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私が大学病院の総合診療科で外来をしていた頃、最も多い訴えの一つが(女性の)「更年期障害」でした。これは不思議です。なぜなら更年期障害は婦人科の領域であり、わざわざ長い待ち時間を覚悟して大学の総合診療科を受診する必要はないと思えるからです。しかし総合診療科を受診する患者は絶えず、さらに2007年に私が谷口医院を開業してからも、「婦人科」を標榜(ひょうぼう)していないにもかかわらず更年期障害の患者さんは少なくありません。今では「総合診療科医こそが更年期障害を診るべきなのでは?」と思うこともあります。今回は、更年期障害とはどのような疾患なのか、そしてどのように治療すべきでどのような効果が期待できるのかについて私見を交えて述べたいと思います。
なぜ総合診療科を受診するのか
まず「更年期障害は婦人科領域なのに、なぜ総合診療科を受診する女性が多いのか」について。最大の理由は「症状が非常に多岐にわたるから」です。患者さんの多くは、訴えが一つではなく、動悸(どうき)、発汗、倦怠(けんたい)感、めまい、肩こり、便秘、吐き気、むくみ、関節痛、咽頭(いんとう)不快感、頭痛、耳鳴り、のぼせ、ほてり、イライラ、不安、抑うつ感、不眠など実にいろんな症状を話されます。そして、時に話が非常に長くなります。私が勤務していた大学病院の総合診療科では比較的診察に時間をとれたこともあり、途中で泣き出す女性も少なくありませんでした。「これまでいろんな医療機関を受診したけれど、こんなにもきちんと話を聞いてもらったことはありません……」と言われるのです。
医師の立場からは、50歳前後の女性からこのような症状を訴えられればそれだけで更年期障害の診断に近づきます。よって大学病院にたどり着くまでにどこかの医療機関で更年期障害の治療を始められてもよさそうなものです。もちろん、総合診療科など受診せずに婦人科クリニックで更年期障害の治療を受けている女性も大勢います。ではそうしない人がいるのはなぜでしょう。私の経験からいえば、この理由は主に3つあります。
ドクターショッピングになってしまう理由
一つは、患者さん自身が「更年期障害ではない」と思い込んでいる場合です。例えば、動悸があるから心臓が悪いに違いない、倦怠感があるのだから慢性の感染症に違いない、などと思い込んでいて、更年期障害を自身で否定する人がいます。このように考える人たちはたいてい「更年期障害など大したことがない病気だ。わたしの病はもっと深刻だ」と思い込んでいます。そして、婦人科を受診するのではなく内科系の医師を次々に探し始めるのです。
二つ目は、婦人科以外の科を受診して「更年期障害と診断されていない」ケースです。こういう事例が意外に多いことに私は大学病院時代に気付きました。私の経験上、このケースで最も多いのは、関節痛が主症状の場合です。関節痛の原因が更年期障害によるものだった、という例がしばしばあるのですが、そのようには診断されず、リウマチや膠原(こうげん)病などの検査を受けて「異常がない」と言われ、痛み止めだけ処方されているのです。この場合、鎮痛薬はさほど効かず、内服ステロイドを処方されていることもあります。更年期障害が原因の関節痛でもステロイドが効くことはあるのですが、漫然と続けるわけにはいきません。結局、正確な診断がつけられないまま時間が過ぎて、場合によってはドクターショッピングに移行します。
更年期障害の治療を受けていない三つ目の理由は、意外なことに婦人科を受診しているケースです。この場合、診察した婦人科医は更年期障害と診断しているのですが、結果としてコミュニケーションで問題が生じて診療がうまくいかず、それで総合診療科を受診するのです。もっとも、これは総合診療科医の方が婦人科医よりコミュニケーションがうまいという意味ではありません。どのような医師にも(もちろん私も含めて)患者さんとの関係がうまくいかなかった経験はあります。他の疾患と比べ、更年期障害は症状が多岐にわたり、それぞれの症状の経過が長いために、例えば医師が治療を急いだり、患者さんの希望を結果として十分に聞けなかったりします。ですから、他の疾患に比べて医師患者関係が非常に大切になります。
必要に応じ経膣超音波検査を実施
