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毎日新聞2026/5/6 東京朝刊有料記事1024文字
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かつてオーウェルが住んだアパート=ロンドンで2025年7月28日、宮川裕章撮影
英作家ジョージ・オーウェル(1903~50年)が全体主義の監視国家を描いたディストピア(反理想郷)小説「1984年」(49年刊)がフランスで異例の売り上げを記録している。書籍販売統計の目安となる200位以内に、67週にわたって入り続けている。その人気は何を示唆するのか。
日本でもロングセラーのこの小説は、49年時点の近未来である1984年の架空世界を描く。全体主義国家の官僚である主人公は、国民の思想を操る独裁者に内面で抵抗するものの洗脳され、最後は隷従の道を選ぶ。国家は単純化された言語の導入で国民の表現力を奪い、批判精神の芽を摘む。また都合良く歴史を書き換える。現実との矛盾への疑問は、二重思考と呼ばれる特殊な思考方法で解消する。
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オーウェルがかつて住んだアパートの壁に飾られた記念プレート=ロンドンで2025年7月28日、宮川裕章撮影
今回、フランスで売り上げが伸び始めた2025年1月は、米国の第2次トランプ政権の発足時期と一致する。今年2月にはオーウェルを描くドキュメンタリー映画「オーウェル2+2=5」がフランスで公開され、売り上げが加速した。ラウル・ペック監督は、事実をフェイクとして否定し、科学者や大学などの「知」と対立するトランプ大統領の姿勢を、オーウェルのディストピアに重ねている。
小説に登場する独裁者「ビッグブラザー」のモデルは旧ソ連の独裁者スターリンとされる。このため小説は当初、反共の書として各国の右派から支持された。その後、テクノロジーの発達とともに、未来を予言した本として読まれるようになる。物語の鍵を握るテレビ型の監視装置「テレスクリーン」は個人情報を吸い上げる現在のネット社会をほうふつとさせる。だがオーウェルの執筆の意図は全体主義国家到来への警鐘だった。
ペック氏は仏テレビのインタビューで「我々は民主主義が日々注意して守るべきものであることを理解していない。オーウェルはそのことに警告を発している」と語る。映画のタイトルは、2+2=4と言える自由が当たり前ではないことを示す。
フランスの近現代史は日本と大きく異なる。日本が戦前、自ら全体主義の道を進み、戦後は一転して米国流の民主主義を取り入れたのに対し、フランスはナチス・ドイツに国土の半分を占領され、戦後は米ソ超大国のはざまで国家の独立性を保つ「第三の道」を模索してきた。こうした歴史からフランス人は、大国の専横と自由の侵害にきわめて敏感だ。そのフランスでのオーウェル人気は、どこか暗い未来を予感させる先行指標に思える。(専門記者)