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毎日新聞2025/11/30 東京朝刊有料記事2268文字
静岡県立大短期大学部准教授・中沢秀一氏=東海林智撮影
<くらしナビ ライフスタイル>
2025年度の最低賃金(最賃)==は過去最大の引き上げ額となり、全都道府県で時給が1000円を超えることになった。一方、新しい最賃の発効が通例より1カ月以上遅れる異例の事態も相次ぐ。最賃引き上げは低賃金で働く人の生活改善に効果があるとされる。最賃の役割やあるべき姿を静岡県立大短期大学部の中沢秀一准教授(社会福祉)に聞いた。【聞き手・東海林智】
「生計費」地域間で差ない
最低賃金と引き上げ率の推移
――最賃とはそもそもどういう性格の制度ですか。
◆根本的には、賃金の最低額を保障することで、労働者の労働条件の向上を図るための制度です。
日本の最賃は、1956年に静岡県で缶詰調理工の初任給に業者間協定で最低賃金を設けたことが始まりです。近隣の造船所に労働力が集中する中、缶詰工場の労働力を確保するために締結されました。これが59年の最低賃金法制定に結実します。労働条件の改善や生活の安定、労働力の質的向上……。こうした多様な目的が法に示されています。
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――特に物価上昇の局面では最賃の引き上げが果たす役割は大きいですね。
◆物価が上がるのに見合うように最賃が上がらなければ、最賃の近傍で働いている人の生活は確実に苦しくなります。だから、最賃には「防貧(ぼうひん)」という機能があります。働いていながら食事も満足にできないような貧困状態に陥るのを防ぐのです。満足に食べられなければ、「明日も元気に働く」という労働力の再生産もままならないからです。
――一方で、最賃は最近、「上がり過ぎだ」という意見もあります。
◆言葉のイメージもあるのでしょうが、ギリギリ、カツカツの賃金を想像する人が多いようです。しかし、この最低は「LOW(低い)」ではなく「MINIMUM(最低限)」で、人間としての尊厳が保たれるべき水準の意味です。フルタイム(8時間)働けば、普通に暮らせることが重要という社会的コンセンサス(合意)ができていないことが要因かとも思います。
――普通の暮らしにはどのくらいのお金がかかるのか、そこをイメージするのが難しいのではないでしょうか。
◆そうですね。その理解の鍵が「最低生計費」の測定だと思います。
全国労働組合総連合(全労連)の地方組織などがこの10年以上取り組み、私も監修として関わってきました。これは、働く人に調査して、衣食住の費用を積み上げ、飲み会や冠婚葬祭への参加など生活実態も考慮しながら、つましくはあっても必要なものが満たされている「普通の暮らし」にかかる金額を調べるものです。これまではこうした調査は行われておらず、現在30都道府県で調べています。
――その結果見えてきたことは何ですか。
◆調査で判明した生計費を時給(月173・8時間労働で計算)に換算すれば1600円に迫っています。25歳の男性の単身者が賃貸のワンルームに居住しているとの設定での最低経費はさいたま市で月27万4690円(24年調査・税込み)で時給に換算すると1580円、秋田市は月27万5003円(22年調査を物価指数などを加味して25年で再試算)で1582円です。今年度の最賃1121円(全国加重平均)と比べると大きな開きがあります。同時に都市部と地方の生計費がほぼ変わらないことが分かります。
若者流出の歯止めにも
厚生労働省前で最低賃金の大幅引き上げをアピールする労働組合のメンバーたち=東京都千代田区で
――今の最賃額でも普通の暮らしは厳しいということですか。最賃の審議にも影響を与えそうです。
◆最賃は(1)労働者の生計費(2)賃上げ状況など(3)企業の支払い能力――を議論して決めることになっていますが、生計費が明確ではないため企業の支払い能力に重きが置かれる傾向にあります。生計費がきちんと調査されれば、そこを中心とした議論が可能になります。石破茂前首相が「20年代に最賃1500円を実現する」と述べたように、生計費から最賃を考える重要性が高まっていると考えます。
また、最賃が最高の東京都と、最低の高知県などとの格差は203円(今年度の最賃発効後)です。しかし、地方も首都圏も生計費に大差はありません。都市部は家賃が高いものの交通機関が発達しているため車を持つ必要はないですが、地方の生活には車が必要でその維持費がかかるからです。地域間の最賃格差が地方からの若年労働者の流出を招き、地方の衰退につながっているとして一律の最賃を求める地方の声には説得力があります。
――都道府県で異なる最賃の発効時期は通例では10月ですが、今年度は各地で発効の先送りが目立ちます。高い引き上げ額を経営側にのませるためとも言われています。
◆都道府県の審議会の多くが、物価の上昇で生活が厳しくなった旨を引き上げの理由に挙げています。であれば、先送りにするというのは理解できません。働いているのに貧困に陥ることがないようにする防貧の機能を発揮させるべきでしょう。
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■ことば
最低賃金
企業が雇う人に支払わなければならない賃金の最低限の金額(時給額)。パートやアルバイトを含むすべての労働者が対象となり、最賃未満で働かせたら罰せられる。都道府県ごとに公益、労働者、使用者の代表3者でつくる審議会が金額を答申している。
■人物略歴
中沢秀一(なかざわ・しゅういち)氏
1967年、静岡県生まれ。中央大大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。労働運動総合研究所理事。2010年以降、生計費を調べる最低生計費試算調査で監修を務める。