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「長寿薬は存在するか」はよく話題になります。「動物実験では有効だった!」「若返り遺伝子が活性化した!」などという情報が飛び交うのはそれだけ世間の注目度が高いからでしょう。「長寿薬」として頻繁に登場する薬やサプリメントの代表は、メトホルミン(糖尿病の薬)、ラパマイシン(免疫抑制剤)、レスベラトロール(赤ワイン由来の抗酸化物質)、NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)あたりです。これらは動物実験や観察研究では長寿に有望とされていますが、ヒトで確実に効果が証明された研究は非常に限られており、また安全性がじゅうぶんに検証されていないものもあります(なお、メトホルミンが長寿薬になるかもしれないという話は「新型コロナ後遺症、がんや認知症も そのうえ安い糖尿病薬は“夢の薬”か?」ですでに紹介しました)。
今回取り上げるのは、日本人にはおなじみの「タウリン」です。なぜ日本人になじみがあるかというと、前回も引き合いに出した国民的栄養ドリンクであるリポビタンDに含有されていることもひとつの理由でしょう。1970年代から2010年代半ばまでは頻繁にテレビCMが流され「タウリン1000mg配合」というフレーズが強調されていました。スタントマンやCGを使わず出演俳優自身が断崖絶壁を登るなど危険なアクションをこなすCMは一定の年代の日本人であれば知らない人はまずいないでしょう。実際、栄養ドリンク市場では長年不動のトップを維持し、累計販売本数は2016年で387億本にもなるとか(※)。
タウリンについて、私の知る限り最も総括的にまとまっている論文は科学誌「Nutrients」に2023年に掲載された「加齢と心血管の健康におけるタウリンの機能的役割:最新概要(Functional Role of Taurine in Aging and Cardiovascular Health: An Updated Overview)」(※2)です。ここではこの論文を「総説」と呼んでポイントを紹介していきます。
多く含む食品は……
タウリンは、ヒトの脳、心臓、骨格筋などに存在するアミノ酸で、生命維持に重要な物質です。食事から摂取することができ、明確な摂取基準(dietary reference intakes=DRI)は決められていないものの、一般的な食事からのタウリンの1日平均摂取量は、成人で約40~400ミリグラムと推定されています。タウリンを最も多く含む食品は海藻や貝類などの海産物です。「総説」から一部を抜粋します。
食品100グラムあたりのタウリン平均含有量(単位はミリグラム)
ホタテガイ(生)827
ムール貝(生)655
アサリ(生)520
カキ(生)507
タコ(生)388
イカ(生)356
鶏もも肉(生) 169
白身魚(生)151
豚肉(生)61
牛肉(生)43
ツナ(缶詰)42
エビ(生)39
三陸産の(上から時計回りに)ホタテ貝、アワビ、ムール貝=大阪市阿倍野区で2023年12月19日、山崎一輝撮影
少し補足しておくと、タウリンは比較的熱に強く、加熱してもさほど効果は損なわれません。上記の例では「生」とされていますが、加熱でタウリンの量が激減するわけではなく、生食が推奨されるわけではありません(念のため)。
タウリンをたくさん取ろうと思えば、貝類、ついでタコ、イカが優れているのが分かります。魚やエビは意外に少なく、日本人の多くが好物としているツナ、エビはタウリン含有においては優れた食物ではなさそうです。野菜や炭水化物にはほとんど含まれていませんから、ベジタリアンはサプリメントなどで補うしかなさそうです。
心血管疾患リスク減、糖尿病にも有益
では、タウリンにはどんな利点があるのでしょうか。「総説」からまとめてみましょう。
・抗酸化作用:フリーラジカルや活性酸素を除去することで、細胞を酸化ストレスから保護する
・神経伝達物質を調節:神経伝達物質の放出と受容体の機能に影響を与え、認知プロセス、気分、行動、記憶、学習、不安の調節に影響を及ぼす(タウリンは脳内に高濃度で存在する)
・神経細胞の保護:神経細胞のアポトーシス(細胞が死ぬこと)と炎症を抑制する。脳卒中からの回復にも有益であることが示唆されている
・心血管疾患のリスク低減:タウリンは心臓内の遊離アミノ酸の約50%を占め、心臓の収縮力を高め、心機能を改善させる。動物実験ではタウリン欠乏により心臓が萎縮することが示されている。血管内皮機能を改善し、動脈硬化のリスクを下げる。心不全患者の血圧低下、左室機能改善、運動能力向上を示したデータもある。タウリン補給により心筋収縮力、拍出量、心拍出量が増加し、左室機能および運動耐容能が改善する
・インスリン感受性を改善(インスリン抵抗性が低下):糖尿病やその発症リスクのある患者に有益
・トリグリセリド値(中性脂肪値)を低下:心血管疾患やメタボリックシンドロームのリスクを低下させる
・運動能力の向上:筋肉損傷を軽減し、運動誘発性の酸化ストレスを軽減する可能性があることが示唆されている。しかし、相反する研究もあり議論が分かれている
・寿命が延びる可能性:マウスとサルにタウリンサプリメントを摂取させたところ、対照群と比較して寿命が延びたとする報告(※3)がある
加齢とともに減少
ヒトを対象とした疫学調査をみてみましょう。韓国国民健康栄養調査(KNHANES)のデータを用いた研究(※4)では、タウリン補給が75歳以上の男性の心血管代謝リスクを低下させることが示されています。
女性を対象としたブラジルからの報告(※5)では、タウリンの補給で血漿(けっしょう)SOD濃度の低下を予防することが分かりました。SODとは「Superoxide Dismutase」の略で、活性酸素を分解する酵素のことです。これが高い濃度を維持していれば有害な活性酸素を分解してくれます。
