奇跡の船(ビルギルバート) -33-
この表彰状には船の船員名簿と彼らの役職が書かれている次のメモが添付されている: 「この勇敢な船の部隊表彰状は以下にメロディス・ビクトリー号船員全員に授与する」。このメモには士官と船員皆んなの名前と役職を以下のように総網羅して記している。
士官と船員のリスト
Joseph Blesset, Wiper
John P. Brady. Chief Engineer
Robert H. Clarke, Utility
Russell V. Claus, Messman
Richard C. Coley, Ordinary Seaman
Charles L. Crockett, Oiler
Sidney E. Deel, Assistant Electrician
Andres Diaz, Wiper
Alvar G. Franzon, Third Mate
Major M. Fuller, Steward
Lee Green, Fireman/Watertender
Nathaniel T. Green, Radio Officer Albert W. Golembeski, Second Mate
Lawrence Hamaker Jr., Oiler
Edgar L. Hardon, Utility
Morall B. Harper, Electrician
Charles Harris, Able-bodied Seaman
Leon L. Hayes, Utility
George E. Hirsimaki, First Assistant Eng-
Joseph A. Horton, Fireman/Watertender Lonnie G. Hunter, Able-bodied Seaman
William R. Jarrett, Able-bodied Seaman
Kenneth E. Jones, Able-bodied Seaman
Leon A, Katrobos Jr., Ordinary Seaman
Alfred W. Kaufhold, Licensed Junior Eng-
James A. Kelsev. Junior Third Assist.Eng-
Leonard P. LaRue, Master,
Robert Lunney, Staff Officer
Herbert W. Lynch, Chief Cook
Patrick H.McDonald
, Able-bodied Seaman
Adrian L. McGregor, Messman
Ira D. Murphy, Deck Utility
Willie Newell, Assistant Cook
Vernice Newsome, Wiper
Nile H, Noble, Third Assistant Engineer
Elmer B. Osmund, Boson
Harding H. Petersen, Second Assist. Eng.
Johnnie Pritchard, Messman
Louis A. Sullivan, Fireman/Watertender Noel R. Wilson, Able-bodied Scarman
Wong T. Win. Second Cook and Baker
Emest Wingrove, Deck Utility
Steve G. Xenos, Oiler
Dino S. Savastio, Chief Mate
Henry J. B. Smith, Junior Third Mate
Merl Smith, Licensed Junior Engineer
Istmall B. Tang. Ordinary Seaman
マリア修道士の士官と船員たちの「勇猛な鷹」賞の受賞感想を読んでみると、彼の人間の面貌 - 神の信仰、謙遜、愛国心とあらゆる点で誠実性を見ることができる。
彼の受賞の感想は以下の通りだ。
海に出るときに必ず知っておくべき金言の一つは、仲間の船員が一人でできないことを助けなければならないということです。船の安全とその船に載せたすべてはこの原則が左右します。これは-あなたの隣人を私の体のように愛せよ-という聖書の句と変わらない言葉です。
興南でこの原則を適用して任務を遂行する上で、士官と船員たちの協力と粘り強い努力、アメリカ人としての理想と責務を実践するための献身を通じて、みんなに優れた模範的な海の勇者たちであることを示しました。
多くの人がこの点について良い言葉を与えてくれました。私がこれに一言付け加えるなら、私の揮下船員たちの労苦を致賀して感謝するだけです。しかし、何よりも一番感謝しているのは、その大きな成功は-神の摂理-の働きであるからです。
韓国戦休戦翌年の1954年、私は信仰生活の為に聖バオロ修道院に入りました。おそらく私のような新しい新米はなかったでしょう。このような私の「変身の最大の動機は何ですか?」という質問を受け、私はこう答えました。
トラピスト(1664年フランスの-La Trappe-が創立した修道社会-役者)の修道士ラファエル・シモン(RaphaelSimon)神父が言った簡潔だが、あまりにも素晴らしく意味深い言葉です。皆さんとその神父の言葉を分かち合いたいです。
-神と恋に落ちるということこそ人間最大のロマンスだ。
-彼を探すのは最大の冒険だ。
-彼を発見するのは人類最大の達成だ。
私は修道院の敷居を越えるまで全く知らなかったいくつかの事実が明らかになりました。聖バオロ修道院の母体はベネディクト会という特定の修道会です。この首都会の様々な宣教使役地の中には北朝鮮も含まれていました。まさにその北朝鮮共産党の手に、ベネディクト神父たちと修道士たちが殉教されたのです!
