「家庭盟誓」宣布
一九九四年五月一日
一九九四年五月二日、真のご父母様は韓国の国際研修院で世界の指導者たちに、「統一教会創立四十周年」である一九九四年五月一日を期して、家庭盟誓時代が始まると語られ、それまで唱えてきた「私の誓い」と「家庭宣誓」に代わって「家庭盟誓文」を制定し、すべての人類が唱えるように宣布された。その後、一九九八年二月二日、真のご父母様の御聖誕日に、新しい成約時代の到来が宣布され、その翌日の指導者会議で、新しい成約時代の信条として「家庭盟誓の八番」が追加された。
家庭盟誓全文
一、私たちの家庭は真の愛を中心として、本郷の地を求め、本然の創造理想である地上天国と天上天国を創建することをお誓い致します。
二、私たちの家庭は真の愛を中心として、神様と真のご父母様に侍り、天宙の代表的家庭となり、中心的家庭となって、家庭では孝子、国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子の道理を完成することをお誓い致します。
三、私たちの家庭は真の愛を中心として、四大心情圏と三大王権と皇族圏を完成することをお誓い致します。
四、私たちの家庭は真の愛を中心として、神様の創造理想である天宙大家族を形成し、自由と平和と統一と幸福の世界を完成することをお誓い致します。
五、私たちの家庭は真の愛を中心として、毎日主体的な天上世界と対象的な地上世界の統一に向けて、前進的な発展を促進化することをお誓い致します。
六、私たちの家庭は真の愛を中心として、神様と真のご父母様の代身家庭として、天運を動かす家庭となり、天の祝福を周辺に連結させる家庭を完成することをお誓い致します。
七、私たちの家庭は真の愛を中心として、本然の血統と連結された為に生きる生活を通して、心情文化世界を完成することをお誓い致します。
八、私たちの家庭は真の愛を中心として、成約時代を迎え、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって、神人愛一体理想を成し、地上天国と天上天国の解放圏を完成することをお誓い致します。
今まで既成教会では、アダムとエバだけが堕落したと考えてきました。カインがアベルを殺すことによって堕落したということを知りません。家庭が堕落したということを知らないのです。すべてが堕落したのです。
統一教会において、今後誓うべきことは何でしょうか? 家庭を中心として誓うのです。他には必要ありません。幸福や自由、平和や天地といったものは、すべて家庭から出発します。これからは家庭を中心とした誓いが必要です。ですから、家庭を失ってはならないのです。家庭さえ一つになれば、世界が統一され、天国となるのです。
豊かに暮らした方がいいでしょうか、貧しく暮らした方がいいでしょうか? 豊かに暮らした方がいいのです。では、世のため人のために貧しく暮らすことが幸福でしょうか、自分のために豊かに暮らすことが幸福でしょうか? 世のため人のために貧しく暮らす方が幸福なのです。
子供を多く抱える父母は貧しいと思われがちですが、絶対にその家は滅びません。栄えるのです。子供をたくさん持った父母が子供のために生きようとすれば、その家は滅びないのです。自分自身が兄弟みんなのために生きれば、全体が恵みを受けるのです。そうなれば、その人はその家庭の中心となります。中心家庭となるのです。先生は天地のために苦労しながら生きてきたら、中心になっていました。それは自然な現象なのです。
家庭が必要なわけですが、皆さんは自分のために生きますか、子供のために生きますか、妻のために生きますか? 子供のために生きなければなりません。どうしてでしょうか? 創造原則がそうなっているのです。世界の存在原則がそうなっているのです。歴史がそうなっているのです。そのように生きれば、歴史過程に残された存在は、すべて自分と一つになるのです。
神様が創造したのは相対のためでした。ですから、その相対がご自身よりも立派になることを願われるのです。何パーセントぐらい立派になることを願われるでしょうか? 一〇パーセント? 一〇〇パーセント? 一〇〇〇パーセント? 永遠なるパーセント? 永遠なるパーセントというのは無限なるパーセントです。そのためには、投入しても忘れてしまわなければなりません。一〇〇パーセントしか投入しなければ、一〇〇パーセントしか出てきません。ですから、投入しては忘れ、投入しては忘れ、投入しては忘れてしまわなければならないのです。
