臓器移植で老化にあらがえる? 人間の寿命が「150歳になる」は本当か
2025/09/26
ロシアの対独戦勝80年記念の軍事パレードで、特設スクリーンに映し出された、観覧する中国の習近平国家主席(中央左)とプーチン露大統領(同右)=モスクワの赤の広場で2025年5月9日、山衛守剛撮影(特設スクリーンの映像を撮影)
青野由利
「バイオ技術は発展し、臓器は繰り返し移植できるようになる。人々はどんどん若返り、不老不死さえ可能になるだろう」
「今世紀中に人間は150歳まで生きられるようになるという予測もある」
中国の北京の天安門広場で9月3日に開かれた「抗日戦争勝利80年」の記念行事。中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記の3人が談笑しながら並んで歩いていた折に、こんな内容の会話が交わされたことが世界で報道され、話題になった。(※1、2)
中国国営テレビのライブ配信中に偶然マイクが拾った声で、前者はプーチン大統領(72)、後者は習主席(72)の発言だという。
このやりとりの前には、習主席が「最近は70歳でもまだ子どもだ」と述べたとみられる音声も拾っていた。
ともに長期政権を維持し、まったくやめる気がみえない両首脳の高笑いが聞こえてきそうな会話だが、それにしても彼らはいったいどんな科学的背景をもとにこんなことを言っているのだろうか。
まず、習主席の「人間は150歳まで生きられるようになる」という予測について。
インターネットを検索してみると、「人間の寿命は最大120歳から150歳程度」という主旨の論文が2021年5月に国際論文誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に掲載されていた。(※3)
シンガポールのバイオ企業や米国、ロシアの研究チームによるもので、英国の「UKバイオバンク」や米国の「国民健康栄養調査」などで集められた50万人以上の試料とデータを利用している。
チームが注目する老化の指標は、「生物学的年齢」と「レジリエンス」の二つ。
生物学的年齢は血液分析をもとに算出され、ストレス、ライフスタイル、慢性疾患などと関係している。
レジリエンスはストレスを受けた場合に生物学的年齢が正常値に戻るまでの速さで、「回復力」と言い換えてもいいだろう。
ストレスを受けた後、回復にかかる時間は年をとるごとに延び、40歳の健康な成人では約2週間なのに、80歳では平均6週間に延びたという。(※4)
こうしたデータにコンピューターモデルも駆使して、研究チームがはじき出した人間の最大寿命が「120歳から150歳程度」だった。
ただし、これは「だれでもここまで生きられる」という話ではない。
「遺伝子や環境など、どんなに条件がよくてもここまで」という根本的な限界を示したものだ。
習主席が上記のように期待していたとしても、この先、寿命がどんどん延びるというわけではない。
=ゲッティ
では、プーチン大統領のいう「臓器移植を繰り返せばどんどん若返る」はどうだろう。
現在、臓器移植は心臓や腎臓、肝臓などの疾患で移植以外に命を救う方法がない場合に用いられる治療法だ。健康な人が若返るためのものではない。
22年に米英のチームが専門誌に発表した論文によると、移植後の平均生存期間は腎移植が23~27年。肝移植が20年程度、心臓移植は15年程度、肺移植は10年以下。
長寿につながるものではない。(※5)
免疫抑制剤による副作用もあるし、移植のための臓器はつねに不足している。
かわりに遺伝子操作した動物の臓器を移植に使う試みや、人間の幹細胞を使った移植医療も模索されているが、一筋縄ではいかない。
もしかするとプーチン大統領は人工臓器も視野に入れているのかもしれないが、その未来も不透明だ。
そもそも、古くなった臓器を入れ替えれば老化を抑えられるという証拠もない。
一方、老化のペースは一定ではなく、臓器や組織ごとに異なることが最近の複数の研究でわかってきた。
7月22日にセル誌に掲載された研究では、中国科学院の研究チームが事故による脳損傷で死亡した14歳から68歳までの76人から試料を採取して、老化について調べている。(※6)
調べた試料は、心血管系(心臓と大動脈)、消化器系(肝臓、膵臓=すいぞう、腸)、免疫系(脾臓=ひぞう=とリンパ節)、内分泌系(副腎と白色脂肪)、呼吸器系(肺)、外皮系(皮膚)、筋骨格系(筋肉)の組織、それに血液だ。
研究チームはサンプルに含まれるたんぱく質のカタログを作り、臓器老化につながるたんぱく質を明らかにした。こうしたたんぱく質の時間的変化から、老化の速度は50歳前後から加速していることが示された。
ただ、老化速度は臓器や組織によっても異なり、特に血管が他の組織よりも速く老化することが示唆されたという。血管の老化は全身の老化の開始に重要な役割を果たしている、とも指摘している。
=ゲッティ
これとは別に、「DNAメチル化」と呼ばれる遺伝子の変化を指標に組織や臓器ごとに老化の程度を分析する研究も行われている。
オーストラリアなどの国際共同研究チームが「査読前論文」として公表している研究では、一部の組織が他の組織よりも早く老化することが明らかになったという。(※7)
例えば、子宮頸(けい)部や皮膚に比べると、筋肉や心臓、さらに胃や網膜の方が老化による遺伝子の変化をより多く蓄積していることが示されたという。
プーチン流にいえば、老化の早い臓器から新しい臓器に置き換えていけばいい、ということになるのかもしれないが、現実的ではないし、不老不死につながるはずもない。
これらの会話に40代の金総書記が加わったかどうかは不明だが、もし人間の寿命が150歳だと思えば、ともに70代初めの習主席とプーチン大統領は、まだ人生半ば。科学的事実はともかく、自分たちが「人生の下り坂」にさしかかっているとは夢にも思っていないのだろう。
そしてそれは、かの国々の政治家に限った話ではないのかもしれない。
(※1)中露首脳が「長寿談議」(毎日新聞 2025.9.5)
(※2)中ロ首脳の「不老不死」談義、マイクが拾う 「長生きするほど若く」(ロイター 2025.9.4)
(※3)Longitudinal analysis of blood markers reveals progressive loss of resilience and predicts human lifespan limit/Nature Communications volume 12, Article number: 2765 (2021)
(※4)Gero scientists found a way to break the limit of human longevity/EurekAlert News Release 25-May-2021
(※5)Mean lifetime survival estimates following solid organ transplantation in the US and UK/Journal of Medical Economics Volume 25, 2022 - Issue
(※6)Comprehensive human proteome profiles across a 50-year lifespan reveal aging trajectories and signatures/Cell.2025 Jul 22:S0092-8674(25)00749-4.
(※7)How ageing changes our genes — huge epigenetic atlas gives clearest picture yet/nature news 01 September 2025
無料メルマガの登録はこちら。おすすめ情報をお見逃しなく
青野由利
科学ジャーナリスト
あおの・ゆり 東京生まれ。好きな分野は生命科学と天文学。著書に「インフルエンザは征圧できるのか」「ゲノム編集の光と闇」(第35回講談社科学出版賞受賞)など。20年日本記者クラブ賞受賞。