|
|
毎日新聞2026/4/1 東京朝刊有料記事3993文字
大湾秀雄氏=本人提供
「多くの女性は管理職を望まない」。この考えの裏にあるジェンダーバイアス(性別に基づく偏見)に経営者は気づいていない。日本の男女賃金格差を研究する早稲田大の大湾秀雄教授はそう指摘する。男女雇用機会均等法施行から40年、なぜ格差は縮まらないのか。データが示す実態と解決への道筋を聞いた。【聞き手・西田佐保子】
女性に集まりやすい評価にならない仕事
――2023年の経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本の男女賃金格差は22%で、加盟国では韓国に次いで2番目に大きいです。この数字をどう見ますか。
Advertisement
日本における女性の置かれている状況をそのまま表す数字だと思います。なお、この調査の対象はフルタイム労働者と自営業者で、日本女性の多数を占めるパートタイム労働者は除外されています。実際はもっと厳しい状況です。
男女雇用機会均等法や女性活躍推進法の影響で、賃金差は1986年の42%から改善されました。とはいえ、スピードが遅すぎます。政策的な目標として、10%以下に縮小することを掲げるべきでしょう。
――出産後の女性が、仕事と子育てを両立させるために補助的な業務や責任の軽い職務につく結果、昇進・昇格のコースから外れてしまう「マミートラック」がきっかけで賃金格差が開くとイメージされがちです。
実際は、もっと早い段階ですでに男女差が出ています。これは、管理職が抱くジェンダーバイアスが背景にあります。ジェンダーバイアスには、意識的なものと無意識的なものがあります。「女性は途中で会社を辞める可能性が高い」という見方があると、社員の育成投資の対象が男性中心になりがちです。育成段階でついた差は長期的に大きな格差を生みます。企業の人事データを分析すると、男女で仕事の配置が明らかに異なるケースが多く見られます。一方、女性自身もジェンダーバイアスにとらわれているという問題があります。
――それは女性自らが、チャレンジしにくい、自己評価を低くしてしまうという点でしょうか。
そうですね。学校教育の役割が非常に大きいと思います。私の大学のゼミでグループワークを行うと、多くの場合、データ分析を男性が当然のように担当し、先行研究のレビューやスライド作成を女性が担当するという役割分担が多く発生します。大学生の段階でもこのような「色分け」が刷り込まれています。中学校の技術・家庭科のカリキュラムを男女共通の内容に変更したことで、成人後の性別役割意識や行動に有意な変化が生じたという研究があります。教員や保護者の意識改革を併せて進めることが必要です。
――無意識のジェンダーバイアスが評価や賃金に与える影響について、企業現場での具体的な事例はありますか。
一つは、評価や昇進に結びつかない仕事が女性に集まりやすいことです。かつてのお茶くみに相当するものとして、今でも議事録作成や雑用的な業務を女性に頼むケースは珍しくありません。最も大きな問題は、仕事の与え方です。リーダーシップを必要とする仕事が生じた際、女性が自身のスキルを低く評価していると、上司はその仕事を男性に与えがちになります。男性だけがリーダーシップのスキルを積み上げ、女性には機会が与えられないという状況が続き、長期的な格差を生みます。
――業界別では、福祉は格差が小さく、金融は大きいように見えます。
福祉は女性が多い職業で、柔軟な働き方が可能な職務設計になっているケースが多いのですが、賃金は低い。金融はその逆です。男性が多く就く職は高いコミットメント(責任の重さや拘束時間の長さ)が求められ、キャリアアップの道筋も明確です。一方で、女性が就く職はある程度柔軟に働けますが、賃金が低く、「ガラスの天井」もあります。このような構造の違いが、格差の大きな原因になっています。
――管理職の長時間労働が、賃金格差を固定化する背景にあるものは何ですか。
長時間労働や緊急対応を求めるポジションには、家庭を持つ女性が就きにくくなります。結婚・出産後はフレキシブルに、あるいは定時で働けるポジションを選ばざるを得なくなります。そして高いコミットメントを求める仕事こそが管理職への道につながるキャリアトラック(出世コース)になる。そこに残った人だけが昇進する構造が、大きな男女格差を生んでいます。
キャリアアップ支援 企業、政府はもっと
――男性の育児休業取得率の上昇は、男女賃金格差の縮小に寄与しますか。
育休取得率向上の前提には、「育児を経験すれば行動が変わる」という期待があります。しかし、エビデンス(根拠)は全くなく、男性が育休を取得したことでその後の家事・育児時間が増えるという関連性を証明した論文は存在しません。制度導入初期は、多くの国でいずれも男性の育休取得期間が2~3週間程度と短く、行動変容には不十分だということでしょう。