「家庭盟誓」は神様を中心としなければなりません。それゆえ相対にならなければなりません。すべてが相対なのです。心と体が相対になっていますか、なっていませんか? 目は二つありますが、片方の目はサタン側で、死んだ目です。皆さんが見るものはすべて二種類なのです。道を行く時も二つの道を行っているのです。ですから、常に自己批判をしなければなりません。食べ物も二種類のものを食べているのです。私が正当な一つの食べ物を、天が保護し得るように食べているかというのです。拝借して食べるなというのです。(二六〇-一五二、九四年五月二日)
家庭盟誓の第一は何ですか?「私たちの家庭は真の愛を中心として」です。すべて「私たちの家庭は真の愛を中心として」と唱えるのです。八項目の誓いの中で、「私たちの家庭は真の愛を中心として」が表題なのです。「真の愛」とは何でしょうか?「真の愛」という言葉は、神様の愛と真の父母の愛が堕落しないで一つになり、真の愛を中心として、真の生命と真の血統が連結されたことを意味するのです。
堕落したので、今までの摂理はすべて独身生活せよ、出家せよでした。独身生活、その次に出家せよと言ったのです。どうしてでしょうか? 堕落した家庭を抱いて家庭で暮らしている者は、追い出されたのです。蕩減復帰をして反対の経路を行かなければならないので、追い出されたところから再び出て来なければならないのです。誤った結婚をしてそのようになったので、結婚生活をしてはならないのです。したがって、私たち祝福家庭が「真の愛」を中心に据えたというのは、神様と真の父母の愛を中心として、血統的に因縁が結ばれているということを意味するのです。(二六六-一四三、九四年十二月二十二日)
「私たちの家庭は真の愛を中心として」は、すべてに通じます。「真の愛」を中心としてすべてに通じるのです。父母の誓い、夫婦の誓い、子女の誓い、血族の誓い、家門の誓い、国家の誓い、すべてが「真の愛」を中心として通じるのです。「真の愛」は引っかかるところがないのです。「真の愛」というのは特別なことではありません。投入して忘れよということなのです。(二七〇-二八九、九五年七月十六日)
家庭盟誓(一)
私たちはこれから「家庭盟誓」を唱えなければなりません。第一は「私たちの家庭は真の愛を中心として、本郷の地を求め、本然の創造理想である地上天国と天上天国を創建する」です。地上天国と天上天国を私の手で築くのです。家庭において失われたので、私たちの家庭が築かなければならないのです。
私たちの家庭は、真の愛により本郷の地を中心として、本然の創造理想である地上天国と天上天国を創建するのです。本郷の地です、本郷の地。家庭を中心とした本郷の地です。国ではありません。故郷に帰らなければならないのです。皆さんにそのような家庭があれば、故郷の地に戻って、地上天国と天上天国を成さなければなりません。これからは故郷さえ復帰すれば、自然に国や世界のすべてが一つになるのです。心配する必要はありません。地上天国、天上天国が自然に成就するのです。家庭から展開するのです。(二六〇-一五六、九四年五月二日)
家庭盟誓(二)
第二は、私たちの家庭は真の愛を中心として……、真の愛を離れてはいけないのです。神様と真の父母に侍り、天宙の代表的家庭となり、中心的家庭となり、家庭では孝子となるのです。父も孝子となり、息子、娘も孝子となり、すべて孝子とならなければなりません。孝子の伝統を受け継がなければならないのです。国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子の道理を完成するのです。父母となって、息子、娘をしっかりと育てていかなければならないのです。
「聖子」の「子」は、「息子」の「子」の字です。息子を指します。聖子は何かというと、天の国の宮法と天の国の法、地上の宮法と地上の法をすべて守るのです。二つの世界を指すのです。天の国に王権があり民があるからには、それらを守っていかなければならないのです。(二六〇-一五六、九四年五月二日)
