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毎日新聞2026/2/16 東京朝刊有料記事1781文字
「家内の田舎」。これを下から読むとどうなるか。そう、答えを知れば単純。上から読んでも下から読んでも「かないのいなか」。こうした文を逆さま言葉とも、回文ともいう。
声に出して読み、頭のなかでひらがなを思い浮かべながら、それを下から読んでいくといい。このときに短期記憶が強化される。短期記憶とは、一時的に記憶を保持する機能で、さまざまな作業をスムーズに進めるうえで欠かすことができない。
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ぼくは今77歳。認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の、さらに手前の段階である主観的認知機能低下(SCD)かもしれないと思うようなことが増えてきた。よく知っているはずの俳優の名前や固有名詞がとっさに思い出せず、「あれ、あれ」と言ってしまうのだ。その症状を勝手に「あれあれ症候群」と命名したと以前、この連載で書いた。
そんな、ぼくも含めたあれあれ症候群の人たちに、認知症予防として提案していることの一つが「声に出して読む」だ。
「禁煙。だんだん延期」「バリウム売り場」「いい国家、カッコいい」
最近、講演会場でワッと笑いが起きたのがこれ。「世の中ね、顔か、お金か、なのよ」
これらも逆さま言葉の例。頭の中で逆さまに言うことで前頭前野が刺激される。前頭前野の機能がよくなると、短期記憶が回復するだけでなく、構想力や発想力、意欲を高め、怒りをコントロールできるようになる。以前は穏やかな人だったのに、年とともに怒りっぽくなったという人は、ぜひ、逆さま言葉をやってみてほしい。
早口言葉も頭の回転をよくする。
「かけっこでコケかけた過去」
「寿司(すし)職人主催の寿司試食会」
頭のなかで漢字や意味を思い浮かべると、言いやすくなる。
「よぼよぼ病 予防病院 予防教室 よぼよぼ病予防法」
舌がもつれてもうまく言えなくても、笑い飛ばそう。笑いが薬、言葉が運動、これが鎌田流だ。
早口言葉は、口腔(こうくう)フレイルの予防にもなる。口腔フレイルはかむ、飲みこむ、話すなどの口の機能が低下するため、声に張りがなくなったり、滑舌が悪くなったりする。飲み物や唾液などでむせこむことも増え、重症になると誤嚥(ごえん)性肺炎の危険が高まる。誤嚥性肺炎は年間5万人が命を落としているということを忘れてはならない。
感動した文章を1分間、音読してみるのもいい。声に出して読むと内容を理解しやすくなり、感動も大きくなる。幸せホルモンのセロトニンの作用で、リフレッシュし、気持ちがよくなるのだろう。
認知症の初期には「無気力」「無関心」「無感動」のアパシーという症状がみられることがあるが、ふだんから感動言葉を浴びて、心の柔軟性を保っておくことが大切だと思う。
そもそも読書は、健康や寿命にも影響する。エール大学は、50歳以上の読書をする人と読書をしない人を12年間追跡調査している。その結果を見ると、読書をしない人に比べて、読書をする人はなんと23カ月も寿命が長かった。しかも、週3・5時間以上本や新聞を読む人は、12年後の死亡率が23%低いということもわかった。
週3・5時間は1日30分だが、もっと短い時間でもいい。わずか6分間の読書でストレスが68%軽減されるという研究もある。脈拍や呼吸が整うことや、日常から一歩離れることが心の健康促進につながるようだ。このストレス軽減効果は、音楽を聴くことや散歩をすることよりも高かったという。
大事なのは、読書を習慣化すること。そして、感動した文章を切りぬいて、1分間音読してみると、感動が倍増し、脳も喜ぶというわけだ。老化は感情を失うと加速する。黙読したときには見過ごしていたリズムや韻なども感じられ、もっと文章を味わうことができると思う。
ぼくはときどきテレビやラジオに出演する。相手の言葉を受けて話をするときは、会話の瞬発力が求められる。今のところ、本番であれあれ症候群を発動し、言葉に詰まらないで済んでいるのも、音読の効果なのではないかと自分では思っている。
昨年11月に出した「鎌田實の逆さま言葉 1日3分! 脳が若返る!」(興陽館)では、脳トレとしての逆さま言葉や早口言葉、感動言葉の例文をたくさん紹介している。あれ、あれが増えてきたという自覚があったら、音読を始めてみてはどうだろうか。(医師・作家、題字も)=次回は4月27日掲載