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毎日新聞2026/5/9 東京朝刊有料記事1971文字
言語理解研究所(ILU)を創業した青江順一さん(前列中央)。樫地真確(かしじ・しんかく)社長(同右)や社員たちの多くは青江さんの教え子だ=徳島市中常三島町でILU本社で、井上英介撮影
昭和世代なら、米国の人気特撮テレビドラマ「ナイトライダー」をご存じの方も多いだろう。1980年代に制作され、日本でも吹き替えで放映された。
最高時速500キロ超、爆弾を落としても壊れないドリームカー「ナイト2000」(「夜」ではなく「騎士」の意)に主人公が乗り、悪と戦う。車は人工知能(AI)を装備し、言葉を話す。主人公との掛け合いでジョークも飛ばすのだ。
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ロボットなり、コンピューターなり、機械が言語を操って人と会話する。特撮ドラマと同時期の83年、この人類の見果てぬ夢に向かって、一人の研究者が歩み始めた。徳島大名誉教授の青江順一さん(75)。当時まだ32歳の同大助手で、人が日常使う言葉(彼にとっては日本語)をAIに理解、分析、生成させる「自然言語処理」を専攻した。
青江さんは教授への階段を上りながら、この分野で数々の技術を編み出し、2002年に「株式会社言語理解研究所」(ILU、徳島市)を設立した。同社の武器は、人間から文法や大量の語彙(ごい)を与えられ、明確な規則のもと文を分析、生成する「ルールベース型AI」だ。語彙のデータベースは大学の研究室時代に作り始め、今も日々更新。40年あまりで国内最大規模に成長している。
このやり方だと、生み出される文は誤りが少なく、誤りが出ても原因の特定や修正が可能でユーザーの信頼を得やすい。その半面、柔軟性に欠け、人との言葉のやりとりは難しい。
ILUは10年ほど前、認知症高齢者の話し相手となる会話ソフトを開発した。その名も「孫システム」。孫を想定したパソコン画面の男の子(アニメ動画)が「僕は4歳だよ。あなたは何歳?」などと話しかけ、相手の話に巧みに相づちを打つ。ただし事前に用意された話題は「健康」「子供時代」など8種類、それぞれに用意された質問は15通りで、自由な会話と言いがたい。リスクもあり実用化は見送られた。
22年11月、新しく登場したAI技術に世界中が仰天した。米国発の対話型生成AI「チャットGPT」。質問を入力すると、どんな内容でも、即座にもっともらしい回答をこなれた表現で返す。「すごい、やられたと思った」と青江さんも当時の衝撃を振り返る。
生成AIは人間がしつけるルールベース型とは異なり、インターネット上の膨大なテキストデータを自ら取り込み統計的に解析。ある語の次に来る語を確率的に予測し、生成する。
この単純な確率モデルで特撮ドラマに描かれた人類の夢が実現してしまった。生成AIのなめらかな言葉遣いが薄気味悪く、人間の言語はたやすく模倣を許すほど薄っぺらだったのかと私はショックを受けた。
生成AIには弱点があるという。当事者に聞こう。生成AIの一種Grokに「弱点を教えて」と尋ねると、こう返ってきた。「ハルシネーション(幻覚)。もっともらしいウソを平気でつく。データの統計に基づくので構造上避けられない」「迎合性(おべっか)。ユーザーを過度に肯定」
なんと人間的か、と思う。私たちも、知らなかったり記憶があいまいだったりする事柄なのに「こうだ」と他人に断言することがあるし、本音を隠し目の前の相手に調子を合わせたりもする。生成AIは、言葉のみならず人間のある種のおおざっぱさ、弱さすら再現しているようだ。
生成AIに映った人間の浅はかな姿に戸惑い、テツガク的に悩む私に、青江さんは笑いながら力強く言った。「生成AIの言葉などテキストデータの表面をなぞっただけ。人の言葉は十数年かけて学ばれる。体験の裏打ちもあり、まったく別物ですよ」
続けて言う。「長年連れ添う夫婦の間で『あれ』『それ』で通じる内容をAIがくみ取るのは難しい」。また、文脈から言外の意味を察するのも苦手という。「ぶぶ漬け(お茶漬け)でもどうどすか?」と京都人に言われた生成AIは、それを「早く帰れ」と正しく解釈できるだろうか。
フェイクの横行、リポート作成でカンニング、対話でそそのかされ自殺……。IT音痴の私は負の面ばかり見てしまうが、青江さんは違う。「メリットもデメリットも巨大だが、生成AIの要約や翻訳は素晴らしい。人はそこに割いてきた時間や労力を、他の創造的な仕事に振り向けられる。後戻りはできません」
生成AIは御社の脅威では? 「むしろ追い風だ」と青江さんは語る。生成AIをツールとして組み入れ、互いの短所を打ち消す新しい言語処理システムを構築しているという。
生成AIより人間の言葉の優位性を信じたい。先のGrokは言う。「致命的弱点は結局『本物の理解や心がない』こと。賢く見えるオウムです」。ずいぶん謙虚だな! もう少し生成AIと仲良くなるか……。(第2土曜日掲載)
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喫水線(きっすいせん)は、水に浮く船の側面と水面が交わる線。(徳島支局長、元大阪本社編集局次長)