家庭盟誓(三)
第三は、「私たちの家庭は真の愛を中心として、四大心情圏と三大王権と皇族圏を完成する」です。アダム、エバが初愛を中心として完成すべきことを、すべて成せなかったので、今後、本然においてそれを完成するのです。聖子とか様々な内容がありますが、すべて復帰的な内容であるため、それを育んで越えていかなければならないのです。
「四大心情圏と三大権と皇族圏を完成する」です。皇族圏というのは、来られる再臨主の直系の子女たちには蕩減条件が無いということです。蕩減条件に引っかからないのです。これは何かと言うと、直系ではなく、地上でカイン圏の女性とカイン圏の息子に残してあげるのです。母を中心として見ても、そのようになっています。聖進君のお母さんと聖進君を中心として、まさにそのようなことが起こるのです。
それは何かと言うと、カイン圏をすべて皇族圏として認めるということです。復帰された弟妹の立場に立てて、皇族として扱うことによって、サタンが讒訴する道理がなくなるのです。サタンがなぜ認定するのかというと、自分の息子であると言える条件がなくなるからです。「皇族圏」というものを認定しなければ、堕落したサタン圏内に皇族から外れた群れがいるということになって、サタンが残ってしまいます。皇族圏を認定するので、サタンがいなくならなければならないのです。これは重要なことです。混同してはいけません。(二六〇-一五六、九四年五月二目)
家庭盟誓(四)
第四は「私たちの家庭は真の愛を中心として、神様の創造理想である天宙大家族を形成し、自由と平和と統一と幸福の世界を完成する」です。私たちの家庭は、真の愛を中心として、創造理想である天宙大家族を……、どんなに大きな家庭であっても一つの家庭です。霊界に行けば一つの家庭です。天宙大家族を形成して、自由と平和と幸福の世界を完成するのです。天宙大家族を形成して、天宙的な自由、天宙的な平和、天宙的な幸福が宿る世界を完成するのです。そういう意味です。
自分たちだけしか考えないご家族主義は滅びるのです。自由世界の家庭、ゼロのカップルは滅びるのです。そこには縦的な世界、中心、定着がありません。サタンと同じなのです。(二六〇-一五六、九四年五月二日)
家庭盟誓(五)
第五は「私たちの家庭は真の愛を中心として、毎日主体的な天上世界と対象的な地上世界の統一に向かい、前進的な発展を促進化する」です。前進的な発展とは、毎日のように発展するということです。ストップしないのです。ストップすれば、すべて皆、地獄と連結されるのです。前進的な発展をしなければなりません。前進的な発展を促進化するのです。
私たちの信仰生活は毎日、天と霊界に関心があるのです。統一教会の信徒たちは、霊界を中心に日々生活しなければなりませんが、これまでそうできなかったのが問題です。胸に手を当ててみなさい。この世的なことをまず考え、霊界に関することは後回しなのです。これが反対にならなければならないのです。
私たちの家庭は真の愛を中心として、毎日主体的な天上世界と対象的な地上世界の統一に向かい、一つにならなければなりません。前進的な発展、ストップするのではなく前進的に発展しなければならないのです。生きているというのは発展することであり、死とはストップすることです。前進的に発展を促進化するのです。
ストップすることは地獄と連結し、成長は繁栄と連結するのです。天国に連結されるのです。私たちにとって立ち止まることは必要ありません。皆さんが統一教会に入ってくるときは喜んでいたのに、十年、二十年過ぎてみると、どうなりましたか? ストップすれば下っていくのです。だから前進、発展なのです。ストップは地獄と連結し、成長は天国と連結します。ストップはサタンが最も望んでいることです。ですから、毎日一つずつプラスしなければならないのです。重要なことです。これまで俗世間では誰もがお金を稼ごうと大騒ぎをしてきましたが、一つの生命を救うことに対しては、騒がなかったのです。今まで誓ったことを、皆さんは一つも実践できていないのです。(二六〇-一五六、九四年五月二日)
家庭盟誓(六)
