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肥満症の治療薬「GLP―1受容体作動薬」の評判が高まっている。私の外来にも「使えないでしょうか」と希望する患者がやってくる。その多くは、「減量に成功した知人から勧められた」と言う。
ある40代の男性患者は、「肥満には体質の影響が大きいのに、これまでは食事や運動しか指導されなかった。GLP―1受容体作動薬のような、科学的で合理的な治療法には魅力を感じる」と語った。もっともな意見だ。
特筆すべきは、GLP―1受容体作動薬が肥満症のみにとどまらず、多様な疾患に対する有効性が次々と示唆されている点である。これまでに、心血管疾患や悪性腫瘍に対する有用性についてはこの連載でも紹介してきたが、最近は思いがけない疾患との関連にも注目が集まっている。
片頭痛の日数が半減?
2025年6月17日付の「Headache」誌に掲載されたイタリア・ナポリ大学の研究グループによる臨床試験では、GLP―1受容体作動薬リラグルチドが片頭痛の予防に有効である可能性が報告された。試験は、肥満と片頭痛の両方がある31例を対象に実施され、1カ月あたりの片頭痛日数が平均20日から11日に減少したとされる(※1)。
興味深いことに、この効果は体重減少とは無関係であり、研究チームは「GLP―1薬が脳脊髄(せきずい)液圧を低下させることで、片頭痛に作用している可能性がある」と考察している。
7月に開催された米国内分泌学会年次総会(ENDO2025)で、米国セントルイス大学の研究チームが発表した研究も興味深い。GLP―1受容体作動薬(セマグルチド、デュラグルチド、チルゼパチド)のいずれかを18カ月間投与された、2型糖尿病または肥満の男性110人を対象とした前向き研究において、男性ホルモン「テストステロン」が正常範囲の人の割合が53%から77%へと有意に増加したという。また、体重減少量が大きいほど、テストステロン値の上昇幅も顕著だったと報告されている。(※2)
肥満が男性ホルモンの分泌を抑制することは医学的コンセンサスであり、今回の結果はその延長線上に位置づけられる。GLP―1受容体作動薬は、肥満や糖尿病に加えて、加齢男性性腺機能低下症(いわゆる「男性更年期障害」)に対する新たな治療選択肢となる可能性がある。
=ゲッティ
もっとも、これらはいずれも小規模な研究であり、現時点では外来診療の場で患者に積極的に説明するようなレベルのエビデンスではない。実際の診療では、片頭痛や加齢男性性腺機能低下症に悩む肥満患者がGLP―1受容体作動薬の使用を検討する際に、「悪化することはなさそうです」といった補足を添える程度にとどめているのが実情だ。
注目の「デュアルインクレチン作動薬」
ただ、前述したようにGLP―1受容体作動薬の研究は日進月歩だ。私は「ニューイングランド医学誌(NEJM)」や「ランセット(The Lancet)」など複数の医学誌に目を通しているが、この薬の話題がでない週はないといっていい。残念なことに、このような情報はほとんど日本のメディアでは取り上げられない。
現在、注目を集めているのがデュアルインクレチン作動薬である。これは、GLP―1(グルカゴン様ペプチド―1)とGIP(胃抑制ポリペプチド)の両受容体に作用する新しいタイプの治療薬であり、代表的な薬剤が米国のイーライリリー社のチルゼパチド(商品名マンジャロ)である。
GLP―1は主に食欲抑制、胃内容排出遅延、インスリン分泌促進などに関与し、一方のGIPは脂肪組織や骨格筋に作用してインスリン感受性を高める。この二つのホルモンの相乗作用により、血糖コントロールと体重減少の両面で強力な効果が得られる点が特徴である。
製薬業界に大きな衝撃
今年5月には、チルゼパチドがノボノルディスク社のセマグルチド(GLP―1単独作動薬)よりも体重減少効果で優れていたことを示す第3相試験「SURMOUNT―5」の結果が「NEJM」に掲載された。
この試験では、糖尿病のない肥満または過体重の成人751人を対象に72週間投与した後で比較し、チルゼパチドを使ったグループでは平均20%の体重減少が得られたのに対し、セマグルチドを使ったグループでは14%減にとどまり、統計学的に有意な差が認められた。研究はイーライリリー社主導の国際共同研究として実施された。(※3)
この臨床試験の結果は、医療関係者のみならず製薬業界全体に大きな衝撃を与えた。最近、ノボノルディスク社の株価は急落している。その背景には、ライバルであるイーライリリー社の主導で実施された臨床試験において、セマグルチドがチルゼパチドに「劣後した」と評価されたことが影響している。これを受けてノボノルディスク社は今年度の業績見通しを下方修正した。
さらに、米国のトランプ大統領による薬価引き下げ政策への圧力も市場心理に影響を及ぼし、製薬各社の収益構造そのものへの懸念が強まったことも、株価下落に拍車をかけた。
=ゲッティ
「薬九層倍」とも称されるように、新薬の開発に成功すれば莫大(ばくだい)な利益を得られる一方で、競合他社による革新的な新薬の登場は、既存製品の売り上げを一瞬で脅かす。まさに製薬業界の厳しい競争構造が如実に表れた事例といえる。
次世代肥満薬の開発競争が激化
現在、世界の製薬企業はチルゼパチドの成功を受け、次世代の抗肥満薬開発で激しい競争を繰り広げている。
その中でノボノルディスク社は、GLP―1受容体作動薬セマグルチドとアミリン類似薬カグリリンチドの合剤であるカグリセマの第3相臨床試験結果を、今年6月22日付の「NEJM」誌に発表した。
報告されたREDEFINE1試験では、糖尿病のない肥満成人において、68週間の投与で平均20%の体重減少が確認された。またREDEFINE2試験では、2型糖尿病患者に対して同じ期間で14%の体重減少を達成している。(※4)
アミリンは膵(すい)β細胞からインスリンとともに分泌されるホルモンで、食欲抑制や胃内容排出の遅延を介してエネルギー摂取量を調整する作用をもつ。カグリセマはこのアミリンの作用を取り入れた新規薬剤として、GLP―1単独作動薬を上回る効果が期待されており、今後の治療選択肢として注目されている。
