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マダニが媒介するウイルス感染症「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」の患者が、過去最多のペースで増えている。マダニに刺されさえしなければ大丈夫という状況ではなくなっており、宮崎大の岡林環樹教授(獣医学)は「非常に危険な感染症だ」と警戒感を強める。人と動物の間で、いま何が起きているのか。【毎日新聞論説委員・清水健二】
富山、茨城あたりまでは定着
――今年は全国各地で感染が報告されています。
◆西日本中心だったのが東に移ってきた。野生動物、特にシカ、イノシシ、アライグマなどにウイルスを持ったマダニが付着して広がっていったと考えられる。スピードはさほど速くないが、確実に関東まで進んできた。
ただ、北海道での患者発生は少し状況が違う。在来でウイルスを持っていたマダニに感染したか、あるいは渡り鳥が西日本または海外からウイルスを持つマダニを付けてやって来た可能性がある。
――シカやイノシシは昔からいる動物です。なぜ今、広がったのでしょう。
◆環境省の推計によると、ニホンジカは生息数が増えている。イノシシは一時期より減ったが、人の生活圏に頻繁に出没するようになったとも聞く。また、森が開発で削られて分散・点在するようになることで、生活圏との境界線が長くなり、野生生物との距離が近付く状況が生まれている。クマの出没が増えていることと背景は同じだ。
――地球温暖化の影響は?
◆蚊の生息域は、明らかに気温上昇に伴い北上している。マダニについても、SFTS流行との相関性を示唆する報告がある。温暖化はマダニとそれを運ぶ野生動物、両方の動きに関連しているのではないか。
――渡り鳥に運ばれる可能性があるとすると、それまでマダニの生息域ではなかった地域で唐突に感染者が発生することもあり得ますか。
◆北海道の事例はそうかもしれない。茨城や栃木での発生はシカなどの北上で説明できるが、北海道に生息するエゾシカは、本州のシカと生物学的に異なる。しかもSFTS抗体陽性のエゾシカは見つかっていない。つまり、北海道ではウイルスがエゾシカにまだ広がっていないと考えられる。
怖いのは、渡り鳥により持ち込まれたウイルスが、その土地の野生動物の間で今後定着してしまうことだ。ウイルスを持つマダニが越冬して生き残るようだと、流行地になる恐れがある。
――北海道を除いては、既に定着していると考えていいのでしょうか。
◆日本海側だと富山、太平洋側だと茨城あたりまでは広がっているだろう。東北は秋田でしか報告がなく、まだ分からない。
犬猫からの感染が1~2割
――今年は8月末までに149人の感染が確認されています。マダニに直接刺されたのか、SFTSに感染した動物からうつったのか、区分はできているのでしょうか。
◆正確には分からない。厚生労働省の研究班が以前、犬や猫から感染したと考えられるケースを数えたことがあり、おおむね全体の1~2割が該当した。残り8割はすべてマダニからかというと、その証拠はない。それが5割超なら、今まで通りに「マダニが媒介する感染症」と言っていいが、思ったより犬猫の割合は高いかもしれない。
SFTSのウイルスを媒介するフタトゲチマダニ=国立健康危機管理研究機構提供
――感染が確認されている猫の数は、人の感染者より多いと聞いています。
◆人の調査は2013年、猫は17年から始まったが、猫は既に1000例を超え、人より多くなっている。
――猫の感染例は公的な報告制度がなく、全数把握できているわけではないのでは?
◆その通り。私たちが作った獣医師や地方衛生研究所のネットワークによる集計のため、見逃しや未報告もあるだろう。地域猫や野良猫が森の中で感染して死んでいるケースも、当然考えられる。
――猫から感染するリスクはどの程度なのでしょうか。
◆接触が高濃度だと感染しやすい印象がある。やはり、血液を扱ったり、治療中にかまれたりする獣医師はリスクが高くなる。飼い主さんも、猫に甘がみされて手に傷ができたりすると、感染する恐れがある。
――猫の感染を防ぐには?
