2019年3月にEU当局に対して、よく似た理由でアップルを提訴済みだ(「アップルはスポティファイの反トラスト提訴後アップ・ストア政策を守る」)。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年8月27日 記事引用