日本でも、男性が1カ月以上取得するケースはまだ少数です。一方で、数カ月の育休を取りたいという希望を持つ男性は増えてきています。取得期間の長期化を可能にする業務改革と並行して、取得率ではなく取得期間の引き上げ、また両親の同時取得ではなく、父親の単独での育児機会を増やす政策が必要になってきています。
――英国では、86年の賃金格差は32%程度でしたが、23年には14%程度へと大幅に改善されました。
欧州全体で共通して進められたのが、リーダー的立場にある女性の比率を高める政策です。スウェーデンでは、リベラル政党が議員候補の半数を女性にする取り組みを始め、他国の一部政党にも広がりました。
取締役会の女性比率をクオータ制で義務付け、上場企業に一定割合以上の女性役員を求める法律も、ノルウェー、フランス、ドイツなどで成立しました。上位ポジションへの女性登用を強力に推進してきた結果です。英国はクオータ制を導入していませんが、女性役員比率に政府が目標を定め、情報開示規制を通じて企業側の努力を促しています。男女賃金格差の開示義務化も比較的早く、17年に一般向けの公開が義務付けられました。開示後に格差が縮まったことはすでに示されています。
――日本でも22年に賃金格差の情報開示が義務化されました。対象はこれまで従業員301人以上の企業でしたが、今年4月からは101人以上に拡大され、女性管理職比率の公表も義務化されました。
開示義務は格差是正に一定の効果はあると思います。ただ、日本における効果の研究はまだ確認されていません。
英国では、男女格差が小さい企業ほど採用試験の女性の応募が増える効果が報告されています。開示によって「ジェンダーバイアスが少ない会社」と認識されれば、優秀な女性を採用しやすくなります。どの企業も優秀な人材の獲得には苦労していますので、これはかなりのプレッシャーになり得ます。
――その他に企業が取り組むべき課題は?
まずは「チャイルドペナルティー(出産・育児が女性のキャリアや賃金に与える不利益)」への対応でしょうか。つまり出産後の女性のキャリア復帰とキャリアアップの支援です。また、管理職を中心とするマネジメント層のジェンダーバイアスをなくし、女性にも男性と同等の成長機会と育成投資を与えることです。この二つを両輪として進めることが格差解消に不可欠です。
時間的コミットメントが高い職と低い職の間の賃金格差をなくしていくことも重要です。時代の変化に合わせて管理職の役割そのものを変えていく必要があります。AI(人工知能)を活用して長時間労働なしに責任ある仕事ができる業務設計をすることが求められます。AIに代替できる業務を委ねれば、管理職が長時間労働なしに役割を果たせる環境を作れるはずです。
――政府が注力すべき政策は何ですか。
ダイバーシティー(多様性)指標を含む人的資本情報のさらなる開示推進です。開示を義務付ければ説明責任が生じ、労働市場・資本市場からの圧力が「てこ」になって企業の取り組みを促進できます。また平均賃金の比率だけでなく、回帰分析という手法で従業員の属性(勤続年数、職種、配属部門など)の違いを調整した男女賃金格差の開示が望ましいでしょう。女性の活躍状況を示す各種指標や、男性育休の取得期間の開示も積極的に進めるべきです。
――男女賃金格差の縮小が、社会全体にもたらす恩恵はありますか。
格差の縮小は日本の成長力と密接に結びついています。優秀な女性に責任ある仕事で活躍してもらうことで、国全体の生産性向上が期待できます。その能力を活用しなければ、経済成長はできません。これは女性だけではなく、社会全体への恩恵です。そのために職の設計や業務プロセスの改善が不可欠で、政策的な推進と経営者の意識改革の両方が求められます。
雇用機会均等法施行から40年
男女雇用機会均等法は1986年4月1日の施行から40年たった。女性の就業率は上昇し、2024年には正規雇用が22年ぶりに非正規を上回った。一方、企業の管理職に占める女性の割合は14.6%と、主要7カ国(G7)で最下位だ。男女の賃金格差は男性を100とした場合、女性は75.8。管理職比率や勤続年数などを考慮してもなお残る「説明できない格差」は、職場慣行や無意識の偏見の根深さを示す。
「論点」は原則として毎週水、金曜日に掲載します。ご意見、ご感想をお寄せください。 〒100-8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp
■人物略歴
大湾秀雄(おおわん・ひでお)氏
東京大理学部卒。野村総合研究所を経て米コロンビア大経済学修士、スタンフォード大経営大学院博士。ワシントン大助教授、青山学院大・東京大教授を経て2018年から現職。専門は人事経済学、組織経済学。著書に「男女賃金格差の経済学」。