また、加齢に伴いタウリンが減少し、このことが細胞の老化と関連していることを示すエビデンスが複数あります。例えば、試験管内の実験ではタウリンを加えると細胞の老化が抑制され、マウスにタウリンを与えるとやはり臓器の老化が抑制されるのです。
=ゲッティ
染色体の末端にあって、細胞が分裂するたびに短くなる部分を「テロメア」と呼びます。これが短くなると死に近づきます。テロメアの短縮を防ぐのがテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)と呼ばれる酵素です。試験管内の実験では、タウリンを加えるとこのTERTが増えて、テロメアが短縮しにくくなることが報告されています。
意外に少ない日本人の摂取量
ここまでくると、タウリンは心臓を丈夫にし、脳細胞の損傷を抑制し、肥満、中性脂肪、糖尿病の予防になり、そして寿命を延ばしてくれる「夢のアミノ酸」のように思えてきます。
そのように断定するのは時期尚早ではあるものの(今年6月「Science」で発表された論文<※6>は「タウリンと運動機能や健康指標の加齢に伴う変化との関連性にはかなりの個人差がある」と言及しています。また、今年5月にNatureに掲載された論文<※7>は「タウリンが骨髄悪性腫瘍に関与しているかもしれない」と警告しています)、リスクに注意しながら内服をしたいと考える人も少なくないでしょう。
では、1日にどれだけのタウリンを摂取するのがよいのでしょう。
「総説」は、1日の摂取量の上限を3グラム(3000ミリグラム)とする研究を紹介しています。
一方、通常の食事から摂取しているタウリンの量は1日あたり400ミリグラム以下で、その7分の1もありません。
はっきりとは書かれていませんが、おそらくこの摂取量は、世界の平均だと思います。伝統的に貝類やタコ・イカをよく食べる日本人はもう少し多いのではないかと、厚生労働省のデータを調べてみましたが、タウリンに関するページ(※8)は閲覧できなくなっていました。しかし、大正製薬がとても分かりやすいページ(※9)をつくっていました。大正製薬によると、意外なことに、日本人の中高年者の約9割はタウリン摂取量が1日あたり300ミリグラム未満だといいます。上限値の1割以下です。
処方薬も
では、タウリンはどのように摂取すればよいのでしょうか。リポビタンDには1本に1000ミリグラム(1グラム)のタウリンが含まれていますが、前回述べたように1本あたり18グラムの砂糖(角砂糖6個に相当)が含まれています。不要な砂糖を取らずに効率よくタウリンを摂取するにはどうすればいいのでしょうか。サプリメントを考えたくなりますが、実はタウリンは日本では「処方薬」として存在します。「総説」にも「Notably(注目すべきことに)」という副詞を使って、1985年に日本で心不全の治療薬として承認されたことが記載されています。「総説」はタウリンの有効性を示した日本の論文(※10)も紹介しています。
タウリンだけでなく、砂糖もたくさん含まれているリポビタンD=東京都内で、伊藤奈々恵撮影
ただし、タウリンを保険診療で処方するには「壁」があります。それなりに重度の肝疾患や心疾患がなければ処方できません。ですが、薬価は1グラム14.8円です。自費診療で1日3グラム服用しても、14.8x3で50円以下です。実際には、消費税、処方代、診察代、薬剤取り扱いのコスト(医療機関の最低限の利益)などがかかりますからもっと高くなりますが、長期処方をしてもらえば手が届かない費用ではないと思われます。
日本の国民的栄養ドリンクに含まれているだけではなく、世界ではおそらく日本だけが保険診療で処方ができるタウリンは、長寿薬候補の筆頭にあるといっていいでしょう。ですが、エビデンスはまだまだ限定されていて、危険性を指摘する声もないわけではありません。服用する前にはかかりつけ医に相談することを勧めます。
※ リポビタンD新CMがファイト一発!の「絶叫」をやめた理由
※2 Functional Role of Taurine in Aging and Cardiovascular Health: An Updated Overview
※3 Taurine deficiency as a driver of aging
※4 Relationship Between Taurine Intake and Cardiometabolic Risk Markers in Korean Elderly
※5 Taurine as a possible antiaging therapy: A controlled clinical trial on taurine antioxidant activity in women ages 55 to 70
※6 Is taurine an aging biomarker?
※7 Taurine from tumour niche drives glycolysis to promote leukaemogenesis
※8 記事・用語メニュー「タウリン」
※9 日本人のタウリン摂取量の年次推移を初めて推定
※10 Therapeutic effect of taurine in congestive heart failure: A double-blind crossover trial
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1991年関西学院大卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでの医療ボランティアや大阪市立大医学部総合診療センターを経て、06年にクリニック開設。プライマリ・ケア指導医。産業医。