もっとも、ノボノルディスク社のカグリセマは、REDEFINE1試験において2型糖尿病のない肥満成人の体重を平均22・7%減少させたものの、同社が目標としていた25%減には届かなかった。また、REDEFINE2試験では、2型糖尿病患者において13・7%の体重減少にとどまり、イーライリリー社のチルゼパチドが同じ条件で示した14・7%と比較して、やや劣る結果となった。期待外れといっていい。
それでもノボノルディスク社は、週1回投与し、80週間にわたる長期試験を現在も進行中であり、今後さらなる有効性データが報告されることが期待されている。
ノボノルディスク社は、イーライリリー社との競争に勝つべく、開発戦略に注力している。最近では、GLP―1およびアミリン受容体のデュアル作動薬であるアミクレチンの高用量投与に関する第1b/2a相試験の結果が「ランセット」誌7月12日号に掲載された。この試験では、肥満または過体重の成人を対象に、皮下注射60mgのグループで36週時点の平均体重減少が24・3%に達することが推定され、第3相試験の開始を決定づける有望な結果となった。(※5)
英医学誌「ランセット」に掲載された、GLP-1とアミリン受容体のデュアル作動薬「アミクレチン」の高用量投与に関する第1b/2a相試験の論文=同誌のホームページより
もっとも、60mgのグループでは脱落率が59%に上るなど、忍容性に課題が残る点も明らかとなった。
さらにノボノルディスク社は、アミクレチンの経口剤の開発にも着手している。「ランセット」同号に掲載された初期試験では、最大100mgまで漸増反復投与し、12週時点での体重減少は平均13・1%を記録。プラセボ(偽薬)のグループとの差も統計学的に明確であった。特に、経口投与では体重減少が頭打ちとなる傾向がみられず、今後の開発への期待が高まっている。
ダークホース、中国も参戦
肥満症の治療薬市場は現在、ノボノルディスク社とイーライリリー社による一騎打ちの様相を呈しているが、ここにきて新たなダークホースの存在が注目されている。それが中国である。近年、中国企業は肥満症治療薬の開発を急速に進めている。
なかでも注目されるのが、中国のヘンルイ社と米国カイレラ社が共同開発するGLP―1/GIP受容体作動薬HRS9531(KAI―9531)である。第3相試験(HRS9531―301)では、肥満成人を対象に48週間で最大19・2%の体重減少を達成し、中国国内ですでに承認申請された。体重減少効果は48週時点でも持続しており、今後さらなる有効性が期待される。
なお、この試験の詳細は今後の学会発表が予定されており、カイレラ社はこの薬剤の中国以外での国際展開も視野に入れている。
さらに、中国のユナイテッド・バイオテクノロジー社が開発中の三重受容体作動薬UBT251にも注目が集まっている。UBT251はGLP―1、GIP、グルカゴン受容体に作用し、肥満成人を対象とした第1b相試験では、12週間で最大15・1%の体重減少が確認された。現在、中国国内では第2相試験が進行中である。
このUBT251の開発元であるユナイテッド・バイオテクノロジー社の親会社TUL社に対し、ノボノルディスク社は最大20億ドル(約2940億円)で、同薬の中国以外における全世界での開発・商業化の独占的権利を得るライセンス契約を結んだ。今後はノボノルディスク社がグローバル開発を担うことになる。
肥満予防、世界の医療を変えるか
また、ここでは詳細には触れないが、日本からも武田薬品工業や中外製薬が独自のGLP―1作動薬の臨床開発に取り組んでいる。日本発の新薬の成功に期待したい。
たとえば、武田薬品工業株式会社は、GLP―1受容体およびGIP受容体に作用するデュアル作動薬「TAK―094」の開発を進めている。24年までに英国などで健康成人および過体重者を対象とした第1相無作為化二重盲検試験を完了し、安全性、忍容性、薬物動態、および食欲抑制効果が確認された。現在、武田薬品は第2相試験以降への移行を見据えた準備を進めている。
以上、世界のGLP―1作動薬の臨床開発の状況だ。近い将来に、安全で有効な新薬が開発される可能性が高い。肥満はさまざまな疾患の危険因子だ。肥満予防を通じて、世界の医療のあり方が変わる可能性がある。日本は、この議論からあまりにも遅れている。
(※1)Effectiveness and tolerability of liraglutide as add-on treatment in patients with obesity and high-frequency or chronic migraine: A prospective pilot study Headache. 2025 Jun 17
(※2)Anti-obesity medications can normalize testosterone levels in men ENDO 2025 San Francisco, CA July 14, 2025
(※3)Tirzepatide as Compared with Semaglutide for the Treatment of Obesity N Engl J Med 2025;393:26-36
(※4)Coadministered Cagrilintide and Semaglutide in Adults with Overweight or Obesity Published June 22, 2025 NEJMoa2502081
(※5)Amycretin, a novel, unimolecular GLP-1 and amylin receptor agonist administered subcutaneously: results from a phase 1b/2a randomised controlled study Lancet. 2025 Jul 12;406(10499):149-162.
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上昌広
医療ガバナンス研究所理事長
かみ・まさひろ 1993年東京大医学部卒。99年同大大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンター、同大医科学研究所をへて、2016年より現職。医療ガバナンス研究に従事。現場からの医療改革推進協議会事務局長。