更年期障害の診断は比較的簡単です。医師側から問診しなくてもこれまでの“苦労”を話してもらえればそれだけで大部分が診断できます。ただし、他の疾患も否定しなければなりませんから、必要に応じて血液・尿検査、(エックス線や超音波などの)画像検査、場合によっては内視鏡検査などもおこないます。ホルモン(卵胞ホルモン及び卵胞刺激ホルモン)の値は測定することもありますが私自身は全例には実施していません(「検査は最小限」が基本です)。私の場合、ホルモン値よりもむしろ骨塩量(骨密度)を積極的に測定しています。ちょうど50歳を超えるあたりからかなりの割合で骨塩量が低下するからです(後述するようにホルモン補充療法で骨塩量も増えます)。
不正出血や性交痛がある場合は経膣(ちつ)超音波検査も実施します。子宮体がんや子宮頸(けい)がん、子宮筋腫などで子宮を摘出しているケースを除き、ホルモン治療を実施する場合は定期的に経膣超音波検査が必要です。なぜなら、卵胞ホルモンは子宮内膜を増殖させる作用があり(そのため増殖を抑える黄体ホルモンを併用します)、子宮内膜の状態を定期的に観察しなければならないからです。更年期障害の治療を一般の内科系クリニックで実施しにくい理由はここにあります(なお、婦人科以外の診療所ではすべての施設で経膣超音波検査が実施できるわけではなく、むしろ谷口医院のように実施できる診療所は少数です)。
症状改善以外にメリットも
治療としては漢方薬だけで症状が大きく改善するようなケースもありますが、やはり治療の王道はホルモン補充療法です。のぼせ、ほてり、発汗など患者さんが困っていた複数の症状が大きく改善するだけでなく、髪が増えてきれいになり、皮膚にハリやツヤがよみがえり、骨量が増え、LDL(悪玉コレステロール)が低下し、精神状態が改善します。なかには「性生活が改善して若い頃に戻ったみたいです!」と、感動のあまりわざわざメールで報告してくれる女性もいます。先述したように更年期障害は「症状が多岐にわたる」のが特徴でした。そしてホルモン補充療法を実施すればそれらの症状の多くが劇的に改善するのです。これほど生活の質を変える治療はそうありません(なお、認知症についてはホルモン補充療法がリスクを減らすという報告がありますが、反対にリスクを上昇させるとするものもあります)。
しかし、そんなにも優れた治療なら何か「落とし穴」はないのでしょうか。落とし穴というわけではありませんが、残念ながらホルモン補充療法ができないケースもあります。過去に乳がん、脳梗塞(こうそく)、心筋梗塞などを起こした人は原則として対象外となります。喫煙者、高血圧がコントロールできていない人、肥満などにも処方は困難です。起こり得る副作用としては「血栓」(血のかたまり)ができやすいとされていますが、(喫煙、肥満などの)他の血栓のリスクがなければあまり怖がる必要はありません。子宮内膜が増殖することで生じる子宮体がんには注意が必要ですが黄体ホルモンの併用と定期的な経膣超音波検査の実施でリスクを大きく減らせます。ただし乳がん(と子宮頸がん)の定期的な検診は受けておくべきです。
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通常、たいていの疾患では患者さんは「できるなら薬はやめたい」と言います。3割負担とはいえ費用がかかりますし、副作用のリスクがありますし、定期的に通院しなければならないわけですからそれは当然でしょう。しかし更年期障害におけるホルモン補充療法の場合「やめたくない」という人が少なくありません。そして「やめどき」には処方する私自身も悩みます。上限のきまりはないのですが、加齢とともに血栓のリスクが上昇しますから、70歳や80歳を超えても飲んでもいいのかという疑問があるのです。
「いくつになっても続けたい」という女性はそれなりに多く、ちまたでは「(高齢の)女優の〇〇さんが今も若々しいのはホルモン補充療法を続けているからだ」などといううわさもあります。そこで私は「ではホルモン補充療法を続けるために血栓のリスクを下げましょう。そのためには(もちろん禁煙が前提で)、適正体重を維持して、毎日運動をしましょう」と助言しています。
ときどき「ホルモン補充療法は自然に逆らう行為だ」と言う人がいますが、人類の寿命がこんなにも延びたのはせいぜい過去100年程度のことであり、人間の“自然な”ホルモン分泌はこの急激な変化についてきていません。ならば卵胞ホルモンを補充することで若さを保ち健康に長生きする試みは理にかなっていると私は思います。
特記のない写真はゲッティ
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。