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医師や看護師、管理栄養士など多職種が参加する日本栄養治療学会(理事長・市川大輔山梨大教授)が「がん患者さんのための栄養治療ガイドライン」(金原出版)を発刊した。がんを巡っては以前から、科学的根拠(エビデンス)が不確かな栄養情報や食事情報が氾濫しているため、患者・家族に栄養治療についての理解を深めてもらおうと企画したという。編集に際しては、NPO法人キャンサーネットジャパンなど患者団体の協力の下でアンケートを実施し、多くの患者・家族の疑問に答えるQ&A形式でまとめた。全国約400カ所のがん診療連携拠点病院や700館以上の「がん情報ギフト」設置図書館に寄贈しており、同学会では、実際に患者が手に取ってくれることを期待している。
低栄養は疾患の一つ
栄養治療における近年の大きな変化は、2024年度の診療報酬改定における「GLIM基準」の要件化だ。GLIM基準は低栄養を評価する国際的な診断基準。Global Leadership Initiative on Malnutritionの略称で18年に発表された。体重減少や食事摂取量のほか、炎症などの病因を組み合わせて診断する。
同書発刊の記者会見に臨んだ比企直樹・北里大教授(前日本栄養治療学会理事長)は「低栄養を疾患として扱う姿勢の表れ。栄養治療がスタンダードになり、がん治療における栄養治療の重要性が認識された」と強調した。
比企さんによると、近年、がんの3大治療といわれる手術、薬物治療、放射線治療に対する栄養治療の効果が明らかになっている。「がん患者の栄養治療は患者の体力維持に不可欠。副作用と術後合併症の2点に関しては、体力が維持できれば抑制できるというエビデンスが出ている」と話す。予後の改善についても、はっきりとしたエビデンスが得られないながらも前向きな成果が報告されているという。「胃がんで胃を切除してしまうと筋肉が大きく減少する。その結果、予後が悪くなる。一方、分岐鎖アミノ酸を一定量投与し、リハビリ運動療法を実施すると筋肉が維持できる。この二つを組み合わせればエビデンスが得られるとして、各所で研究が進んでいる」と比企さんは言う。
意外に多いリハビリの悩み
事前のアンケートは23年12月~24年1月にウェブを通じて実施した。回答者は334人(患者291人、家族40人、無回答3人)。患者のがん部位別では乳がんが最も多く(109人)、以下、血液腫瘍(83人)、大腸がん(30人)、肺がん(20人)と続いた。担当した岡山済生会総合病院の犬飼道雄医師は「ウェブ調査のため若年世代の回答が多く、乳がんなど若年に多いがんの患者が多かった」と分析する。
治療中の栄養の悩みは、手術に関しては少なかった一方で、薬物療法については多様な悩みが寄せられた。犬飼さんは「手術の後には管理栄養士ら多職種のチームが介入する医療が普及しているので、実臨床で悩みが解決できる体制がとられているが、薬物療法の場合はまだ年数が浅く、一般化してないためではないか」と推察した。
また、意外に多かったのがリハビリテーションの悩みだった。口腔ケアに関する悩みは少なかったが、食欲低下や味覚障害など適切な口腔ケアで解消できる悩みが多かった。犬飼さんは「入院中にはリハビリを受けられるが退院後も継続する人はほぼいない。リハビリの悩みが多かったのは一つの発見だ。口腔ケアの重要性が患者さんに知られていないこともわかった」と話す。
がん治療中の体重減は問題
ガイドラインは、がんになる前から、がんの治療を開始し、緩和医療を受けるまでの一連の流れに沿って46項目のQ&Aを提示し、それぞれに解説をつけた。なかでも「栄養」「口腔ケア」「リハビリ」は随所に登場する。その一部を紹介する。
記者発表する比企直樹・北里大教授(左)と犬飼道雄医師=東京都千代田区の厚生労働省で2025年5月14日、高野聡撮影
例えば、栄養について。
Q:がんのリスクになる食事は何ですか
A:がんのリスクが高まると言われる食事の情報は誤りであることも多い。鵜呑(うの)みにせず、バランスがよい食事をすることが大切
(解説)焦げた食事は、途方もない量を食べなければがんになることはありません。食品添加物は、医薬品と同じように安全性のチェックが十分に行われています。
Q:がん治療中、体重は維持した方がよいですか
A:治療に伴う副作用の軽減、治療の予定通りの完了や予後改善に重要