第六は、「私たちの家庭は真の愛を中心として、神様と真のご父母様の代身家庭として、天運を動かす家庭となり、天の祝福を周辺に連結させる家庭を完成する」です。自分だけ豊かに暮らそうとしてはいけないのです。「私たちの家庭は真の愛を中心として、神様と真のご父母様の代身家庭として……」、ですから、天運が神様と真の父母と共にあるのです。天運を動かす家庭となり、天の祝福を周辺に連結させる家庭を完成するのです。どこに行っても私たち祝福家庭は、全体に福を分け与えることのできる中心家庭になるのです。(二六〇-一五六、九四年五月二日)
家庭盟誓(七)
第七は「私たちの家庭は真の愛を中心として、本然の血統と連結した、為に生きる生活を通して、心情文化世界を完成する」です。私たちの家庭は真の愛を中心として、本然の血統と連結した……、本然の血統です。血統が重要です。血統が違ってはならず、汚してはならないのです。為に生きる生活を通して、心情文化世界を完成するのです。心情文化というのは、生活のすべてに、「真の愛で為に生きる」という思想が入っていなければならないのです。心情文化世界といえば、全体を代表した一つの囲いを意味します。心情圏、氏族を意味するのです。(二六〇-一五六、九四年五月二日)
家庭盟誓(八)
これまで私たちの家庭盟誓文は七つでした。今、それに一つ加えなければなりません。八つになるのです。それは何かと言うと、成約時代の私たちの信条として残すべき、成約時代の信仰的な条件です。それが八番目の盟誓文、「私たち家庭は真の愛を中心として、成約時代を迎え、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって、神人愛一体理想を成し、地上天国と天上天国の解放圏を完成することをお誓い致します」なのです。
私たち家庭は真の愛を中心として、成約時代を迎え……、堕落していない本然の世界に戻っていくとき、神様が絶対信仰、絶対愛、絶対服従の上でつくったので、相対的な与件が必要なのです。それで、「成約時代を迎え、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって、神人愛一体理想を成し、地上天国と天上天国の解放圏を完成することをお誓い致します」となるのです。(二九〇-二二、九八年二月三日)
家庭盟誓の宣布
一九九四年五月一日から家庭盟誓時代が始まります。今までの盟誓文(「私の誓い」と「家庭宣誓」)の前に三拝敬礼し、「真のご父母様がすべて成就されたことを相続し、新しい盟誓文に移っていきます」と祈祷しなさい。それを相続して「このような新しい家庭盟誓時代に移ります」と言って、今までの盟誓文に、「申し訳ございません」と祈らなければなりません。悔い改めなければなりません。
これからは、「私の誓い」と「家庭宣誓」を唱えるのではなく、「家庭盟誓」を唱えなさい。家庭をもっていない者たちも、同じように唱えるのです。一般の人たちも皆、そこに入らなければなりません。(二六〇-五六、九四年五月二日)
地上・天上天国の出発
神様と真の父母に侍って聖餐式をするということを、私たちは聖日にだけ行ってきました。それが「七・一節」の全体・全権時代、三百六十万双の祝福によって、世界以上(の基準)に入っていくので、万物が嘆息していた嘆息圏を抜け出し、月曜日から一週間、私たちの生活のすべてが、神様と真の父母に侍りながら生きる侍義時代に入っていくのです。その準備なのです。
ですから夫婦生活も、神様を中心としてアダムとエバが絶対家庭を完成し、絶対愛で愛し合うようになっていた、そのような世界へと入っていくのです。それが地上・天上天国の出発なのです。
それで家庭盟誓文にもありますが、常に私たちは恨となっている内容を、常に想い起こさなければなりません。故郷を離れてはいましたが、すべてが皆、天に侍ることができる故郷に還故郷するのです。一番目の内容は「還故郷に」を意味し、二番目の内容は、孝子・忠臣・聖人・聖子となって、創造理想、天の国に入っていける「皇族圏」を望むのです。
四番目の内容は何かと言うと、神様の創造理想は「大宇宙大家族」です。自分一人だけではないのです。宇宙、天地のすべてが一つの家族です。五番目は何かと言うと、そのような天上世界に標的を定め、そのような大家族を中心として主体を定め、対象的な世界でいつでも一つになれるようにするのです。地上において、まだ天と一つになっていないすべてを清算しい前進的な発展、前進に拍車をかけるのです。
