|
|
毎日新聞2026/1/15 東京朝刊有料記事1023文字
<moku-go>
「馬をくれ、馬を! 馬のかわりにわが王国をくれてやる!」
そう叫び、15世紀のボズワースの戦いで命を落としたのはシェークスピアが描いた英王リチャード3世である(小田島雄志訳)。
戦場で敵のリッチモンドに追い詰められても、後には引かないという王の心境が伝わってくる劇的なセリフはあまりにも有名だ。
Advertisement
で、今年のえと、午(うま)である。動物ものまねの当代江戸家猫八さんが、新年早々にのぞいた東京・上野の鈴本演芸場の初席で、興味深いことを言っていた。
昨年は巳(み)、その前は辰(たつ)、さらにその前は卯(う)と、ものまね泣かせの年が続いた、と。そう言われてみると、鳴きまねはちょっと難しいかも。猫八さんも「馬を!」と言いたかったのかもしれない。
古典芸能は馬とウマが合うようだ。歌舞伎や狂言、落語、講談などで、パッと思いつくだけでも馬とかかわりのある演目はたくさんある。
産業革命以前は、牛馬の輸送力や労力に頼るところが大きく、それだけ人間に身近な存在だったということもあるのだろう。
講談の「寛永三馬術」は、徳川幕府三代将軍家光のころを舞台に、3人の馬術の名人、曲垣(まがき)平九郎、向井蔵人、筑紫市兵衛を巡る物語である。
なかでも「出世の春駒」は、いかにもすがすがしい、午年をことほぐ一席だ。今月2日の国立名人会で人間国宝の神田松鯉さんも演じていた。
寛永11(1634)年1月28日、愛宕山(東京都港区愛宕)の急な石段を馬で上がり、梅の一枝を手折ってくるよう命じる。馬が途中で尻込みしてしまい、次々と失敗者が出る中、名乗り出たのが平九郎。馬を信じ、馬の気持ちを思いやりながら見事成功させる。
いわゆる武芸物に分類されるが、人と人との関係に通じるところもあり、時代を超えて心を揺さぶってくる。馬との相性も、人との相性も、実際に付き合ってみなければ分からない。「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」とはよく言ったものだと思う。
馬に乗るといえば、中国の欧陽脩は、いい考えが生まれやすい状況として「三上」という言葉を残した。すなわち「馬上・枕上(ちんじょう)・厠上(しじょう)」である。ロングベストセラー「思考の整理学」(外山滋比古著、ちくま文庫)に出てくる。心の遊んでいる状態が、創造的思考に適しているというのだ。
馬上とは、今なら通勤の電車の中か、と外山氏。たまにはスマホから顔を上げて、ぼーっとするとしようか。(専門編集委員)