犬飼さんによると、患者の多くはがんになると体重が減るのが当然と考えがちという。19年の患者意識調査でも体重減少を経験した361人中、約75%が「困ることはなかった」と答え、約58%は医療者に相談していなかった。しかし、体重減少は活動性や生活の質(QOL)を低下させ、投与する薬剤の減量や治療予定の変更や中止につながり、その結果、治療効果や生存率にも影響する。
がん患者の体重減少には2通りある。一つは食べられないためにやせてしまうケース。もう一つは食べていてもやせてしまう悪液質。悪液質の治療は困難だが、食べられないための体重減少は多職種による栄養サポートチームの介入で改善できる。犬飼さんは「患者さん自身に体重減少に対する問題意識を持ってもらう必要がある」と指摘する。
経口栄養補助食品を活用
Q:がんになったら食事はどんなことに気をつけたらよいですか
A:症状がなければ神経質にならなくても大丈夫です。栄養状態を良好に維持することが大切
Q:がん治療開始後の食事は
A:抗がん剤治療中に食べてはいけないものはありません。治療による味覚障害や口内炎で食事摂取量が減少することがあるので、食べやすいものを選んで少量ずつ摂取しましょう。副作用などで食欲が低下することがあるので、自分の好みに合うものを食べられそうなタイミングで摂取することを心がける
関心が高い免疫についてもある。たとえば、
Q:免疫力を高めるのはどのような食事や栄養がよいか
A:たんぱく質やビタミン、ミネラルなど栄養その他、腸内細菌などさまざまな要素が免疫力に関わっている可能性があり、バランスがよい食事と健康的な生活が重要
(解説)低栄養状態が免疫チェックポイント阻害薬の効果を下げる要因として報告されている
比企さんは「体内の栄養は肝臓と筋肉に貯蔵されるが、肝臓の栄養がなくなると感染しやすくなり、術後合併症が増えたりする。栄養と免疫は切っても切れない関係にあることを知ってほしい」と強調している。
さらに、食欲がない時や不足する栄養素がある場合には、少量でバランス良く栄養がとれる経口栄養補助食品(ONS)の活用も勧めている。
がん患者さんのための栄養治療ガイドライン2025年版=金原出版提供
サプリメントについては、治療や薬との相互作用に懸念があるため、担当医や管理栄養士、薬剤師、看護師に相談することを推奨。抗がん剤の治療中に摂取することは有用性が示された報告があるものの、効果は明らかでなく、あくまでも不足しがちな栄養素を補うものとして使い、安全性などの観点からも担当医とよく相談するなど、慎重な対応を求めている。
口腔ケアについてももりだくさんだ。たとえば、
Q:がん治療によって口の中にどんなトラブルが生じますか
A:抗がん剤や放射線の治療で口内炎や味覚障害、手術による肺炎などの可能性がある
Q:がん治療前に歯の治療をする必要がありますか
A:手術前に口の中を清潔にすることで合併症(術後肺炎)の発生割合が減少します
Q:口の中を清潔にすることで口内炎は予防できますか
A:清潔にしても口内炎になりますが、痛みを軽減させ、重症化を予防するために必要です
などと、口腔ケアの重要性を強調している。
犬飼さんは「薬物治療の前に歯科を受診しておく意識がまだ一般的ではない。患者さんに、まず歯科を受診するよう伝えても『どうして』という反応が多い」と、認識の遅れを強調する。
有酸素運動も推奨
運動を含むリハビリについても、複数の問いを設けた。
Q:がん治療中のリハビリテーションや運動療法はどのように行うとよいですか
A:体力低下を予防し、倦怠(けんたい)感を軽減するために有酸素運動や筋力トレーニング、またはその両方を組み合わせて行います
Q:薬物療法中で体力が減ってきています。どのような運動がおすすめですか
A:有酸素運動が有効です
犬飼さんは「使わなかったら筋肉が失われる。座りすぎだと死亡リスクが上がる、がんの治療継続を困難にするというエビデンスも出ている。最近はフレイル(虚弱)を防ぐ3本柱として栄養と運動と社会参加が大事と言われる。がん患者さんでもこの3本柱は重要」と話す。
がん患者向けに栄養治療の要点をまとめた同書の作成は画期的だが、がん患者一般を対象にまとめているため、個別のケースに対する具体的な記述は難しかったという。
犬飼さんは「栄養指導やリハビリの内容は一人一人に対して違ってくる。患者さんとその家族に一度手に取ってもらい、本書をきっかけに医療者と話をしてほしい」と話している。
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高野聡
毎日新聞毎日メディカル編集部
たかの・さとし 1989年入社。東京・大阪本社科学環境部、医学誌MMJ(毎日メディカルジャーナル)編集長、医療福祉部編集委員、福井支局長などを歴任。