その次に六番目は、すべてが天の祝福を受けた真の父母の「代身家庭」として、天の祝福を周辺の自分の一族に引き継いでやらなければならないのです。国家的メシヤ、氏族的メシヤとして、そのような使命があるのです。そうして七番目は「心情文化世界」です。神の血筋を中心として、天の心情を中心として、絶対愛を中心とした絶対平和と絶対統一世界へと前進しなければなりません。心情文化世界を成して、一つの統一世界を成さなければならないのです。
この盟誓文はすべて復帰摂理の骨子を抽出してつくったものですが、どこに行くにしても、毎日これを中心に生きなければなりません。すべての盟誓文において、第一は真の愛です。真の愛とは何ですか? 自分の心と体を供え物として神様の前に捧げれば、神様はご自身を添えて私たちに返してくださるのです。自分の心と体を捧げなければ、神様と一つになって返ってくるものはありません。絶対信仰、絶対愛、絶対服従する立場で、神様の前に捧げ物となるとき、神様と一つになって、神様が私たちの前に立たれて、万事が天の指示どおりに動くのです。そうなれば、地上・天上天国のすべてが成就するのです。
のちには生きた供え物となるのですが、心と体が分かれているのです。これが一つにならなければなりません。夫婦が分かれ、それから親と子が分かれました。すべて分裂した集団なのです。父だけの集団、母だけの集団、兄だけの集団、弟、妹だけの集団、夫だけの集団、妻だけの集団、すべてが各集団として分かれたのです。それで、この世界はみな混乱しているのです。これを一つにしなければなりません。神様を中心として、真の父母を中心として、父母を中心として、兄弟を中心として、一つにしなければならないのです。アダムとエバは兄妹であり、夫婦であり、父母ですが、そのアダムとエバが堕落して分かれることによって、すべてが粉々になってしまったのです。これを一つにしなければならないのです。心と体を一つにしなければなりません。
父母に仕えていたら、嘘は絶対につけないのです。父母に仕えていたら、そこに自分の計画は立てられません。自分の財産を蓄えることはできないのです。すべては一から始まるのです。絶対愛の前には二つのものが一つです。二つが一つですから、自分の心もなく、体もないのです。夫婦になれば、心と体が四つになります。それが一つにならなければならないのです。
愛だけによって、すべて一つにならなければなりませんが、愛を中心としては体が消化され、心が消化され、男性が消化され、女性が消化され、そして息子と娘が消化されるのです。息子や娘というのは、父母の愛と生命を延長させたものにほかなりません。とするならば、孝行しなさいとか、するなとか言う必要もないのです。孝行しなければならないようになっているのです。そうでなければ連結されません。そのようになっているのです。(二八五-二九七、九七年六月二十九日)
今は個人ではなく家庭時代
家庭盟誓を唱えることのできる人は、完成した家庭の立場に立たなければならないため、心と体が一つにならなければなりません。心と体が一つになれない人は、家庭盟誓を唱えることができないのです。心と体が一つになりましたか? 堕落して心と体が分かれたことを知っていますね? 偽りの父母、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統なので、それらをすべて清算しなければなりません。真の愛、真の生命、真の血統を復帰しなければならないのです。
その三つが心と体を完成させるのです。誰もその三つを否定することはできません。何よりもまず、真の愛を中心として心と体を一つにしなければなりません。これが神様の願う個人に対する目標であり、復帰の目的、摂理の目的です。そのような男性と女性、夫婦が一つにならなければなりません。アダムとエバが真の愛を中心として一つになって、夫婦になるべきでしたが、そうなれなかったので争うのです。怨讐の立場になったのです。