完全に囲まれた興南桟橋で自由を渇望する我が国の盟邦、韓国の友人たちを救出した歴史は、本当に戦争の悲劇の中で繰り広げられた悲劇的な出来事でした。共産主義者たちが計画し、共産主義者たちが執行して挑発させた韓国戦争は、全人類を奴隷化させようとする彼らの断固たる決意の兆しです。それを阻止することこそが私たちの最大の道義的責任です!
我が国はもちろん私たち個々人を倒そうとする、この悪魔の主体である共産主義とそれに同調する「サタン(悪魔)」の勢力に対抗するために勇気と胆力を与えて、そうすることによって神の十戒を戴く完全な人生を生かすことができるようにと、いつも神に祈るようにしましょう。
これから、修道院長と私は聖バオロ修道院に戻ります。メラディス・ビクトリー号の士官と船員たちと彼の愛する家族のためにいつも祈ります。私たちのためにも祈ってください。特に、海の労働者と彼らの家族、そして彼らの肉体の安全と危険な彼らの日常に神の加護があることを祈ります。
最後に来賓の皆さんにメラディス・ビクトリー号の船長、士官、船員たちが船乗りの挨拶をささげて去ろうとします。特にこの挨拶はベネディクト修道士になる以前の船乗りの深い胸の中から出てきた挨拶です。皆さん!そして私たちのアメリカ!安全な航海になりますように!そしていつも幸せになろう! ありがとうございます。神の祝福を祈ります。
船と船員の表彰は、米国政府が初めてしたわけではない。それより2年前、大韓民国のイ・スンマン大統領がメラディス・ビクトリー号の船員たちに大統領表長を授与した。表彰状の一部を紹介するとこうだった。
「メラディス・ビクトリー号が3日間の険しい航海の末に釜山に安全に到着したことこそ、この人道主義的な使命を果たしたことに参加したすべての人に忘れられない大歴史でした。キリスト教の信仰を実践した彼らの感動的で模範的な業績は、韓国国民全員の記憶に永遠に残るでしょう。」
ヤン・チャンウ駐米韓国大使はラニーを招待し、彼の士官と船員を代表して彼に表彰状とメダルを授与した。そして駐ニューヨーク韓国総領事であるナムグン氏も 1958年6月3日、ロニーに同じ表彰とメダルを授与した。
メラディス・ビクトリー号も韓国動乱以後、「予備艦隊(mothball fleet)」に帰属する運命を免れなかったが、1966年越南戦の絶頂期に160余りの貨物船団に再び起用されて活動することになった。この船が現役に復帰したその年10月、米商務省はメラディス ・ビクトリー号の現役復帰は「アジアのある国家が共産侵略に抗擧して自由独立を守ろうとする闘争に、我が在郷軍人たちが再び実戦に参加する本見だ。」と発表した。
この発表文には運命の皮肉と言うか、とても意味深い事実を指摘し、「東南アジアに送る軍需品を積載したこの船には越南派兵韓国軍が乗っていた。派兵将兵たちはすべてその船が共産党に対抗して自由守護闘争をした14,000人の避難民たちの命を救った船であることを覚えていた。韓国政府がこの船とその船員たちが成し遂げた業績を表彰したので、相当数の韓国人たちはこの船の名前を記憶していると思う。」と言った。
メロディス・ビクトリー号は、米国政府が 6年遅れて記念式を行った1960年、「勇猛な船」命名式の直後、 この船の行き先を表示する銅版を貼る前に、すでにこの船は 「予備艦隊」に帰属していたが、メロディス・ビクトリー号の現役復帰のため現役復帰記念札を贈呈する記念式を行なうことで現役復帰になった。