◆外出しなければかからない。これは間違いない。一番の対策は室内飼いの徹底だ。
――犬の場合は?
◆なかなか難しい。私たちの抗体検査では、驚くような結果が出た。外飼いの犬と、散歩時だけ外出する犬の陽性率に、有意差がなかった。つまり、散歩という短時間でもリスクになるということだ。だから、もし外に出すのであれば、丁寧なブラッシングでマダニが吸着していないことを確認するしかない。
症例少ないうちに国は対策を
――地域猫を世話する人も各地にいます。感染防止の観点では、かなりリスクのある行為と言えるのでは?
◆そうだと思う。すべての猫が感染しないよう管理するのは現実的ではないし、1匹でも感染していれば他の猫にもうつる可能性がある。一般の人がSFTS疑いの猫に手を出すのは危険だ。でも放っておいたら、どこかに行って倒れ、また別の人が手を出そうとするかもしれない。何ができるかというと、非常に難しい。
SFTSはペットの猫から人への感染も報告されている。最大の予防法は室内飼いの徹底だ=東京都新宿区で2013年3月10日、清水健二撮影
猫からの感染リスクを語ると「猫を悪者にするな」と非難されることがあるが、猫が好きだからこそ、感染を広めて猫を悪者にしたくない。まず、この感染症の状況を理解してもらうことが大切だ。
――弱っている猫を見つけた場合、どうすればいいですか?
◆行政に連絡して、対応してもらうべきだと思う。
――犬猫に対して、社会はどう向き合えばいでしょうか。愛玩動物の飼育を止めるわけにもいきません。
◆ウイルスが自然界の中に入ってしまっていて、もはやSFTSの根絶はできない。ただ、ペットは我々のコントロール下にあるので、感染拡大を食い止めることはできる。猫の室内飼育、犬の散歩帰りのダニのチェックを徹底してほしい。
動物由来で怖い病気といえば狂犬病が有名だが、国内でほぼ発生がない。現在はSFTSが我々と動物の在り方を示してくれるモデルと考えていい。推計の致死率も27%と高く、危険な感染症だ。ここで対策を学ぶことが、次の感染症発生への備えにもなる。国際獣疫事務局(WOAH)は、新たに出現する感染症の75%は動物由来の人獣共通感染症だろうと試算している。
Knowledge is the best vaccine(知識が最高のワクチンである)という言葉がある。怖い病気でも、知っていると感染を防げ、かかってもすぐに対応ができる。情報の発信はとても大事だ。
――人獣共通感染症への監視を強めるためには、犬や猫の状況も把握した方がいいのでしょうか。
◆犬の抗体陽性率をモニタリングするのは、ウイルスの広がりを把握する上でかなり有効だ。猫は致死率が高いので、獣医師に発症数の報告を求めるのがいい。
――そうした仕組みはまだありません。どの省庁の所管になるのでしょうか。
◆困ったことに決まっていない。人の感染症と考えれば厚労省だが、動物は農林水産省や環境省が担当している。
私が懸念しているのは、感染が広がった場合の猫の管理だ。獣医師には住民の公衆衛生を守る義務があるが、感染した猫を入院させるとしても市中の動物病院にどれだけの隔離施設があるのか。スタッフが感染した時の補償はどうなるのか。入院させると場合によっては100万円単位になり、飼い主が払えないという場合、感染している猫を返してしまっていいのか……。
狂犬病の場合は、関係機関の義務などを定めた法律がある。ならば、その枠組みを使えばいいとも思う。しかし、現実問題としては課題が多い。SFTSの症例数がまだ少ないうちに、各自治体に隔離施設を設けるなど、対策を急いでほしい。
岡林環樹・宮崎大教授=本人提供
おかばやし・たまき 専門はウイルス感染症学。19年から現職で、宮崎大産業動物防疫リサーチセンターの副センター長も務める。SFTSに関する厚労省研究班のメンバー。