私たちは祝福を通して家庭を取り戻しましたが、宗教は本来、出家を命じ、結婚というものをすべて否定してきました。独身生活を強要してきたのです。ところが、統一教会では「故郷に帰れ」というのです。復帰です。故郷から追い出されたので復帰なのです。故郷に帰って理想的家庭を築きなさいというのです。「結婚しなさい」というのです。逆なのです。それで戻りなさいというのです。復帰です、復帰。結婚しなさいというのです。真の愛で心と体が一つになり、真の先祖になれというのです。
盟誓文を、朝と昼と晩に食事をする時、起床する時、就寝する時、このように一日に五回ずつ唱えながら、自分自身を批判し、心と体の闘う基準が連結されたのを、すべて清算しなければなりません。ですから、一つになれなければ朝食を食べず、昼食を食べず、夕食を食べられないのです。食事を取るな、寝るな、というのです。
盟誓文は個人的な誓いとは異なります。「家庭盟誓」です。摂理の時、私たちは誓いを立てるのですが、今は個人ではなく家庭なのです。家庭がすべての公式であり、根本です。それで家庭を代表して唱えるのです。父親は家庭全体を代表し、母親も家庭全体を代表し、息子や娘も家庭全体を代表して唱えるのです。
第一に心と体が一つにならなければならず、第二に夫婦が一つになるのです。第三は子女が一つになるのです。どうしてでしょうか? エデンで神様を失ってしまいました。アダムとエバを中心として個人を失い、家庭を失い、子女を失ってしまいました。これを復帰しなければならないのです。ですから「家庭盟誓」は心と体が一つにならなければなりません。夫婦が一つにならなければなりません。子女が一つにならなければならないのです。(二六七-一四六、九五年一月四日)
新しい家庭盟誓時代
家庭がすべての団体の根本です。ですから、問題は簡単です。世界統一は良心と体が一つになること、夫婦が一つになること、息子と娘が一つになることから始まります。世界統一はそこから始まるのです。
ですから一番の怨讐は、心に対して体です。体はサタン側です。心と体が一つにさえなれば、天下がすべて変わるのです。今まで歴史以来、いかなる聖人も教えてくれませんでした。真の父母が現れて教えてくれるのです。
では、どうして体が心を引っ張っていくのでしょうか? 堕落するときに、偽りの愛ではあったのですが、その愛の力が良心の力よりも強かったので、問題が起こったのです。それを知らなければなりません。それは理論的にすべて分析済みです。ですから私たちは、心に神様の愛を注入しなければなりません。神様を愛する愛を注入しなければなりません。心と体が一つになれば、神様の愛が注入されるのです。
ですから、体が生きている限り、断食祈祷をしなければなりませんし、ご飯も与えずにぶちのめさなければならないのです。今後一つの世界になったとき、皆さんが統一教会を信じながらも、お金を蓄え、食口たちの血をしぼり取って家や自分の所有権をつくったとしたら、それらはすべて一族が引っかかる審判の条件になるのです。
今、世界で一年に二千万人が飢え死にしているというのに、自分の家を建てて暮らすようになっているでしょうか? 今後、法的にすべて問題になる時が来るのです。「家庭盟誓」です。「私たち」という言葉を強調するのです。全体を代表するという意味です。それだけを果たせばよいのです。他は必要ありません。皆さんがまちがいなく昼も夜も先生のみ言を中心として、心と体が一つになり、夫婦が一つになり、息子や娘と完全に一つになって、この世界が一つの大家族を形成するという、そんな考えを抱いて生きればよいのです。宗教は必要ありません。
今後は、こうした原則で憲法が制定され、そのとおりにすべての人が生きればよいのです。教会は必要ありません。そのように生きればよいのであり、国のために忠誠を尽くせばよいのです。国のために忠誠を尽くせば、忠臣となり、孝子となり、聖人、聖子になれるはずだったのに、そのようになれなかったので、それを教育するのです。全体を教育しなければなりません。それは学校で教育しなければならないのです。
皆さんはそのような観念をまだもっていませんが、皆さんの時代には、まだ昔の観念でなくては難しいのです。皆さんの子女、数代をも経て、これを是正していかなければならないのです。(二六〇-一六一、九四年五月二日)