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毎日新聞2025/11/9 東京朝刊有料記事1735文字
=梅村直承撮影
4日、米国でニューヨーク市長選、バージニアとニュージャージーの州知事選が行われ、いずれも民主党候補が勝利した。一見すると「青(民主党のシンボルカラー)の大勝」だ。だが今回の選挙は、有権者に共通する課題があり「政策」が重要なポイントとなった。単純な政党間の勝敗ではなかったことが特徴的だ。
ニューヨーク市長選で当選したゾーラン・マムダニ氏(34)はウガンダ生まれの移民で、同市長としては初のイスラム教徒。民主党の中でも急進左派に位置づけられるが、当選の最大の理由に挙げられるのは党派対立や思想という以上に、ニューヨークの生活費高騰そのものだったようだ。
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ニューヨーク市では市民の約25%が相対的貧困の状態だ。1ベッドルームの部屋の家賃中央値は過去5年で約24%上昇。家賃を払うために働き続け、通勤に時間をとられ家族と過ごす時間を削りながら、なお生活が安定しない。マムダニ氏は家賃の値上げに上限を設け、公共バス無料化、富裕層課税など「生活費そのものを下げる政策」を掲げた。
こうした動きにトランプ大統領は、民主党の予備選で敗れ無所属で立候補した前ニューヨーク州知事で、犬猿の仲だったはずのアンドルー・クオモ氏を支持した。トランプ氏は、マムダニ氏が市政を担えば「連邦補助金を抑える」「治安が悪化すれば州兵を派遣する」と発言。実効性はともかく、民主党内の中道派と急進派の対立を際立たせ、来年の中間選挙に向けて民主党の分断をあおる意図も見え隠れした。
バージニア州ではアビゲイル・スパンバーガー元連邦下院議員、ニュージャージー州ではマイキー・シェリル連邦下院議員が当選した。両州ではニューヨーク市ほどの生活の切迫感はないものの、世論調査では、最も多くの有権者が「経済」を最重要争点に挙げた。家計の見通しについて「改善していない」「厳しい」との回答が約6割に達し、暮らしの不安が投票行動の土台にあったと考えられる。
当選した2人の女性候補は、抽象的な理念や党派対立ではなく、家計と日常の安定に直結する「生活の経済」を前面に掲げた。スパンバーガー氏は生活必需品の税負担軽減や保育・医療支援の拡充を訴え、物価高と家計の圧迫に正面から応じようとした。シェリル氏は固定資産税の軽減や通勤インフラの改善など、地域で暮らし続けられる条件づくりに焦点を当てた。
いずれも「どのように働き、移動し、家族を支えながら暮らしを維持するか」という具体的な生活設計に踏み込み、党派よりも生活を優先する姿勢を明確にした点が特徴的だった。両候補は、無党派層と一部の共和党支持層まで取り込んだことが出口調査で確認されている。党派対立以上に「暮らしが持ちこたえられるかどうか」という切実な判断基準が働いたと見られる。
多くの注目を集めたニューヨーク市長選は、制度の再設計を求める有権者の要求が、急進的な若い市長の選出につながった。ポピュリズムに基づく「ゆらぎ」というよりは、現実的な「生活の持続可能性」が政治を動かす局面に入ったことを示した。これを今後、民主党の本流である中道派がどう咀嚼(そしゃく)するかは、米国政治の注目点となっていくだろう。共和党も中間選挙に向け、急きょ国内の経済政策に集中する必要が出てきた。
米国地方選で可視化された国民の疲弊や若年層の不満は、日本とも重なる。7月の参議院選挙では、参政党や国民民主党が「生活が苦しい」という不安を言語化し、一定の支持を集めた。しかし、高市早苗政権誕生後、その一部は自民党支持に流れたという報道もある。それは自民党が、強い言葉や立場の鮮明化に頼る党首を選び、首相に据えたことに起因するらしい。ただし今のところ、高市氏の経済政策の実効性は未知数だ。
日米ともに政治は、声の大きさや対立の鮮明さではなく、「どのように暮らせる社会を設計するか」で評価される段階に入っている。ニューヨーク市では今回、生活苦が臨界点に達した有権者が、理念でも分断でもなく、具体的な負担の軽減策を求めるという切実な行動に出たと考えられる。
暮らしを守る制度のほころびは、音を立てずに進む。日本は、目に見えないその兆しを見逃してはならない。=毎週日曜日に掲載